第11話 戦国の疾きこと誠に風の如し~学校対抗戦~③

「秋城、下の自販機に行ってくる」

「ああ、先生方はまだまだ帰ってこないと思うからゆっくりでいいよ」


 弁当を食べ終わり、秋城に断りを入れてから俺は校舎の外に設置されている自販機まで行く。外はかなり暑いが、自販機の近くのベンチは植物の屋根があるので、そこでゆったりすることにして、飲み物を買ってベンチに座る。ここなら先生が帰って来た時も分かるだろう。


 五分ほど何も考えずにボーっとしていると、季節の生徒会長の九姫が自販機の所にやってきて何を買おうか悩み始めた。そして飲みたいものが決まったらしく、小銭を自販機に入れる。何を飲むんだろうとその姿を後ろから見ていたが、九姫は背伸びして一番上の段のコーヒーのボタンを押そうと背伸びして奮闘し始める。背が低いので上のボタンに手が届きにくいのだろう。


 このまま何もせずに見ていられなくなったので、九姫の元に行く。


「これでいいか?」


 後ろから突然話しかけたので九姫はビクッと驚くが、素直に頷く。俺はボトルコーヒーのボタンを押して、九姫が取り出し口から取る。


「……」


 九姫が下から俺を見上げて見つめてくる。


「……も、もっと早く助けなさいよ! ……あ、あと……ありがとう!」


 そう勢いよく言って九姫は走って校舎に戻っていった。一体何だったんだ。


 九姫と入れ替わるように双田望が自販機にやってきた。


「冬風先輩、会長と何かありました? すごい勢いで走ってたんですけど」


 双田望に説明する。


「あー、会長のツンデレが出ちゃいましたか。うちの会長、人と話す時に緊張しちゃって、ついツンツンしちゃうんです。けど本当はそんなこと思ってないからすぐに本性のデレが出るんですよね」


「大変な奴だ」


「けど可愛いですよね。みんなが甘やかしたくなっちゃうような人なんです。副会長とは普通に話してるんですけどね」


「秋城とは違うタイプの生徒会長だな。まあ生徒からの支持があるんだったいいんじゃないか。話は変わるが、やけに弓道部の対抗戦の会場を四季高校にしようとしてたのは何か理由があるのか?」


「あ、バレちゃってました? 実は矢作君と快君は弓道部なので応援に行けたらいいなって。ダメでした?」


「へえ、あの二人って弓道部だったのか。弓道部は顧問の関係で活動日数が少なめらしいから知らなかった。まあ、生徒会としての役得だろ。それくらいのわがままは許されるべきだ」


「ふふっ、ありがとうございます。冬風先輩はそういうのないんですか?」


「特にない……こともないな。陸上部の奴に応援に行くって約束したから陸上部の会場がここになって安心した」


「それって女の子から頼まれたんですか?」


「ああ、けど彼女ってわけじゃないぞ。知り合いだが関わった時間はまだまだ短い」


「その女の子がどうかは分かりませんが、恋に時間は関係ないですよ。私と快君は初めて話してから一週間もせずに付き合ってます」


「それはお互いが知り合う前から意識し合ってたからだろ」


「そうですけど突然始まる恋もあるって知っておいてくださいね。冬風先輩自分のことはなんだか鈍そうだから」


「……否定はしないよ」


 双田と話していると月見と奈世竹、赤井と青葉が一緒に自販機に来た。


「なんだか多くなってきたな。俺は生徒会室に戻るよ」


「私も一緒に戻ります!」


 生徒会室に戻って十分後ほどすると朝市先生たちも昼食から帰ってきて、また仕事が始まった。



「冬風、こっちの書類を確認してくれ」


「大地、奈世竹君、二人で手分けしてこれをまとめてくれるかい?」


 八王子と秋城がテキパキと仕事を振り分けていき、ひたすらに残りのメンバーは自分の仕事をこなしていく。季節高校担当の奴らも星宮と九姫の指示でどんどん仕事を消化しているようだ。双田が言うには九姫の生徒会長としての能力はその性格とは違って可愛くないらしい。


 日が落ちる頃には全員が死んだ目をしながら呻いていた。特に月見と赤井は頭がショートしたようで机に突っ伏している。


「皆さん、お疲れ様です。皆さんが頑張ってくれたおかげで無事に間に合いそうです。これはささやかですが今日のお礼です。どうぞ」


 午刻先生はそう言いながら有名ドーナツチェーンのドーナツ詰め合わせの箱を三個ほどテーブルに乗せる。どうやら昼食の時に買ってきてくれていたようだ。


 かなり疲労していたのでありがたく全員ドーナツを受け取り食べる。


「美味し―! 午刻先生、ありがとうございます!」


 夏野の感謝の言葉に続けて全員が午刻先生に頭を下げる。


「いいのいいの。ここにいるみんな、小夜さんと朝市君も含めて私の教え子のようなものだから。それに対抗戦は私が言い出したことだしね」


「本当にそうですよ。久しぶりに午刻先生の無茶苦茶に付き合った気がします」


 朝市先生もぬかりなくドーナツをかじりながら愚痴る。


「ふふっ、懐かしいわね。それより想像以上にみんな仲良くなってて嬉しいわ。次に全員が揃うのは夏休みが明けた後になるけど、連携は大丈夫そうね。本番が楽しみ」


「そうですね。初めての試みですが、上手くいきそうで良かったです」


 小夜先生も美味しそうにドーナツを頬張りながら答える。


 季節高校との顔合わせはゆったりとした雰囲気で終わった。





 夕方、着替え終わった部室の中で戦国六花はスマホを確認する。


『戦国、さっきはすまなかった。それと色々相談に乗ってくれてありがとう。また何かあったら聞くかもしれないからその時は答えてくれたら嬉しい』

『突然連絡したこともすまない。連絡先は星宮に教えてもらった。迷惑だったらブロックでもしてくれ』


 誠からメッセージ⁉ 時間を確認すると、誠と別れた少し後に送られてきていたらしい。


 胸がドキドキする。図らずも誠の連絡先を手に入れることができた。心の中で空ちゃんにありったけの感謝を捧げる。


 早く返信しなきゃ。


『こっちこそいきなりごめんね。私で良かったらいつでも何でも聞くよ!』

『私も誠の連絡先、丁度知りたかったから大丈夫!』


 返信を返すとすぐに既読が付いて、少し焦る。誠も丁度スマホを開いているようだ。


『それならよかった』

『陸上の会場、うちの学校になった。これで約束通り応援に行ける。練習頑張ってくれ』


 誠から返ってきたメッセージに飛び跳ねそうになり、心臓の音も高鳴る。今日はなんて嬉しいことが多い日だろう。


『うん、いっぱい練習して誠に良い所見せるね!』


『楽しみにしてる』


 一日の疲れが一気に溶けていくのを感じる。今なら何でもできそうだ。


「六花、なんでそんなに嬉しそうなの?」


 部室にいた陸上部の親友が私の顔を覗いた後に、ちらりとスマホの画面を見る。


「ふーん、こいつが最近言ってた六花の思い人ね。連絡先手に入って良かったわね」

「……う、うん」


「もう好きだってことは伝えてあるの?」

「そ、そんな訳ないじゃん! 誠はそういう目で私を見てくれてないよ」


「けど、この『いっぱい練習して誠に良い所見せるね!』ってメッセージ、完全に彼女の台詞よ」


 その指摘でふと我に返って見直すと、確かに攻め過ぎなメッセージだったかもしれない。


「ど、どうしよう⁉ もう取り消しても遅いよね⁉」

「そりゃそうよ、相手から返信も来てるじゃない。まあ相手が恋愛に鈍いならこれくらいが丁度いいのかもね。ほら早く帰るわよ、恋する乙女さん」


「うー、からかわないでよー」


 いつまでも熱い体を冷やすためにドリンクを飲んでから、部室を後にした。

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