第5話 誠の想いは何と踊るのか~初めての体育祭~③

 その日は、この紙についてはただの悪戯ということになり、体育祭に向けての準備をして、生徒会はお開きになった。他のみんなはもう帰路につき、俺と秋城だけが生徒会室に残っていた。


「誠、さっきの紙についてどう思う? 花壇を荒らした犯人と関連性はあると思うかい?」


「花壇を荒らしたって、秋城、お前そのことを知ってたのか?」


「ああ、僕もあの花のことは気に入っていたんだよ。まるで誠と真実のようなあの花をね。誠と真実が花壇を片付けているのを偶然見かけて、真実が教室に戻ったタイミングで何があったのか花壇を見たんだよ。君たちがある程度片付けた後とは言え、誰かが荒らしたのだと簡単に気付いた。で、今回のことについてどう思う?」


 相変わらず勘の鋭い男だ。


「そうだな、普通に考えればこの紙を投書した奴と、花壇を荒らした奴は同一犯。霜雪はこの学校に入ってから特にこんな風な直接的な攻撃はなかったと言っていたから、トリガーは体育祭と考えるのが妥当だろうな。まあ、なぜ霜雪を体育祭に出したくないのかの理由までは俺は分からない。去年、俺は法事で体育祭を休んだから、この学校の体育祭がどんなものなのか詳しくないしな」


「僕も大体君と同じ意見だ。けど体育祭のことについては少し心当たりがある。それについては明日話そう」


「もったいぶるんだな」

「僕にも色々考えがあるのだよ」


「霜雪は自分の問題だから、生徒会の奴らには花壇のことを知られたがってなかった」

「彼女の性格ならそうだろうね。おそらく君も同じ立場に立ったらそうだろう。他人に助けを求めることができないんだ。人を信用することが苦手だからね」


「俺にはお前も到底他人に助けを求める奴には見えないが?」

「そんなことはない。僕は優秀だから、大抵の問題は自分で解決できるだけさ。それに僕は君に助けを最初から求めている。僕には誠が必要って言っただろう」


「自分で優秀とか言うなよ」

「優秀じゃないって言うと嘘になるだろ?」

 

 秋城はなぜか悲しそうな微笑みをしている。俺の気のせいだろうか。


「まあ取り敢えず、今回の問題は介入させてもらうよ。このままだと真実は自分を犠牲にして問題に対処するだろう。でもそれは解決にはなっていない。もちろん僕や君が関われば解決できるなんて思わない。ただ、少しばかり友達が体育祭を楽しめるようにはできるだろう」

「友達ね……」


「まあ、君がどう思うかは別だ。これは僕のわがままだ。取り敢えず今日はもう帰ろうか。話している間にすっかり外も暗くなったしまった。妹さんが心配してしまうよ」


「なんで俺に妹がいること知ってんだよ。生徒会の奴に言った覚えはないぞ」

「僕はなんでも知ってるんだよ。じゃあ、またね」

「じゃあな、ストーカー野郎」

 

 秋城は笑いながら手を振って先に生徒会室を出ていった。俺は霜雪に何ができるのだろう。いや、霜雪が助けを求めていない以上、秋城が言ったように、こんな事を考えるのは自分のわがままだ。一つの物事を全員が楽しむのは難しい。必ず体育祭を楽しくないと思う奴はいる。ただ、自分の周りの人がそうならないように願うのはただのわがままだろうか。こんなことを思ったのは初めてだ。いつも俺は楽しめない側の人間だったし、俺の周りに人がいることもなかった。今は考えても答えは出ないだろう。


 俺はリュックを背負って、生徒会室の戸締りをした。



 

 次の日の放課後、朝市先生に少し雑用を頼まれていたので、俺は遅れて生徒会室に行った。


「うお! どうしたんだ?」

 

 生徒会室の中では、いつもある机や椅子は端によけられ、できたスペースで霜雪が白い横断幕に、条幅じょうふくに使うような大きな筆で文字を書いていた。


「真実ちゃんがスローガンを横断幕に書いてくれてるの! まこちゃん、見て! 真実ちゃん、すっごく上手なの」

 

 確かに霜雪の書いた字は凛としていて、控えめに言ってもかなり上手い。


「書道は小さいころから嗜んでいたの。そう言ってもらえて嬉しいわ」


「すっごい横断幕ができたわね。大地、窓際において乾かすから、そっち持って」

「おう」

「あ、私も手伝います」

 

 星宮、月見、春雨が完成した横断幕を端に持っていき、開いた場所に取り敢えず椅子だけ出して全員が座った。


「さて、では昨日の話をしようか」

 

 秋城が話し始め、少し空気が緊張する。


「まず、昨日あの紙を投書した人物を特定するのは不可能だ。だから……」

「秋城君、あの紙について何かする必要はないわ。あの紙に書いてあったように、私が体育祭を休めばそれで解決。体育祭が終われば、今まで通りこんなこともなくなるでしょう」

 

 やはりだ。霜雪は自分だけで問題に対処しようとしている。


「いいや、それはだめだ。あんな訳の分からない投書に従って君が体育祭を休む必要はないし、大地が考えてくれたスローガンにあるだろう。みんなで楽しむって。生徒会の人間が楽しめない体育祭なんて僕はお断りだ。あ、ちなみにこれは僕のわがままだから、真実が必要ないって言っても僕は手を出すよ」

 

 秋城はいつもと変わらず微笑んでいるが、何を言われようが譲らないという考えがその目から分かった。


「そうだよ! 真実ちゃんが体育祭休んじゃうなんて嫌だよ!」

「そうね、生徒会が打ち出すスローガンなのに、そのメンバーが楽しめないなんておかしいわよね」

 

 夏野と星宮に続いて、一年生コンビも頷く。


「それにしてもどうして体育祭を休めだなんて。私は真実ちゃんと同じクラスだけど、今までそんなあからさまな衝突や軋轢はなかったと思うわ」

「そう、今回の件は体育祭に関係ある。もっというと体育祭の中のフォークダンスだね。この四季高校のフォークダンスにまつわる言い伝えというか、都市伝説を誰か知っているかい?」


「あ、あたし知ってるよ! この学校のフォークダンスは基本的にはよくある、男女がそれぞれ輪になって、どんどん違う人とダンスしていくんだけど、一通り終わった後、もう一度曲がかかって自分の好きな人と最後に踊れるって。で、その最後のダンスを踊った二人は、男女なら将来結ばれる。同性同士なら、この先ずっと続く友情が芽生えるって言われてるね!」


「ああ、補足すると、フォークダンスは二年、三年がそれぞれするのだけれど、前の年に踊った二人は次の年もまた同じように一緒に踊るとも言われてるね。多分このフォークダンスにまつわる言い伝えが動機だろう。真実はいつもあしらってはいるが、男子には人気だと聞くし、自分の好きな男子が真実に熱を上げて、体育祭に浮足立ってたら、面白くない人もいるだろう。昨日の紙の筆跡はどちらかというと、女性っぽい筆跡だったしね。可能性としてはこれが一番考えられる」


「けど、そんな都市伝説みたいなものを真面目に受け取る奴がいるのか?」

「あら、誠君、意外とこういうものは当たるものよ。まあ、迷信だと思ってはいても、気にする人は多いでしょうね。この時期になると、告白やカップルが増えるって言うし」


「フォークダンスを踊ったから結ばれるんじゃなくて、もともとある程度仲が良いから、将来的にその可能性が高いってわけじゃないのか、それは。いや、そんなことはどうでもいいか。じゃあ、どうこの問題を解決する?」

「じゃあ、あたしが真実ちゃんと踊るよ! 女子同士なら変な誤解もないし大丈夫だよね?」


「いや、ここで女子と踊っても、もしかしたらこの問題は後を引くかもしれない。件の男子がそれを見て、真実は無難に女子と踊っただけだ。もしかしたら自分にチャンスがあるかもしれないと思うかもしれないからね」

「そこまで考える必要あるか?」


「まあ、そんな見ず知らずの誰かのためと思うと少し癪には触るけど、金輪際こんなことがないように、できるだけのことはしておくべきだと僕は思うかな。で、誰か他の男子と踊るのがいいと思うんだけど、僕と踊ってしまうとそれはそれでヘイトが溜まってしまうかもしれないから、そうするわけにはいかないんだ」


「でしょうね。政宗はこの学校一番のモテ男だからね」

「そこでぴったりの人材がいるだろう。誠、君が真実と最後に踊るんだ」


「は?」

 

 思ってもいなかったことに動揺してしまう。


「いや、俺と踊っても何にもならないだろ」


「そんなことはないよ。投書の主は真実が、意中の男子と踊るのを避けたい。その点でまずは君はクリアだ。そして、男子も誠と真実が踊るのを見て、大抵の人はもう真実を諦めるだろう。僕の人気も、真実の人気もほとんどミーハー的なもので、いざその人に相手がいると分かってなお、アプローチを仕掛けてくる人はほぼ皆無だろう。それに誠、君はその性格で損をしているが、外見的に真実君と十分お似合いだ」


「俺に霜雪とそういう関係って嘘をつけって言うのか?」


「まさか。君は都市伝説を信じていないだろう。真実もそうだろう。だから嘘をつけって言ってるんじゃない。ただ体育祭の中でフォークダンスを踊るだけだ。それを他人がどう思うかは別の話だ。君と真実が最後に踊る。完璧な方法ではないが、これがこの問題における最善の解決方法だと僕は思う。もちろん、その後に立つであろう噂などのアフターケアは僕らがするし、君たちのこれまでのクラスでの振る舞い的に、この方法を取れば、何かまためんどくさいことに巻き込まれたりすることもないだろう。所詮、一度過ぎ去ったことはみんな意外とすぐ忘れるものだしね。もちろん、誠や真実が嫌なら強要はしない。その時は別の方法を考えよう」

 

 確かに秋城の言う通り、俺が霜雪と踊るのが無難な解決方法だ。別に俺は他の奴から何を思われても気にしないし、影響力のある秋城がケアするのなら、噂が悪いように尾を引くこともないだろう。


「分かった。俺は別にそれでいいぞ。霜雪はどうなんだ」

「みんなの心遣いはありがたいけど、迷惑をかけるわけにはいかないわ。やっぱり、私は体育祭をやす……」


「霜雪、迷惑だなんて勝手に決めるな。俺も、多分こいつらも迷惑だなんて思ってないし、秋城が言ったように、むしろこれは俺たちのわがままだ。やらせろ。お前が休んだら、月見がせっかく考えたスローガンも、体育祭が始まる前から破綻するからな。お前が俺と踊るのが嫌ならそれは仕方ないが」

「で、でも」


「真実が一番迷惑をかけると思っているであろう誠が迷惑じゃないって言ってるんだ。言わずもがな、僕たちも誠と同じ考えだよ。それに真実、君は去年、理由は知らないが、誠と同じく体育祭を休んでいるね。一年に一回しかない行事なんだ。他人に影響されて自分から休むなんてことしなくていいんだよ」

 

 霜雪は生徒会のメンバーを一人ずつ見つめていく。そして全員が同じように霜雪を見つめ返す。そして霜雪は大きく息を吐いて、言葉を絞り出す。



「……みんな、ありがとう。よろしくお願いします」

 

 これまで聞いたことがないほど固く何かを決意した声だった。


「よし! じゃあ体育祭の準備頑張ろ! みんなが楽しめる体育祭になるように!」

 

 夏野の明るい一言で生徒会室の空気がいつもと同じように明るくなり、それぞれ、机がなくてもできる仕事に取り掛かった。





「また体育祭の時期がやって来たわね」

「そうだな、生徒会の奴らも忙しくしてるだろうから、もっと手伝ってやらんとな」

 

 他の教師が帰って、二人きりになった英語準備室で小夜は朝市に呟く。


「ねえ、私たちの時のフォークダンス覚えてる? あれは毎年、いい意味でも悪い意味でも盛り上がるわよね」

「もう忘れたな。なんであんな都市伝説を真に受ける奴が多いんだ」

「あら、忘れちゃったの? 私は二年生の時のも、三年生の時のも覚えてるわよ。どっちも同じ人と踊ったわね。本人は手汗がどうとかって言って心ここにあらずって感じだったけど、そのせいで忘れちゃったのかしら?」

 

 小夜はいたずらに微笑む。


「どうだかな。そいつもそいつで緊張してたからしょうがないんじゃないのか」

「ふふ、そうなのね。けど都市伝説も私の例でいえばあながち嘘ってわけじゃないわね。今年はどんな物語があるのかしら」


「まあ、上手くいった奴もいれば、上手くいかない奴もいる。酸いも甘いも色々な経験を積めばいいさ。せっかくの体育祭だ」


「あの子たちは誰と踊るのかしらね」

「お前って結構ミーハーだよな」

「そうよ、今更? けどそれだけじゃないわよ。この生徒会が発足して一か月しか経ってはいないけど、生徒はこっちが驚くぐらいの短時間でも成長するものよ。教師として、生徒の成長は気になるわよ」


「確かにそうだな。生徒会としての初めての大仕事だ。しっかりと見届けてやるか。なあ、それよりご飯食べて帰らないか? まだ仕事はあるか?」

「いいえ、私もあなたを食事に誘おうと思って残っていたのよ。あなたこそ仕事はもういいの?」


「お前の仕事を待ってたんだよ。何だよ、もっと早く言えばよかったじゃねえか。よし、じゃあ行くか」

「ええ、もっとあの時の体育祭の話でもしようかしら」

「それはごめんだな」

 

 朝市と小夜は荷物をまとめて準備室を出た。

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