第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~⑧

 男子のよさこい、女子の創作ダンスは大きな盛り上がりを見せて無事に終わった。男子のよさこいは九月のハワイへの修学旅行で、向こうの姉妹校の生徒に披露するためのものらしい。そして男子が修学旅行前に女子によさこいを教えるというのが伝統のようだ。それなら女子も体育祭でよさこいをやればいいと思うが、なぜかそうはいかないらしい。

 

 女子のダンスが終わった後は二年のフォークダンスだ。二年生は入場口に集まり、その場にいる教員の指示に従って、適当に整列し、誰と入場するか決められる。入場を誰としたいか前もって決めている奴らはあらかじめ固まっていれば、絶対ではないにしろ大体ペアになって入場できるが、もちろん俺はそんな相手もいないので教師の指示に従って、指示のままに列に並ぶ。


「私はここっと。よろしくお願いします!」

 

 隣を見ると、長身でショートカットの女子が俺の隣に並んだ。百七十センチはあるだろうから、七十後半の俺と並んでも他の女子と比べて目線が合わせやすい。見覚えのあるこの女子がどうやら俺と入場するペアのようだ。


「あれ? クラスリレーで三組のアンカーだった人ですよね! 秋城君とのアンカー対決凄かったです。二人とも陸上部に来てほしいくらい、いい走りでしたね」

 

 なぜ見覚えがあったのか分かった。この女子はさっきのクラス対抗リレーの第五走者でぶっちぎりに速かったあの女子だ。


「ああ、ありがとう。けどそっちこそいい走りだったな。もしかしたら俺や秋城より速いんじゃないか?」


「ありがとうございます! けど男子より速いって言われちゃうとなんか……。い、いえ! 身長も高いし、男っぽいとは自覚してるんですけど。あ、もう入場ですね! 行きましょうか」

 

 俺はこの女子と手をつないで準備し、音楽に合わせて順番に入場し始める。


「俺らより速いって、男っぽいって意味じゃなくて、称賛のつもりだった。たかだか足が速いくらいで男になってたら、オリンピックとかどうなるんだよ。男ばっかになる。それに身長もモデルの人とかは高い人が多いだろ。さらに少なくとも俺より小さくて顔も可愛い。けど嫌な気持ちになったんだったらごめんな。全く傷付けるつもりはなかった」


「そ、そうですか……。そ、そういう風に言ってもらえたの初めてです」

 

 女子は一度俺の顔を見つめたかと思えば、俯きながら答える。また何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。


「す、すみません! お名前を聞いてもいいですか?」

「ああ、冬風誠。生徒会の目安箱委員長だ。同級生なんだから別に敬語じゃなくてもいい。俺も名前聞いていいか?」


「うん、戦国せんごく六花りっか。陸上部で主に短距離走やってるよ。目安箱委員長って何してるの?」

「そうか。戦国、よろしく。目安箱委員長の仕事は生徒の相談を受けたり、生徒会に対する要望を聞いたりしてる。戦国も何かあったら来いよ」

 

 俯いていた戦国が顔を挙げる。その顔はなぜか少し赤くなっているし、手の握りを強めてきた。


「分かった! 何かあったら行く。ねえ、誠って呼んでもいい?」

「好きに呼べよ」

 

 全員の入場が終わり、一瞬の静寂の後に音楽が流れ始め、お馴染みのダンスが始まる。少し違うところは、この学校のフォークダンスは次のペアに交代するまで、ほんの少し長めにダンスするところだ。いったい誰がこんな伝統を作ったのだろう。


 さっきまで話していたのに、戦国はダンスの間は話す素振りを見せずにまた俯きがちになってる。そして交代の時間になる。


「じゃあな、戦国」

「誠……もしかしたら何もなくても生徒会室行くかも……」

 

 さっきよりも赤い顔で戦国は伝えてくる。何も用事がなければ生徒会に用事はないと思うが、戦国には先ほどのような戦国なりの悩みがあるのかもしれない。


「ああ、待ってるよ」

 

 戦国は笑って俺とつないだ手を離し、違うペアへと交代した。




「あ、ま、誠さん。よろしくお願いします」

「ん? なんで一年の春雨がいるんだ?」


「二年生は女子の数が若干少なかったので、人数合わせのために一年の女子も少し参加してるんです」

「なるほどな、一年なのに都市伝説やらに付き合わされるわけだ。俺からしたらご愁傷様だ」


「いえ、楽しいですよ。それに誠さんと二人で会話することなんて今までなくて新鮮です」

「確かに今までなかったな」


「これからもよろしくお願いします。政宗さんの力になってあげて下さい」

 

 春雨がなぜか悲しそうに笑いながら言う。


「あいつに俺の助けは必要ないだろうし、その時は春雨が助けてやれよ。幼馴染だろ」


「……いいえ、私ではだめなんです」

 

 丁度交代のタイミングだったので、そう聞こえるか聞こえないかの声で言った春雨の顔は見えなかった。





「冬風先輩。その節はどうもありがとうございました」

 

 春雨のすぐ次は双田夢だった。


「おう。あの後、矢作とはどうなんだ」

 

 しまった。人の恋愛事情に突っ込む気はなかったがつい聞いてしまった。


「冬風先輩ってそういうこと聞いてくる人だったんですね」

 

 双田が笑いながら言ってくる。


「言いたくないなら言わなくていい。興味はないが、ちょっと気になっただけだ」


「冬風先輩、思いっきり矛盾してますよ。まあ、冬風先輩は私たちの仲人みたいなものですからね。矢作君とは仲良くやってますよ。望も的場君と楽しそうにしてます。ダブルデートの時、私たち内緒で入れ替わったりしたんですよ。それに気付いた時の二人ったらすごく面白い顔で」


「可哀そうに。ほどほどにしといてやれよ」

「はい!」

 

 双田は意地悪そうな笑みを浮かべて言った。




 フォークダンスは順調に進み、後半に差し掛かる。


「あら、次は誠君ね」

 

 少しにやつきながら星宮が手を握ってくる。


「ダンス上手いのね」

「うるせえ。フォークダンスに上手いも下手もねえよ」


「そうかしら。もし真実ちゃんが誠君のダンスを下手と思ったらどんな風に誠君に言うのか楽しみね」

「冬風君、フォークダンスでさえリードすることができないの? もともと何の期待もしてなかったけど、失望したわ。とでも言ってくるんじゃないか」

 

 星宮が俺の霜雪の真似を聞いて爆笑する。


「た、確かに。真実ちゃんは誠君には言いかねないわ。お、終わったらなんて言われたか教えて」

 

 星宮は声を出して笑ったまま次のペアの方へ行った。




「冬風君、よろしくね」

 

 体操服ではない女子がいたので誰かと思えば小夜先生だった。


「どうして先生がいるんですか?」

「若い教師は毎回フォークダンスに参加させられるのよ。ほんとこの学校は変わらない所は全く変わらないわ」


「そうなんですね。そういえば結局先生が学生の時、フォークダンスはどんな人と踊ったんですか?」

「冬風君もそういうゴシップ興味あるの? けど答えは秘密よ。ただ言えることは、都市伝説は意外と真実かもね」


「そうですか、なら大体分かりました」

「あら、可愛くないわね。高校生なんだからもっと察しが悪くてもいいのよ。それじゃあ楽しんで」

 

 小夜先生は大人っぽくウインクをしながら移動していった。




 もうそろそろ終わりそうというタイミングでペアは夏野になった。おそらくこれが最後だろう。


「おい、ちょっと強く手を握り過ぎじゃないか」

「ご、ごめん! なんか緊張しちゃって」


「確かに知らん奴より、いつも一緒の生徒会のメンバーとかとやると緊張するな」

「そうだね……ねえ、まこちゃん。まこちゃんは今回の体育祭楽しい?」

 

 夏野の顔は見えないが、声はかなり真剣だ。


「ああ、体育祭の競技でこんなに熱くなったことはなかったし、秋城に負けた時はこれまでにないくらい悔しかった。あんなに騒がしく弁当を食べたのも初めてだったし、リレーがなかったら他の奴を応援するなんてことなかったかもしれない。色んな感情があるが、それはこの体育祭を俺なりに楽しめたってことじゃないか。まあ、ほとんどお前ら生徒会の奴らがいたからだが」


「そう、よかった! あたしもすごく楽しいよ! まこちゃん、真実ちゃんもきっと楽しんでくれてるよね?」

「ああ、あいつも多分俺と同じで初めてのことばっかりだったはずだ。きっと楽しめてるんじゃないか」

「それならよかった」

 

 夏野が再び手を強く握りしめてくる。


「おい、また強くなってんぞ」

「これはまこちゃんに気合入れてるの。今から真実ちゃんと踊るんだから」


「気合も何もないだろ。ただフォークダンスを踊るだけだ」


「あるよ。最後のダンスは色んな人の思いがあるの。きっとまこちゃんと踊りたかった人もいるから、適当になんてだめ……だめだよ」

 

 そんな奴はいないだろうが、夏野がここまで言ってくれた以上、もともとそんなつもりはなかったが適当に済ませることはできない。


「ああ、分かった。ありがとな」

 

 ちょうど音楽が止まり、生徒は最後に踊る相手を探し始める。あらかじめ決めている奴はそいつのもとへ、今から誘う奴もその相手のもとへ、そんなことどうでもいい奴らは適当に固まり、その仲間の中からこれまた適当に相手を見つける。


「まこちゃん! 真実ちゃんをよろしくね!」

「ああ、じゃあまた後でな」

 

 手を振る夏野と分かれ、霜雪を探す。思えばあの投書を見た時からこの時まで長かった。


 これで何が終わり、何が始まるかなんて誰にも分からない。

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