第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~⑨
いくつか人だまりができていて探しにくかったが、なんとか霜雪を見つけることができた。やはり多数の男子から誘われ、それを断っているようだ。俺は人混みをかき分け霜雪のもとへ行く。
「霜雪、踊るか」
俺は霜雪に手を差し出し、霜雪もその手を取る。周りの男子のなんでお前がみたいな目線が刺さるが、これは後日、生徒会で前々から決めていたという風に秋城らが上手く調整するだろう。これは嘘ではないし、その後、どんな憶測が流れるかは知らないが、事実ではない以上、霜雪に何か迷惑が掛かることはないはずだ。
今回の霜雪への攻撃はあくまでも自分に自信がない奴が、体育祭という少し理性のタガが外れる大きなイベントをトリガーとして起こしたものだ。霜雪が踊る相手が俺なら、生徒会で秋城が言った通り、他の男子にとっても、攻撃の主にとっても緩衝材には最適だ。
霜雪の周りにいた男子たちは意外とすぐに諦め散っていく。これまた秋城の言った通り、所詮、秋城の人気も霜雪の人気もほとんどはミーハーなものかもしれない。まったく、どこまで正確に分析しているんだか。
「よろしく、冬風君」
「ああ、こちらこそな」
もう踊る相手決めてるのかな。リレーであんなにかっこよかったから彼女さんとかいるのかな。いなかったとしても、今日知り合ったばっかりで一緒に踊りませんかなんて言ったらどう思われるだろう。難しいことは考えたらだめ。言うだけ言ってみよう。戦国六花は辺りを見回す。――いた。人混みをかき分けて進んでる。そして集団の中に入ってすぐ、周りにいた男子がどよめいて、女子と手をつないで出てくる。霜雪さんだ。同じクラスになったことはないけれど、同級生の中で美人で有名な人だ。やっぱりもう踊る相手いたんだね。私のこと可愛いって言ってくれたけど、あんな美人さんにはかないっこないよ。戦国は後ろを振り向き、クラスの女子が固まっている方へ向かった。
「おい、秋城。なんで俺がお前と踊らなきゃいけないんだよ」
「いいじゃないですか、朝市先生。僕とずっと続く友情を築きましょうよ」
秋城と朝市はなんだかんだ言いつつも手を繋ぐ。
「僕も朝市先生も女子から人気がありますからね。これが一番ヘイトを集めない組み合わせですよ」
「だとしてもきついな」
「まあ、僕と踊れることに感謝してくださいよ」
「お前が俺に感謝しろよ!」
自ら築いた嘘の城は彼をそこに閉じ込める。
「もう、同級生の女子を誘いなさいよ」
男子生徒に囲われ、ダンスを誘われるものの、小夜は断る。そして男子の集団の後ろに見覚えのある人影を見つける。
「春雨さん、一緒に踊る?」
「い、いいんですか?」
「それはこっちのセリフよ。ほら、あなたたちは別の人を誘いなさい」
集まっていた男子が悔しがりながら散らばっていく。そして小夜はさっきまで春雨が向いていた方を見て、状況を察する。
「春雨さん、うちのバカが秋城君を取っちゃってごめんなさいね」
「い、いえ! べ、別に私は政宗さんと踊りたいなんて……」
「隠さなくてもいいわよ。恋する乙女の気持ちはこれでも分かってるつもりよ」
「そ、そんな。意地悪しないでください!」
俯く春雨の小さな手を取って握る。全く、分かりやすくて可愛いんだから。
「一つアドバイスしとくわ。自分の気持ちを自分で抑えたらだめ。自分は釣り合わないなんて思ったらだめ。好きなら正々堂々と相手にぶつかってみるのもいいわよ」
「は、はい。さ、参考にします」
秋城と朝市の方をなんとなく見ていると、秋城となぜか目が合い、笑いかけてくる。あら、本人は一方的だと思っていても、意外とこの思いは双方向かもね。「大丈夫、自信を持ちなさい」と言おうとしたが、今はこれ以上余計なことは言わなくていいと思い、小夜は春雨に優しく微笑むだけにした。
「空ちゃん、一緒に踊ろ?」
夏野が星宮の元に走ってやってくる。
「喜んで。でも私でいいの? 誰か一緒に踊りたい男子とかいないの?」
「うん、大丈夫……それより空ちゃんこそ私で大丈夫? 踊りたい人がいるなら私は他の人探すよ?」
「気にしなくていいわ。じゃあ、行きましょう」
「うん、よろしくね!」
隠した思いは青空の下でただひたすらに音を奏でる。
夏野はこのフォークダンスには色々な思いがあると言った。愛情、友情、それから嫉妬や妬み。大多数はその顔に笑顔を浮かべているが、本当の気持ちというものは外からは分かりようがない。ただ確かなのは目の前で誰かと踊っているという事実だ。
人は複雑だ。ただそれだけの事実で、他人を嫌い、妬むことができる。だが同時に人は単純だ。ただそれだけの事実に心も躍らせることができる。
目の前の霜雪は今何を感じているだろう。それは霜雪にしか分からないし、俺が立ち入るべき問題ではないだろう。ただ、霜雪も俺と同じように、これまでの自分の世界との変化を感じているだろうか。そうあればいいと思うほどいつから俺はお節介な人間になってしまったのか。
音楽が再び流れ、ダンスが始まる。
「冬風君はどうして去年の体育祭出なかったの?」
霜雪は俺の方を見ることなく聞いてくる。
「法事だったんだよ。体育祭に興味はないにしろ、仮病で休んだりはしない」
「そう。私は去年たまたま風邪をひいてしまったの。私も仮病なんかで休むつもりはなかった。でもその時安心した。行かなくてもいいんだって。今日も朝、風邪をひいてないかと期待したわ。どうせ体育祭なんて行っても何もないから。私がいてもいなくても何も変わらないし、気にする人もいない」
「それは間違いだな。お前が来なかったら、生徒会の奴は気にするし、俺もフォークダンスを踊る相手がいなくなっていた。少なくとも何もないなんてことはないな」
「そうね、去年の私だったら考えられないことだわ」
「俺も同じだ。今までの俺には考えられないことを生徒会に入ってから経験している」
だめだ。これ以上は俺が立ち入るべきではない。だが……
「霜雪、この体育祭はどうだ? 楽しいか?」
少しの間沈黙が流れ、霜雪が小さな声で話し始める。
「初めて頑張る誰かを応援したわ。初めて誰かと体育祭で昼食を食べた。初めて笑ったり、話したりしながら競技を見た。初めて、特別な意味を持つと言われているダンスを今踊っている。そしてこんな風にこの言葉をあなたに言うのも初めて……」
霜雪はお互い向き合ったタイミングで俺の顔を見つめて、息を静かに吸い込む。
「とても楽しいわ。ありがとう、冬風君」
霜雪は優しく、明るく、そして力強く微笑んでいる。
霜雪のこの顔を俺しか見ることができないなんて他の生徒会の奴らは気の毒だ。
「なんだ、そんな顔もできたんだな。花壇で言ってたことが現実になって嬉しいよ」
「あら、あなたこそ、そんな笑顔をするような人だったのね。見慣れていないから気持ち悪いわよ」
「言い過ぎだ」
「私、嘘はつかないの。あなたと同じよ」
それぞれが抱える思いは、その持ち主と共に今という瞬間を踊る。いくつもの真実と嘘をかき混ぜながら。
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