第8話 嘘も誠も夏に弾ける~プール~③
そして昼食から一時間後、俺と月見はボックス席で二人揃ってグロッキーになっていた。
「ちょっと大丈夫⁉ 何があったの?」
休憩のために戻ってきた星宮と春雨が、俺と月見の頭の近くに座る。
「秋城と月見と競技用のプールで勝負してたんだよ。クロールとか、平泳ぎとか色んな泳ぎ方で。でも何度やっても秋城に勝てなくて。悔しくてずっと勝負してたら、食後だったことを忘れて……」
「こんなことになったってことね、ぷっ」
星宮が手を叩いて爆笑し始める。我ながら情けない。
「政宗さんはどうしたんですか? 同じだけ泳いだんですよね?」
「あいつは涼しい顔でウォータースライダーに行ったよ。くそ、どうなってんだ」
春雨の質問に答えると、程なくして、春雨も星宮ほどではないが笑い始める。
「なんだよ」
「す、すみません。大地君がこうなることはちょっと想像できてたんですけど、まさか誠さんまでなんて」
「そ、そうよ。ぷぷっ。意外と誠君も可愛いとこあるじゃない、ぷぷっ」
「さ、咲良! 俺は想像できたってどういうことだよ!」
「おい、星宮。いつまで笑ってんだ!」
疲れと気持ち悪さで起き上がる気力もないが口は動く。
「はーい、そんな体勢で何言われても知りませーん。はい、チーズ!」
星宮と春雨はのん気にピースしながら横たわる俺たちと写真を撮ってくる。
「何撮ってんだ」
「誠君の情けない写真。いつか使えるかなーって思って。大地のはいっぱい持ってるから」
「空、何のことだよ⁉」
俺はもうあきらめてお腹を落ち着かせることにした。
「美玖たちは一緒じゃなかったのか?」
「美玖ちゃんは奏ちゃんと一緒に真実ちゃんをあちらこちらに連れまわしてるわよ」
「はい、元気いっぱいでした」
星宮と春雨が笑いながら言う。
結局その後は俺も月見も流れるプールの流れに合わせて漂うしかできなくなった。
夕方、閉園時間ギリギリだと混んでシャトルバスに乗れなくなるということで、余裕をもって着替えを済ませ、シャトルバスの乗り場に向かった。
「いってー! 背中日焼けしすぎて皮むけたかも」
「大地、あんた日焼け止め塗ってなかったの? そりゃそうなるわよ」
「誠先輩も塗ってなかったじゃないですかー! なんでそんな平気そうなんですー」
「後から俺は塗ったんだよ、悪いな」
「ずるいー」
喚く月見をみんなが笑い、俺はふと見た霜雪と目が合った。
「言ったでしょ。私のおかげね」
「そうだな、助かった。肌、大丈夫なのか? 日焼け止め塗ったって言っても、あれだけ日に当たってたら少しは焼けるだろ」
「大丈夫よ。家に帰ってからもケアはできるしね。誰かさんが背中にも入念に塗ってくれたようだし?」
「ふん、からかってんのか」
シャトルバス乗り場に着くと、数十人ほど人はいたものの、その後すぐに来たバスに乗って、ほとんどがいなくなった。かなり先頭の方に並べているのでバスの中で座れるだろう。
程なくしてやって来たバスに乗り込む。最後列の右の窓際に霜雪が座り、その横に俺、さらにその横に秋城が座り、前や横などの近くに他のメンバーが座った。
「いやー、誠。今日は楽しかったね」
バスが走り出して少しして秋城が話しかけてきた。
「最悪だよ、お前に泳ぎで負けて、月見と一緒に昼食を吐きそうになったんだからな」
「それは自業自得だ」
秋城が静かに笑う。
「けど、まあプールってのも久しぶりだったし、美玖もバスの中で寝るくらい楽しめたようだ。これはお前が誘ってくれたおかげだな」
前の席からは時折寝息が聞こえる。美玖と夏野だ。
「うん、良い傾向だ。彼女たちはかなりはしゃいでいたようだからね。楽しんでくれてよかった。誠の隣の彼女も」
右横を見ると、霜雪も眠っていた。前の二人に連れまわされて大分疲れたのだろう。
「霜雪に関しては少し気の毒だな」
そう言っていると、右肩に重みを感じた。霜雪がもたれかかってきて、体重を俺に預けてくる。。
「おい、しもゆ……」
「そのまま寝かしてあげなよ。起こしちゃかわいそうだろう?」
秋城がニヤニヤとしながら言ってくる。
いつもなら秋城に突っかかるが、大きな声を出したり、動いたりすると霜雪が起きそうだったので止めた。この状況には自分の妹にも非があるので我慢することにする。
「咲良も疲れているなら寝てていいんだよ」
秋城が左横の春雨に話しかける。
「だ、大丈夫です。けど大地君も寝ちゃってますね」
春雨が息をひそめて言う。確かに夏野たちの通路を挟んで左側の席は星宮と月見が座っており、月見は通路側の席で舟をこいでいる。
「みんな子どもみたいだね」
バスの車内はプールでの賑わいが嘘のように、静かに駅まで走り続けた。
「霜雪、駅に着いたぞ」
二十分ほどしてバスが最寄りの駅に着いた。
霜雪が吐息をこぼしながらゆっくりと起き上がる。
「あ、あら私、冬風君にもたれかかってた? ごめんなさい」
「いいよ、別に。ほら、降りるぞ」
バスを降りると睡眠組が揃いも揃って伸びをする。
「いやー、今日は楽しかったー! 美玖ちゃんも来てくれてありがとうー!」
「こちらこそありがとうございました!」
女子連中は端に避けて写真を撮り始める。
「秋城、もう当日に知らせてくるのはやめろ。生徒会で何かあるならできるだけ行くように努力はするから」
「そうか、それは嬉しいね。じゃあ一つお知らせしておくと、一週間後に二泊三日の生徒会の合宿がある。ちなみにこれは朝市先生と小夜先生も来るし、誠のご両親にも既に許可は貰ってるよ」
「なんでだよ! 祭りやプールはまだしも合宿まで俺に知らせてなかったのかよ」
「準備は美玖さんに頼んでいたからね。当日に誠を迎えに行く予定だったんだ」
「政宗先輩、まだ合宿のことも言ってなかったんですか。さすがに一週間前には言わないと」
「まあ、今知らせたからセーフってことでよろしく頼むよ。必要なものは美玖さんに送った合宿のしおりに書いてあるからそれを見せてもらうといい。移動は朝市先生と小夜先生が車を出してくださるから、当日に誠の家まで迎えに行くことになっている。細かいことはまあ、しおりを見れば分かるよ」
あまりに秋城が淡々と話すので俺はあっけにとられて何も言えない。
「じゃあ、そういうことだからよろしく頼むよ。咲良、僕たちの路線の電車がそろそろ来るから帰ろうか」
「は、はい」
秋城は春雨と共に手を振りながら改札を抜けていった。
「誠先輩、大変ですね」
「全くだ。親と妹がなんで合宿があることを知っていて本人が知らないんだよ。というかお前が教えろよ」
「さすがに当日知らせる予定だったなんて思わないですよ」
後輩をこれ以上責めても仕方がない。
「まこ兄、電車そろそろ来るから行こ? じゃあみなさん、今日はありがとうございましたー!」
「ええ、またね。大地、私たちもバスの乗り場まで行こうかしら」
「じゃあみなさん、お気を付けて!」
「真実ちゃん、途中まで一緒に帰ろ?」
「ええ、そうしましょう」
それぞれがそれぞれの帰路に就く。
その水は流れる。人と思いを乗せながら。
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