第10話 真実は想いが芽生え、嘘はその花を閉じる~夏合宿~⑧

「急にどうした? その好きってどういう好きだ?」


「それが分からないの。私はこれまで恋なんてしたことないし、そもそも友達と呼べる存在もいなかったもの。ただ確かなのはあなたといると楽しい。あなたといると心臓がドキドキする。これってどういう好き?」


「それだけじゃ何とも言えないんじゃないか? 異性として好き、友達として好き、どっちも一緒にいれば楽しいし、ドキドキはする……と思う。俺も友達なんていなかったし、人を好きになったのも一回だけだからよく分からない」


「その経験があるだけ私より大人ね」


「大人って……。小学生の時の話だぞ」


「そう。それであなたは私のこと好き? それとも嫌いかしら?」


「前も言ったが嫌う理由なんかないだろ。ならどちらかと言われれば好きということになるんじゃないか。ただこれもどんな存在として好きなのかは分からない。色々な事を知れたと思っていたが俺もお前もまだまだ知らない事ばかりだな」


「そうね」


 そう言うと霜雪が左手を俺の胸に当ててくる。


「おい! 何してんだよ⁉」


「あなたもドキドキしてるわね。ということは私たちはお互いにただの生徒会の同僚ということではもうないということね」


「いきなりこんなことされたら誰でも驚くだろ!」


「ごめんなさいね、こうすると手っ取り早いと思って。そういえば片方が好意を伝えた時にもう片方はまずは友達からって言うのだったかしら?」


「いや、それは伝え方も状況も違うと思うけどな。まあ、それでいいか。俺たちがただの同僚じゃないとするなら、今から俺たちはひとまず友達ってことにするか。これで何か変わったりはしないだろうが、これから色々分かることはあるだろう。霜雪のその気持ちが何なのかとかな」


「そうね。冬風君、これからもよろしく」


「ああ、お手柔らかにな。じゃあ俺は朝市先生の所に行ってくる」


「ええ、引き留めてごめんなさい。よろしく頼むわ」


 俺は今度こそ椅子から立ち上がり、香ばしい煙が上がる方へ向かう。


 友達。嘘をついてまで友達が欲しいなんて思っていなかった。ある程度の嘘がなければ友人関係なんて成立しないと思っていた。それは間違いだったのか。それはまだ分からない。俺と霜雪の関係もこれまでとは何ら変わりないはずなのに友達という名称が付いただけで特別なものになるのか。


 何も分からない。恋や友情の嘘も真実も。それらをこれから知りたいと感じるのは虫が良すぎる望みだろうか。だがこの気持ちに嘘をつくことはできない。俺は目の前の真実と向き合うだけだ。




「咲良、いっぱい食べてるかい?」


「は、はい。ありがとうございます」


 秋城は冬風や霜雪が座っていた椅子とは違う方の椅子で食事を楽しんでいた春雨に話しかける。


「僕は何もしてないよ。さっきまで朝市先生がずっと網に張り付いていてくれたし、今は誠がみんなの分を焼いていてくれているからね」


「けどこんなに豪華なバーベキューができるのは政宗さんがここを使わせてもらえるようにしたからですよ。ありがとうございます」


「紅葉姉さんもそうしてたからお安い御用さ。それに僕も久しぶりにここに来たかったからね。昔はよく咲良と夏になるとここに来ていたが、いつの間にかそういうこともなくなってしまった。けどまさかこんな形でまた一緒に来れるとは思わなかったよ」

「そうですね。懐かしくて……嬉しかったです……」


 春雨も秋城もお互いに目を合わせずに他の生徒会の面々が楽しそうに笑っているのを見つめる。


「咲良とは夏にしかここに来たことがないが、ここは春になると桜がとても綺麗なんだ。今度はその時期に一緒に来たいけどどうかな?」


「はい、楽しみにしています」


 その頃に自分はどうなっているのだろう。まだこの人を追いかけていられるだろうか。


 その頃に自分はどうなっているのだろう。まだこの子のために走り続けていられるだろうか。


 結局、二人で話している最中はお互いの目が合うことはなかった。ずっと続く二人の間のその間違いが如く。




「バーベキューをするとあの時を思い出すわね」


「うっ! ……何を思い出したんだよ」


 星宮は笑いながら、苦い顔をする月見に話しかける。


「小学生の時に町内会で行ったキャンプよ」

「……空。それ以上は止めてくれ」


 月見は思い出したかのように耳を塞ぐそぶりを見せる。


「ふふっ。最後まで聞きなさいよ。夜の肝試しで大地だけ迷子になって帰ってこなかったじゃない。それでみんなで手分けして探し回って、私が大地を見つけたのはいいものの、私も一緒に迷子になっちゃって。既に泣いてた大地に続いて私も泣きそうになった途端に、大地が私の手を握って大丈夫って励ましてくれたわね。最初に迷子になっていたのは大地なのに何が大丈夫だったのかしらね」


「うう、思い出すだけで恥ずかしい。空はどれだけ俺の情けない姿を覚えてるんだよ」


「あら、これは別に情けない姿としてカウントしてないわよ。あの時は本当に助かったわ」


「ならそのニヤニヤ顔を止めろよ! 全く……」


 月見は冬風の方へ拗ねた顔で去っていく。



「……昔からずっと一緒なのだから、その分大地のかっこいい姿もいっぱい知ってるのよ」


 誰にも聞こえない大きさで星宮は呟く。


 共に過ごした時間が長いというのは時に残酷である。一緒にいるということがいつの間にか特別なことであると意識できなくなっているからだ。


 まあ、ずっと一緒にいてもお互いに意識しすぎている二人もいるわね。星宮は椅子に座って食事を楽しんでいる春雨と秋城の方を一瞥して、自分も冬風の方へ向かった。




「ふー、じゃあ俺も食べるのに集中するとするか。冬風に感謝だな」


 朝市は焼き番の交代を申し出てくれた冬風に肉や野菜をサーブしてもらい、本格的に食事を始める。


「お疲れ様、色々やってくれてありがとね」


 小夜はテーブルに朝市の分の紙コップを準備し、ジュースを注ぐ。


「お、ありがとう。まあ、俺も楽しくてやってるからな。今は冬風が変わってくれたし、夏野も霜雪も一緒になって全員分を焼いてくれてるから助かる」


「ここでバーベキューをしてると高校の頃を鮮明に思い出すわね。まさか自分たちが教師という立場になってまたここに来れるとは思ってなかったわ」


「そうだな。そう考えると高校の時から俺の隣には絶対に涼香がいるな」


「紅葉先輩が私と輝彦はそうなるって言っていたけど本当かもしれないわね」


「なんだかんだであの人は勘が鋭いからな」


「……今年は生徒会の仕事やら修学旅行やらで退屈しなさそうね」


「だな。こいつらにとっては何もかも一生に一回のことだ。まあ俺たちは俺たちにできるだけのことをしよう。どんな感情があいつらの中に生まれて、それがどんな結末になるかなんて俺たちの職務を超えてる」


 朝市は冬風と夏野と霜雪、星宮と月見、春雨と秋城それぞれに目をやりながら小夜に注いでもらったジュースを飲む。


「どの時代も人の関係は切なくて尊いものね」


「それを語れるほど俺たちもまだ大人じゃないな」


 小夜と朝市はお互い一瞬見つめ合い、その後笑って目を逸らし食事を楽しんだ。




 豪華なバーベキューを思う存分堪能した後は素早く片づけを終わらせた。九人もいれば準備も後片付けもそこまでの負担ではない。


「よーし、片付け終わり! じゃあコテージに戻ろっか」


 夏野を先頭にコテージに歩き始めると朝市先生と小夜先生が俺たちを呼び止めた。


「おい、待てお前ら。お楽しみはこれからだぞ」

「そうよ。夏の夜といったらこれをしないわけにはいかないでしょ」

 

 小夜先生と朝市先生は嬉しそうに大量の花火をこれまで開けてなかった段ボールから取り出す。


「えー⁉ 花火なんて準備してたんですか⁉」


 月見が興奮しながら朝市先生から花火の入った袋を受け取る。


「ああ、存分に楽しめ。合宿最後の夜だ。はしゃごうぜ」


 小夜先生が消火用のバケツをバーベキューの片づけの間に準備しておいてくれていたみたいなので、すぐに花火大会が始まった。

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