第10話 真実は想いが芽生え、嘘はその花を閉じる~夏合宿~⑩

「忘れ物はないかー?」


 合宿三日目の昼過ぎ、コテージの片づけや掃除を済ませて、外に出る。


「じゃあ夏休みはまだあるが、来週から生徒会に来れる奴は来てくれ。強制じゃないから優先するのは自分の用事な。もし学校に来たら俺か涼香が英語準備室にいるはずだから顔を出してくれ。季節高校の生徒会との顔合わせも全員が揃う日になるように調整して連絡する。……よし! じゃあ帰るか!」

 

 行きと同じメンバーが同じ車に乗り込み、コテージを後にする。


「あら、夏野さん寝ちゃった?」


 数十分ほど車に揺られたところで聞こえたきた吐息に小夜先生が反応する。


「はい、こいつは前に生徒会で行ったプールでも帰りはこんな感じでした」

「あら、そうなのね。月見君もずいぶん静かだけど寝てる?」

「大地は出発して五分で落ちましたよ」


 星宮が後ろから小夜先生に答える。そういえば月見は車内で一回も言葉を発していなかった。


「じゃあトイレ休憩とかどうする?」

「僕は行かなくて大丈夫です」

「私も大丈夫ですよ」


「それならこのまま一気に帰りましょうか」


 行きとは違って静かな車内には車の走行音のみが響く。


 その後数十分車は走り続け最初に俺の家に着く。


「小夜先生、ありがとうございました。星宮もまたな」


「ええ、ゆっくり休んでまた生徒会で会いましょう」

「誠君、またね」


 寝たままの夏野と月見を起こさないように静かに荷物を取り出して、走り出す車を見送る。



「まこ兄、お帰り!」


 車が止まった音に気付いたのか美玖が家から出てくる。


「ただいま。三日も家を空けてごめんな」

「ううん、お父さんもいたし、美玖はまこ兄が楽しいのが一番だよ。ほら、疲れてるだろうし早く入って。ご飯も今日は美玖が準備するよ」

「ありがとう」


 妹の気遣いに感謝しながら数日ぶりの自宅に入る。


 リビングには有給で帰ってきていた親父が新聞を読んでいたが、俺に気付くと「お帰り」と静かに言って、ソファに座るように言ってきた。親父にしては珍しく真剣な声色だ。


「どうしたんだ? 俺がいない間に何かあったのか?」

「誠、それはこっちの台詞だ。……この可愛い子との写真は何だーー⁉ というか誠が友達と色んな所に遊びに行ってるなんて、父さん、嬉しくて仕方がない!」


 親父は美玖のスマホで俺の写真を色々と見せてもらっていたのだろう。先ほどの静けさとは打って変わって、いつも通り明るく騒ぎ始める。


「そんなことかよ。今は疲れてるから夕食の時でいいか?」

「おう! いっぱい話を聞かせてくれ! 父さんは今日の夜に帰らなきゃいけないから、どうせなら豪華なご飯にするか。じゃあ早速買い物に行こう!」

「はーい! まこ兄はゆっくりしててね!」

 

 美玖と親父はバタバタと準備して、買い物に出かける。

 

 親父の騒がしさは俺ではなく美玖がしっかりと引き継いでいる。俺は風呂の準備だけして、先に入浴して、二人の帰りを待った。


 

 ふとスマホに目をやると星宮からメッセージが来ていた。


『奏ちゃんが起きた時に誠君が隣にいなくてすごく動揺してたわよ』

『ちょっと気になったからあとで少し連絡してあげて』


『分かった、ありがとう』


 俺は連絡ついでに花火の時に撮った写真も送ろうと思い、夏野とのメッセージ画面を開く。


『黙って帰って悪かった。今度からは必ず声をかけるよ』

『花火の時に撮った写真を送っとく。また生徒会でな』


 メッセージと写真を送るとすぐに夏野から返信がきた。


『ううん! 寝てたのはあたしだからまこちゃんは気にしないで!』

『まこちゃんのことだから、あたしを起こさないように気を遣ってくれたんでしょ? ありがとう!』

『写真もありがとうね! また生徒会でね!』


 どんな理由か知らないが、星宮が俺に連絡するほど夏野は起きた時に取り乱したのだろう。だが返ってきたメッセージは普段の夏野と変わらない。夏野が何かを抱えていて、自分にも他人にも嘘をついているのは分かるが、それが何なのかまでは俺にはまだ分からない。


 ご飯だけ炊いておいてと美玖から連絡があったので米を研いで準備した。そして程なくして二人が帰ってきて、丁度いい時間に夕食を食べ始めることができた。


「で、あの写真の美人さんは誰なんだ?」

「どの写真だよ」


「あの祭りで焼きそばとかを一緒に食べてる写真だよ」

「ああ、生徒会で一緒の奴だよ。というか俺と写真に写ってる奴は生徒会のメンバーしかいない」


「生徒会かー、懐かしいな」

「お父さんも四季高校の生徒会だったんだっけ?」


「ああ、お母さんと出会ったのも生徒会でだよ。あの子の名前はなんて言うんだ?」

「霜雪だよ。まあ知っても何にもならねえだろ」


「……霜雪⁉ ふーん、そうか」

「何か引っかかる名前だったか?」


「まあ、世間は狭いなって思っただけだ。ほら、早く食べないと父さんが全部食べるぞ!」

「あー、ちょっとは遠慮してよー」


 詳しく親父の話を聞きたかったが、親父も美玖も食事に集中し始めたので、その機会を失ってしまった。


 夕食が終わると親父は赴任先に戻るために帰り支度をした。


「あまり一緒にいてやれなくてごめんな」

「今更だよ。俺も美玖も楽しくやってるから気にしないでいい」

「ありがとう。誠ももっと学校生活を楽しんでくれ。父さんもお母さんも全力で青春を謳歌して欲しいと心から思ってる」


「それは保証できないな。それより俺は今年修学旅行があるんだがその時はどうする?」

「ああ、多分お母さんが帰ってきてくれるから安心してくれ。それにできるだけ家族全員揃うように父さんも頑張るよ」


「無理はしなくていいからな」

「子どもに無理を強いてるのに、親がしなくてどうする。じゃあ行くとするよ。美玖、誠を頼むよ」


「うん! 任せて!」


 家先で親父を見送る。



「じゃあ、合宿で何したかたっぷり美玖に教えて!」


 家に入りながら美玖は興奮した様子で俺をリビングに引っ張る。


「分かったよ」


 今日は寝るのが遅くなるかなと思いながら、俺はスマホのアルバムを開いた。



 


 今思えば、この合宿であいつの気持ちと嘘に気付いてやれたかもしれない。だが、それが叶うほど俺は人の心にまだ触れることができていなかった。





 夏野は先ほど冬風から送られてきた写真とメッセージが表示されたスマホの画面を見つめる。


 空ちゃんがおそらく車内でのことをまこちゃんに伝えたのだろう。あまり動揺を外に出したつもりはなかったが、空ちゃんにはバレていたみたいだ。


 気付いたらまこちゃんがいなくなっている。そんな経験もう二度としたくない。そう思っているのに昔も今もこの気持ちを伝えることをできずにいる。あたしはとんだ大噓つきだ。こんな自分をまこちゃんが見てくれるはずがない。

 

 それになぜ、真実ちゃんにまこちゃんのことが好きなのかと聞いてしまったのだろう。その答えを聞いても自分が苦しくなるだけなのに。

 

 目から熱い水滴がこぼれ、スマホの画面が滲んで見えにくくなる。何が真実で何が嘘かもう自分では分からなくなっているのかもしれない。


 布団に潜ってスマホを抱きしめる。





「……まこちゃん。あたし……ずっと前からまこちゃんのこと……好きだよ」





 この世界の生き方は二通りある。嘘に生きるか、真実に生きるかだ。どちらが正しいかなんて分からない。


 


 真実ちゃんが真実だとしたら、あたしは……嘘だ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る