第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~⑩

 二年のフォークダンスが終わり、三年のフォークダンスや他の競技が進むにつれて、生徒会のメンバーはそれぞれ何かの係を手伝いに行ったりして、テントは午前中に主に他の助っ人に行っていた、俺と夏野だけになった。


「頑張れー!」

 

 夏野は一日中誰かを一生懸命応援している。


「頑張れ……っ」

 

 夏野が急に頭を押さえる。


「おいっ、どうした⁉」

「ん、大丈夫。少し頭が痛くなっただけだよ」

「大丈夫って、顔もちょっと赤いぞ」

「ひゃっ」

 

 俺は夏野のおでこに自分の手を当てる。少し熱いくらいなので、軽めの熱中症かもしれない。


「夏野、これお前の水筒だよなって、全然減ってないじゃないか。お前、差し入れの飲み物もまだもらってなかったよな。完全に水分不足で熱中症になりかけてるぞ、まったく、ほら、救護テント行くぞ」


「待って! さっき救護テントいっぱい人がいたから、取り敢えずここで休む……」

「本当に大丈夫か?」

 

 俺はクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出して、夏野に渡す。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

「じゃあ、それ飲んで少し横になってろ。今は誰もいないから、椅子を繋げたら夏野くらいなら横になれるだろ」

「う、うん。分かった」

 

 夏野はスポーツドリンクを半分ほど飲み、椅子を何個か寄せて、横になる。


「わざわざ、俺の横に来なくてもいいだろ」

「まこちゃん、さっきみたいに手をおでこに乗せてくれない……? ひんやりしててすごく気持ちよかった」

 

 夏野が寝たまま、俺の方を見てくる。


「弱ってるからと言って何でも言うこと聞いてもらえると思うなよ」

 

 と言いながらも、夏野のおでこに右手を乗せる。いつの日か、風邪を引いた美玖にも同じようなことをしたような気がする。それと重なってつい手を乗せてしまった。俺が手を離そうとすると夏野は自分の手で俺の手を逃がさないように掴む。


「えへー、もうちょっとだけ……やっぱりまこちゃんの手、ひんやりしてて気持ちいい。ねえ、手が冷たい人は心が温かいって言うよね」


「それは多分違うな。少なくとも俺の心は温かくはない」

「そんなことない。今もこうやってあたしに優しくしてくれてるよ」

 

 その状態のまま五分ほど経った。夏野は疲れからか寝てしまったようだ。


「おや、これはどんな状態なんだい?」

「あ、秋城!」

 

 俺は驚きで手を離し、夏野も目を覚ます。


「こ、これは夏野が軽い熱中症ぽかったから、か、看病してたんだよ」

「そんなに慌てることないじゃないか。奏、体調はどうだい?」

「うん、水分もちゃんと摂ったし、休憩したからもう大丈夫! まこちゃん、ありがとね」

「で、なんで誠は奏のおでこに手を乗せてたんだい?」

 

 秋城がいつも以上にニヤニヤしながら聞いてくる。


「夏野がやれっていうからやったんだよ」

 

 変な誤解をされたらたまったものじゃない。


「あれ? あたしそんなこと頼んだっけ?」

 

 夏野が笑いながら答える。こんな分かりやすく嘘を言うとは。


「あれ? 誠、嘘はつかないんじゃなかったっけ? 照れ隠しだとしても、女の子のせいにするのは良くないなー」

 

 秋城も分かっててやっているな。これは相手にするだけ無駄だ。俺は無視を決め込む。


「三人ともどうしたんですか?」

「な、何かありました?」

 

 月見と春雨がテントに戻ってきた。


「二人とも聞いてくれよ。誠が奏の……」

 椅子から勢いよく立ち上がり、秋城の口を手で押さえ、テントの外に連れていく。こいつを調子に乗らせると何を言われるか分かったものじゃない。


「あの、あれ何かあったんですか?」

 

 月見が夏野に尋ねる。


「私たちだけの秘密!」

 

 夏野は嬉しそうに笑顔で答えた。




 その後は何もトラブルもなく、体育祭は進行し、最後の競技だったクラス対抗リレーは三年生を差し置いて、戦国がいる二年一組が優勝した。そして紅組対白組の対決も結局紅組が勝利し、生徒会の中では秋城の一人勝ちになった。


「みんな、お疲れ様。この生徒会として初めての大きな行事だったけど、大きな問題もなく終わることができて嬉しいよ。大地もいきなりの大仕事だったが、よくみんなをまとめてくれた。ありがとう」


 体育祭の片づけがほとんど終わり、あとはテントを片付けるだけというタイミングで、秋城が口を開く。


「いえ、皆さんに助けて頂いたからです」

「自分の手柄は素直に主張していいのよ」


 月見や星宮は少し安心したように言う。月見は体育委員長としてもちろん多く仕事があったが、そのサポートは主に副会長である星宮が行っていた。準備期間を含めて相当疲れたはずだ。


「それにしても誠先輩と真実先輩、フォークダンスの時何話してたんですか? 二人ともすごく笑ってましたけど。ほら」

 

 月見がデジカメで撮った写真を見せてくる。


「お、お前、何撮ってんだよ」

 

 俺は月見からデジカメを取り上げる。


「えー、見せてよー」

 

 夏野は残念がるがこれは消去でいいだろう。しかし、デジカメの画面を操作していると、後ろからそのカメラを取り上げられた。


「ほら、写真は今度渡してやるから今は片付けに集中しろ」

 

 どこかで見たことがあるカメラだと思っていたが、朝市先生のカメラだったらしい。こうなっては、下手に騒いでも得はないだろう。俺は諦めてテントの片づけに戻った。


「よし、これで大体終わったな。ほら、お前らそこに並べ、写真撮るぞ」

 

 朝市先生の仕切りで、前に写真を撮った時のように、並ぶ。朝市先生は写真を撮るのがどうやら好きなようだ。


「ほら、冬風、霜雪、笑えよ。まったく、お前らいつもポーカーフェイスだな」

 

 朝市先生は愚痴を言いつつ何度もシャッターを切る。そうだ。俺は何か面白いことでもないと笑わないし、写真を撮られる時も愛想笑いはできない。なのにどうして霜雪と踊った時に、俺も霜雪も笑っていたのだろう。


「奏! 誠! クラス写真撮るから来いよ!」

 

 生徒会の写真を撮り終わって教室に戻ろうとしようとしていると、三上が走ってこちらにやって来た。辺りを見回すと、グラウンドは体育祭の面影なく、いつも通りの状態に戻っている。


「もう片付けは終わったから早く行ってあげなよ。みんなも同じようにクラス写真を撮ると思うから、それぞれのクラスに戻ろうか。じゃあ、みんなお疲れ様。期末テストが終わるまで生徒会は休みだから、またその時に」

 

 秋城が締めて、生徒会としての初めての体育祭は幕を閉じた。


 それぞれの思いは走り出し、もう止まらない。





 ……まこちゃん!


 ……誠!


 ……冬風君!


 いつから俺たちの嘘が、誠が、真実が始まった? 確かなことは分からない。だがそれぞれの糸が絡み始めたのはあのダンスからだ。あの……初めての体育祭からだ。

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