第10話 真実は想いが芽生え、嘘はその花を閉じる~夏合宿~⑨

 夏の夜が花火で華やかに彩られる。虫の鳴く音、風が木々を撫でる音、そして楽しそうな笑い声。全てが調和し、目の前の景色が朝起きた時の視界のようにパッと開ける。


 祭り、花火、プール、買い物、そして合宿。この夏、生徒会の奴らと過ごした時間は俺に何をもたらしたのだろう。どんなことも時間が経てば終わってしまう。今俺が手に持っている花火も十数秒でその輝きを失う。だが終わったとしてもその輝きは目に焼き付き、その記憶は自分の心に刻まれる。


 今という瞬間が終わらなければいいのに。そんな甘い考えを持ってしまうのは久しぶりだ。だがこの気持ちは俺の真実だ。


 気付けばスマホを取り出し、他の生徒会の奴らが騒いでいる写真を撮っていた。今をこの一瞬で終わらせないために人は写真を撮るのだ。

 

 そんな俺に気付いた夏野が近くに寄ってくる。


「まこちゃんずるい! あたしも写真撮りたいのにー」

「ずるいってなんだよ。夏野も撮ればいいだろ」

「うう、写真も撮りたいし花火もしたい……。じゃあほら、まこちゃん撮って?」


 夏野が俺の隣に来てピースする。


「自撮りは苦手なんだよ」


 そう言って俺は夏野にスマホを渡して代わりに撮ってもらう。


「えへー、後でこの写真送ってね。それよりまこちゃんが写真を自分から撮るなんて珍しいね。美玖ちゃんにまた脅されてる?」

「いや、気付いたら勝手に撮ってた。おい、そんな変態を見る目でこっちを見るなよ」


「ふふっ、冗談だよ。写真っていいよね。いつでも見返せて楽しかったことを思い出せる。好きなこと、好きな人、綺麗な景色、楽しい風景。全部あたしは写真に残したい。ずっと続くと思ってることもいつの日か突然終わっちゃうから」

「……そうだな」


「だからこそ出会えることや人もいるんだけどね! あたしは今がすごく楽しい! じゃあ、まこちゃん、新しい花火取りに行こ!」


 俺は夏野に連れられて花火が置いてあるテーブルの近くに行く。そこでは霜雪も色々な花火を見て迷っているようだった。


「冬風君、夏野さん、私はあまりこんな風に花火をやったことがないのだけれど、さっきのみたいに激しくないのもあるのかしら?」


 確かに霜雪はかなり激しめに火花が散るタイプの花火に先ほど困惑していた。


「じゃあ、三人で線香花火やろうよ!」


 夏野が俺と霜雪に線香花火を渡し、近くに輪になって座り込んで火をつける。パチパチとした音と共に小さい火花が先端から弾ける。そして程なくして火の玉が落ちて、儚い一生を終える。


「これが線香花火だ。短くて驚いたか?」

「ええ、こんな花火もあるのね。でも私は好きかも」


「私も好き! ねえ真実ちゃん、線香花火って勝負できるんだよ。最後まで火の玉が落ちなかった人が勝ち。あたしと勝負しない? あ、まこちゃんも一緒に」


「俺はついでかよ。まあやるか」

「ええ、やりましょう」


 再び線香花火を人数分取って、同時に火を点ける。


「ねえ、勝った人は最初に落ちた人に一つだけ何でも言うことを聞いてもらうっていうのはどう?」

「いいわね。冬風君、遠慮なく落ちていいわよ」


「なんでだよ! あっ!」


 激しく手を動かした反動で花火を揺らしてしまい、火球が地面に落ちてしまった。


「まこちゃん、動揺しちゃったねー」

「そもそも俺は同意してないからな」

「冬風君、負けた後にそれを言うのはみっともないわよ」


 夏野も霜雪も俺の方を見ることなく言ってくる。


 後味が悪いので俺はもう一本線香花火を取り出して火を点ける。


「まこちゃん、それはノーカウントだからね」

「分かったよ。さっきのはすぐに終わったからもう一本だけ純粋に楽しむためにやらせてくれ」

 

 最後の最後までどちらが優勢か分からなかった勝負は少しの差で夏野の勝利に終わった。


「やったー! あたしの勝ち!」

「夏野さん、おめでとう。冬風君、ちゃんと夏野さんの言うことを聞くのよ。負けたのだから」


「負けたって強調するな。分かってるよ。夏野、俺は何すればいいんだ?」

「うーん、思いつきで言っちゃったから今は思いつかないや。けどいつか絶対聞いてもらうからそれまで待ってて」


「引き伸ばしはありなのか。まあいい」


 立ち上がったところで丁度秋城が俺たちの近くにやって来た。


「三人とも、小さいが打ち上げ花火もあるからこっちにおいで。おや、線香花火はこっちの袋には入っていたんだね。後でみんなで勝負しようか」

「おーい、お前ら早く来いよ!」


 朝市先生の呼ぶ声も聞こえたので、俺たちは広場の真ん中に集まり、小型の打ち上げ花火を楽しむ。


 二泊三日の夏合宿ももう終わりだ。やったこと自体は少ないかもしれないが、濃厚な時間だった。


 朝市先生や小夜先生のように、俺もいつかはこの合宿のことを思い出すことになるのだろう。


 輝きを放つ目の前の光景を楽しみながら、俺はなぜか自分の胸の鼓動の音が大きくなるのを感じた。

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