第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~⑦

 午後の競技に向けて、生徒がグラウンドに集まりだしてきた頃、生徒会のテントに三上が来た。


「ん? どうしたんだ?」


「誠、頼みがある。俺、午前の騎馬戦で少し足を捻ったみたいなんだよ。大抵の競技は問題なくできるんだが、さすがに全力疾走はできそうにない。俺の代わりにクラス対抗リレーにアンカーとして出てくれ」


「いや、俺より適任者は他にいるだろ」


「誰でもいいならそうだが、俺の代わりになるくらい足が速いのはクラスでもうお前だけだ。なんなら俺より速いかもしれないしな」


「お前が良くても他の走者は良くないだろ」


「いや、もうみんなに話は通している。みんなも午前の誠の走りを見て、異存なしだ。頼む、代わりに走ってくれるか?」


「いい機会だ、誠。僕もクラス対抗リレーのアンカーなんだよ。また勝負しようじゃないか」

 

 近くにいた秋城が声を掛けてくる。クラス対抗リレーの予選は午後の最初の競技で、もうすぐ始まる。ここで俺が駄々をこねると三上や他の奴らにかなり迷惑をかけるだろう。急な頼みとはいえ、絶対拒否する理由はない。


「分かった。出るよ。全力で走るが結果は知らないぞ」

「結果を誰かのせいにしたりする奴なんていねえよ。ありがとう、誠。もう他の奴らは入場門に行っているはずだ。よろしく頼むよ」

「ああ、お前は調子乗って怪我悪化させるなよ」

 

 俺は秋城と共に入場門まで行き、クラスの奴らに声を掛けた。


「冬風! 来てくれたのか。朝のお前の走り凄かったな。あの秋城とあんなにいい勝負するなんて、最初から俺の代わりにメンバーに入ってもらえばよかったよ」

 

 三上とよく一緒にいる男子がそう話す。名前は末吉すえよしだったはずだ。


「冬風、よろしく頼むわね。一二三ったら肝心な時に怪我するなんて頼りにならないわ」

 

 同じくメンバーの下野が声を掛けてくる。クラス対抗リレーは男女三人ずつの構成のリレーだ。負けず嫌いの下野はその性格のおかげか、勉強も運動も優秀だ。


「どれだけ力になれるか分からないがよろしく頼む」

「おうよ! 二位以内に入って決勝まで行こうぜ!」

 

 末吉がテンションを上げ、音楽と同時にフィールドに入場した。



「よーい……ドンッ!」

 

 リレーが始まり、グラウンドは歓声に包まれる。体育祭の最後に行われるクラス対抗リレーの予選とはいえ、その熱気は凄まじい。女子、男子、女子と交互にそれぞれのクラスメンバーが走っていく。


 序盤で一組、俺のクラスである三組、秋城のクラスの四組が他を突き放し、レースが進む。学年上位二クラスが予選を突破し、三学年合わせて六クラスが集う決勝に参加できる。

 

 

 第四走者、俺のクラスでは末吉にバトンが渡されようとする時点で、上位三クラスは未だに横並びだった。どこでこの均衡が崩れるのだろうか。


「ああー! 三組、ここでバトンパスが少しもたついてしまう!」

 

 その瞬間はすぐに来てしまった。実況の声がグラウンドに響く。バトンパスにもたつく間に一組、四組と差が少し開いてしまった。そしてその差を縮めることができないままに、第五走者の下野にバトンが渡る。

 

 そこで一組が三組、四組を突き放す。走者の名前は分からないが、この圧倒的な速さは陸上部、それに短距離走の選手だろう。これまでわずかだった差を大きく広げていく。アンカーの速さが全員ほぼ同じだったら、ここから他のクラスの逆転は不可能だ。


「一位は一組でほぼ決まってしまったね。僕と誠で決勝進出をかけて争うことになりそうだ」

 

 秋城がトラックに入りながら話しかけてくる。


「おーっと、ここで三組走者の下野さん、先ほど四組に許してしまったリードを取り返していく!」

 

 一組の奴の走りが突出していて注目が薄れたが、下野が四組の走者に追いつき、完全に勝負を振り出しに戻した。ここからはまた俺と秋城の戦いだ。


 ほぼ同時、秋城が内側、俺が外側のレーンでバトンを受け取る。他の走者はトラック半周だが、アンカーはトラック一周だ。コーナリングが多い分、先ほどの短距離とは違い、俺の方が有利かもしれない。


 バトンを受け取った後、平行して走っていたが、すぐに最初のコーナーが来る。秋城が内側でバトンを受け取った分、平行して走るには俺の方がより多くの距離を走らなければならない。だめだ。俺の方がコーナリングが得意と言っても、その分のアドバンテージは、走っているレーンの差で埋まってしまう。前半のコーナーではリードはされなかったものの、この停滞した状況を打開できなかった。ここで勝負は長い直線に入る。


 直線では秋城の方が有利だ。食らいつけ。ここで大きく離されてしまうともう勝ち目はない。仕掛けるとしたら次のコーナーだ。午前の秋城だともっとこの直線で差を広げられてだろうが、さすがに秋城も疲れが出てきているらしい。リードらしいリードをつけられることなく、後半のコーナーに差し掛かった。


 前半と同じように並走するだけではだめだ。まずは秋城と同じレーンを走り、直線でできた遅れを取り戻す。よし、早い段階で秋城の真後ろにつくことができた。この後は耐えるだけだ。秋城はコーナリングが得意ではない。きっとどこかで一瞬減速する。その一瞬を狙って、レーンを変え、そのまま秋城の前に割り込む。この作戦しかこの状況で秋城に勝つことはできない。秋城が失速することなくコーナーが終わったら、詰みだ。集中しろ、タイミングを逃すな。


 コーナーの終盤、目の前の秋城が一瞬近づいて見えた。秋城のスピードが少し落ちたのだ。俺はそれを捉えて、外側のレーンに膨らみ、スピードを限界まで上げる。ここで秋城の前に割り込めば勝ちが見える。踏ん張れ。一歩だけでいい。秋城の前に出るんだ。


 その瞬間、視界が開けた。目の前には一位がゴールし終わって、二位のために再び用意されたゴールテープしかない。成功だ。あとは最後の直線だけ。


「ここで冬風君が秋城君の前に入るー! 勝負は最後の直線。さあ、決勝に駒を進めるのはどっちだー!」

 

 直線は秋城の方が速いが、お互いスタミナがない状態でこの距離の直線で差はつかないだろう。あとは走り抜けるだけ。足を動かすだけ。何も考えるな。俺はまだ限界じゃないはずだ。

 

 一瞬、視界がぐらつく。しまった、足が少しもつれてしまった。だめだ。このロスは致命的だ……。



「ゴーーーール! 凄まじいデッドヒートの勝者は四組! 決勝進出は一組と四組です」

 

 

 また負けてしまった。今日だけで二回目だ。悔しさと疲れであまり考えがまとまらないまま退場し、退場門の近くでリレーのメンバーが集まる。


「すまない。勝てるはずだったのに最後の最後に足がもつれた。俺の体力不足だ」

 

 末吉や下野が何も言わずに俺の顔を見る。そして末吉が俺に飛びついてくる。


「すまねえ! 冬風、みんなー! 俺がバトン受け取るの手間取っちまったからだ! すまん! それがなかったら勝てた! 冬風のせいなんかじゃ絶対にない!」

 

 末吉は泣いているのか、ただ叫んでいるのかは分からないが、とにかく大きな声で謝罪してくる。


「末吉、それに冬風も。自分のせいだなんて思っちゃだめだし、誰もあんたらのせいだなんて思ってない。あんた達が謝るんだったら、うちも謝らないといけないじゃない。そもそも勝負は互角だったのに、うちの番に一組にあんな差を広げられたんだから」


「そ、そんなことはない! あんなのは誰だって敵わないからしょうがないし、曜子は俺のミスの分を取り返してくれたじゃないか」


「他の人がしょうがないって思っても、うちが負けたのは変わらないし、悔しいの。でもうちは自分を責めたくない。それ自分の今の実力だから。できなかったことを悔しがるのはいい。でも責めたらだめ。向き合うの。責めても真実は変わらないでしょ。ならそれを真正面から見よう。そこからよ」

 

 下野がふと気づいたように顔を赤くして俯く。


「だから、ね。私が言いたいのはみんなお疲れってこと。みんな全力を出した。それがこの結果。誰のせいでもない。やりきったの。楽しかった……」

 

 下野の目から涙がこぼれ、他のメンバーの女子が下野の背中をさする。俺は息を整えるように大きく息を吸って吐いた。


「ああ、ありがとう、下野。確かにこれが今回の俺たちなのだから、終わった後に自分を責めても意味ないな。もともとメンバーじゃなかった俺が言うのは変だが、悔しいと感じるこの気持ちを大切にする」

「下野、冬風。お前らなんかいいこと言うなー! 俺、お前らとリレー出来てマジでよかったー!」


 末吉がまた、泣いているのか、叫んでいるのか分からない声を上げる。



「おーい、お前ら、お疲れ!」

 

 三上と夏野が退場口にやって来た。


「みんなマジでいい走りだったし、いい勝負だったぞ。誠、やっぱりお前、俺より速いよ。俺だったら、秋城とあんな勝負できなかった。って、曜子! どうした? 泣いてるのか」

「うるさい、バカ! あんたがそもそも捻挫なんてするから冬風も末吉も自分を責めだすのよ! バカ! 肝心な時に役立たず!」

「おいおい、バカバカ言い過ぎだぞ」

 

 三上が下野を抱き寄せて、まるで子どもをあやすように頭を撫でる。そして熱くなった二人を残して他のメンバーはクラスのテントの方へ帰っていった。俺は夏野と共に、生徒会のテントに戻る。


「まこちゃん、お、お疲れ様。午前もだったけど、すごく速かったし、か、かっこよかった」


「ああ、ありがとう。あと、気を遣わなくていい。秋城に二回も負けたが、俺は全然落ち込んだりなんてしてない。下野も言ってたが、これが今の俺っていう真実は変わらない。ならすべきことはそれを嘆いたり、責めたりすることじゃなくて、それと向き合うことだ。今日あいつに勝てなかったらまたいつか勝てばいい。今日気を遣う代わりに、その時一緒に祝ってくれよ」

 

 俺は夏野に向き合う。なぜだか今はとても清々しい気持ちだ。


「うん、分かった! あたし、まこちゃんのことずっと応援してるね!」

 

 夏野の顔が一気に明るくなり、俺の先を歩き始める。


「ほら、まこちゃん急いで! 次はよさこいとダンスだから着替えたり、準備しないと!ちゃんとあたしたちのダンス見ててよ? 後でどこに誰がいたかテストするからね」

「ああ、分かったよ」

 

 夏野のおかげで、これからの競技も退屈ってことはなさそうだ。

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