番外編 三上一二三の負けてはいけない騎馬戦

 二年生の徒競走が終わり、三年生の徒競走の間に三上みかみ一二三ひふみはクラスのテントで水分補給をする。


「一二三、次は騎馬戦ね。大将騎馬なんだっけ?」


 そう俺に尋ねながら、隣に下野しもの曜子ようこが座る。


「ああ、そうだよ。責任重大で緊張する」

「まあ、あんたなら大丈夫でしょ。頑張って」


「ありがとう。……曜子は俺が活躍したらどんな気持ちになる? やっぱり負けたくないって思って、秘めたる闘志を燃やしたりすんの?」

「確かにうちも負けたくないとは思うけど……やっぱり一番は嬉しい……」


「ふーん、そうかそうか」

「なに笑ってんのよ! ったく、それより冬風ふゆかぜってあんなに足が速かったのね。もしかしたら一二三より速い?」


「ああ、それは俺も思った。俺らが知らないだけでまことってとんでもない人材なのかもな」

「まあ本人はわざわざそれをみんなに知ってもらおうとしないでしょうけどね」


「おーい、一二三。そろそろ入場門に行こうぜ」


 テントの外から末吉すえよし鉄平てっぺいの呼ぶ声がする。


「じゃあ行ってくる。ちゃんと応援しててくれよ」

「頑張って」


 曜子に手を振られながらテントを出て、鉄平や他の男子と一緒に入場門へ向かった。



 入場門で誠を見かけたので少し声をかけてみる。


「誠って誰と一緒に騎馬を組むんだ?」


「ああ、俺はクラスの端数的な存在だから、俺と同じように他のクラスの余った奴と組むよ。まあ、存在感ゼロの騎馬ができあがるだろうな。三上は大将騎馬か。どれだけ他の騎馬を落としてもお前がやられれば俺たちの負けだ。頼んだぞ」


「任せとけ! とは言えないけど頑張るよ」


 今回の騎馬戦は二回戦ある。一回戦目は両方の騎馬が入り乱れ、より多くの騎馬を落とした方が勝ちの総当たり戦。二回戦目は紅組、白組それぞれ一騎ずついる大将騎馬を落とした方が勝ちの大将戦だ。


 二年生男子が続々と集まってきたところで担当の先生が整列を促し始め、三年の徒競走が終わってすぐに入場となった。


 紅組と白組が対面に並び、騎馬を作る準備が始まる。俺は白い鉢巻を頭に巻いて、鉄平や他のクラスメイトが腕を組んで作ってくれた足場に乗る。騎馬戦はこの下の騎馬から乗っている奴が地面に落ちるか、頭の鉢巻を相手に取られると負けだ。


 全ての騎馬が組み終わると太鼓の音が響き渡り、一回戦目が開始となる。


 ドドンっ!!


 終了の太鼓の音が鳴る。


 両軍、戦略もくそもない乱戦は規定時間が経った段階での残り騎馬数が同数であり、勝敗は二回戦の大将戦に委ねられることになった。


 再びの開始の太鼓の合図で紅組も白組も大将を囲うように陣形を整える。紅組の大将騎馬は生徒会長の秋城あきしろのようだ。


 少しの間、両軍が見つめ合って硬直するが、紅組の騎馬が一騎回り込むような動きを見せ、それを合図にまたしても一回戦目と同じような乱戦へと一気に変わった。


 大将の囲いなどももう機能しなくなっており、周りの状況を見ながら不利な位置からとにかく移動し続ける。どうやら数的には俺らの方が有利のようだ。混戦から抜け出した白組の騎馬が二騎、秋城の大将騎馬を襲っている。順調にいけばこのまま俺たちが相手の大将を落として勝ちだ。


 そう思いながら周りの戦闘に巻き込まれないように開けた場所になんとか移動すると、秋城の騎馬との一直線上に何もない状態になった。なんでだ? 秋城をよく見ると白い鉢巻を二つ握っている。まさかあの状況を単騎でしのぎ切ったのか? だとするととんでもない奴だ。そんな奴と戦って勝ちたいという気持ちがどんどん高ぶってくる。


「なあ鉄平。どこも同じような戦いが続いている。ここで大将同士が戦ったら熱くないか?」

「俺も同じこと考えてた! こうなったら行くしかないでしょ!」


 他の二人も同意してくれる。


「よっしゃー! このまま逃げ回るのも面白くない! 突っ込め―!」


 秋城の騎馬に向かってスピードを上げて突進する。まさか向こうも大将が攻撃を仕掛けてくるとは思ってもいないだろう。だが、こちらの動きに気付いて向こうの騎馬もこっちに同じように突っ込んできた。気付いたのになぜ逃げない? 秋城を見ると遠くからだがなぜか笑っているのが分かった。さすが生徒会長だ。真正面からの大将勝負に付き合ってくれるなんて肝が据わっている。


 騎馬と騎馬が激しくぶつかり、俺は秋城と手をがっぷりと掴み合う。会場が盛り上がっているのがかすかに聞こえる歓声で分かる。大きいはずの歓声がかすかにしか聞こえないほどに俺は目の前の相手に集中しているようだ。相手の鉢巻を取ろうと手を伸ばすとひらりと躱されるが、こちらも相手の攻撃を寸でのところでいなし続ける。少しでも油断したら負ける。集中だ。とにかく相手の鉢巻を先に取れ……。


 秋城の手を避けながら、カウンターに移ろうと体を傾けると支えるものがなくなった感覚がした。丁度騎馬が揺れたタイミングと重なり、踏ん張り切れなかったのだ。くそ……負けた。鉢巻を取られなくても騎馬から落ちればもちろん大将騎馬としての負けだ。騎馬ごと崩れ鉄平たちと一緒に地面に倒れこむ。


 見た目のわりには酷い落ち方ではなかった。少し足を擦りむいたくらいで済んだようだ。

 

 俺たちの騎馬が崩れたのと同時に終了の太鼓が鳴らされる。この後に勝利した紅組がアナウンスされるはずだ。


「勝者は白組―――!」


 白? 俺は秋城の鉢巻を取っていないし、秋城の騎馬は崩れていない。俺はとっさに秋城を見るとその頭には先ほどまであったはずの赤い鉢巻がなかった。そして秋城の騎馬の後ろにもう一つ騎馬がいて、その騎手が赤い鉢巻を持っている。


 その騎手は誠だった。そうか、俺が地面に落ちる前に誠が秋城の鉢巻を取ってくれたのか。入場前に誠は存在感ゼロの騎馬だとか言っていたが、俺も秋城も全く気が付かなかった。大した奴だよ、誠。俺は勝負には負けたが試合には勝たせてもらったな。

 

 全員が騎馬を崩して整列し、退場した後、誠が話しかけてきた。


「おい、お前は大将騎馬だから頼むって言ったよな。なに敵の大将に突っ込んでるんだ」

「悪い! けど結果オーライだったな」


「お前が言う台詞じゃねーだろ! 俺の騎馬の奴らに感謝するんだな。あいつらが頑張って回り込んでくれなかったらお前の所に行けなかった」

「ああ、誠もありがとうな」


「ったく、これはノーカンだな……」

 

 誠は納得のいかない様子で生徒会のテントの方へ帰っていった。やっぱりあいつは頼りになるなと勝手に思いながら、俺もクラスのテントに戻る。


「一二三、お帰り……ってなんか歩き方おかしいよ? 落ちた時に足首捻った?」


 曜子にそう言われてその場で走るように足を動かすと確かに足首に違和感を感じた。自分でも自覚できなかった違和感に曜子が気付いてくれたのは普段からよく俺のことを見てくれているのだろうか。


 今はアドレナリンで痛みは薄いが、この後どんどん腫れてくるかもしれない。クラス対抗リレーに出る予定だったが無理そうなので、曜子にリレーメンバーを呼んできてもらう。


「みんな、さっき足を捻ったみたいでリレーは走れそうにない。俺の代わりにアンカーとして入るとしたら誠が最適だと思うけど、みんなはそれで大丈夫か?」

「誠? ああ、冬風君のこと? 確かに徒競走ですごく速かったけど大丈夫? 全然誰かと話してるの見たことないし、代理を引き受けてくれる?」

「確かに。冬風ってそもそもどんな奴なんだ? なんかちょっと怖いイメージがあるけど」

 

 鉄平や他のリレーのメンバーが不安そうになる。俺も生徒会でお世話になってなかったら同じような反応をしていただろう。だが関わった時間はまだ短いけれど、誠がみんなが思っているような奴ではないことを俺はもう知っている。


「みんな、誠はな……」


「冬風はあまり喋らないけど良い奴だから大丈夫よ。うちが保障する。代走も責任感が強いからなんだかんだで引き受けてくると思う。ね、一二三?」


 曜子が俺を見つめて助け舟を出してくれる。


「ああ、向こうからは関わってこないけど、こっちから関わったら誠は面白くて良い奴だぞ! そもそも誠は正直なだけだしな」


「へえー、三上って冬風君と友達なんだ」

「一二三がそう言うなら大丈夫か! 俺は異論ないよ!」


 鉄平の言葉にメンバー全員が頷く。


「じゃあ、後で俺が誠に頼みに行く。みんな迷惑かけてごめんな」

「じゃあ、一二三は取り敢えず救護テントでテーピングでも貰いに行こ」


 曜子に連れられてクラステントを出る。


「全く、ちゃんと冬風にも謝ってお願いしてよ」

「分かってるよ。うう、誠に何か言われるかな。自業自得だけど怖いな。まあ誠は引き受けてはくれると思うけど」


「それならそれで甘んじてボコボコにされてくればいいよ。なんであんなに一か八かな特攻したの?」

「そ、それは曜子に良い所見せたくて……」


「大将がそんなことでみんなに迷惑かけちゃダメでしょ」

「それはそうだけど、俺にとっては曜子が一番大切にするべきものだからつい……」


 バシっと背中を曜子に叩かれる。曜子の顔は俯いていて見えない。


「……ばか。でも一二三のそういう所には負ける」


 負けず嫌いの曜子が負けを認めるのは珍しいが、曜子の言う、そういう所というのがどういう所なのか自分では全く分からない。


「俺も時々素直になる曜子の可愛さには負けるよ」

 

 お返しにそう言ってみるともう一回背中に張り手が飛んできた。


 どうやら俺は負けてはいけないらしい。

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