第2話 彼は誰を好きになったのか~一つ目の相談~④
月曜日の放課後、夏野に三上と下野を説得して何とか連れてきてもらうことにし、先に俺は生徒会室に向かった。
「あれ、今日は秋城はいないのか?」
「うん、政宗は姉妹校の季節高校の生徒会に、うちの生徒会の代表として顔を出してるわよ。何かの打ち合わせがどうたらって言ってた」
目が合った星宮が答えてくれる。
「なるほどな。なあ、隣の空き教室ちょっと使っていいか? 鍵って生徒会室にあるって言ってたよな」
「ええ、いいわよ。ほら!」
星宮が壁に掛けてあった鍵をこちらに放り投げる。俺は星宮に感謝を告げて、隣の教室に向かう。
教室は机や椅子が何個か後ろに積み重なっているだけで、特に他に物はなかった。椅子を四つ後ろから引っ張り出し、並べて夏野達が来るのを待った。
五分ほどすると夏野が三上と、不機嫌そうな下野を引っ張って教室に来た。
「まこちゃんー! 準備ありがとう! 二人連れてきたよー」
「ありがとう。じゃあ下野ももうあきらめて椅子に座ってくれ」
下野は不服そうな目でこちらを見てきたが、あきらめたのか椅子に座った。
「それで冬風。何か分かったのか」
三上が不安そうに聞いてくる。
「ああ、大体な。下野は自分から言い出さないみたいだし、俺が言っても問題ないな?」
「あなたに何が分かるの、冬風。まあそんなに自信があるなら言ってみなさいよ」
下野はこちらをにらみつけてくるが、そんなことは気にせずに俺は話し始めた。
「まず三上の疑問はなぜ下野が怒っていたのか。それはやっぱり、お前と一緒にしたゲームが原因だ」
「そ、そんな。これまでずっと同じようにゲームしていたんだぞ。なんであの時に限って」
「あの時に下野が不機嫌になったのは偶然だが、いずれはそうなることは決まっていたんだ。逆に、よく今までそうならなかったと言った方がいい」
「……どういうことだ?」
「三上、お前は、下野は負けず嫌いではない、大人しくて、何かを言い返すこともないやつだと言ったな」
「ああ」
「それは違う。下野は本当は負けず嫌いで、大人しくなくて、何かあったら言い返すやつだよ。下野はお前に嘘をついていたんだ」
下野がこちらを見つめてくるのが分かる。ただ今この下野の嘘は暴いておかなくてならない。下野の純粋な気持ちが生んだ嘘とはいえ、これは下野自身を大きく傷つけている。
「ど、どういうことだよ。そんなの俺が知ってる曜子じゃないぞ」
「ああ、お前が知っている下野は嘘の下野だよ。俺と夏野は土曜日に、三上が見たっていう男にも話を聞いた。事情を話したら、色々話してくれたよ。まずそいつは下野の浮気相手なんかじゃない。ただの下野の中学の頃の同級生だ。まあ、立ち位置としては恋愛感情の全くない仲のいい友達ってところか」
「そいつと曜子は何をしていたっていうんだ」
「ゲームだよ。三上、お前とやったゲームを練習するために下野はそいつの家に行ってたんだよ」
「どうして? ゲームなら俺の家でできるだろ」
「自分が上手くなるまで倒したい奴と一緒にゲームなんてあんまりしないだろ。そもそもお前に負けたから下野の負けず嫌いが発動したんだよ。その同級生に聞いたが、下野は中学の頃は、かなりの負けず嫌いで、ゲームもスポーツも誰かに負けるとそいつに勝つまで納得がいかなかったらしい。
もちろんそんな性格だから、何かを言われたら、言い返すし、お世辞にも大人しいって感じじゃなかったんだってよ」
「な、なんでそれを俺に隠す必要があるんだ」
「それは二つの理由がある。まず下野は中学の頃、その性格のせいで、男子からお前男だろとかどうとか言われていたらしい。そんな奴らのいうことなんて下らねえけど本人がそのことを少しでも気にしていたら心に刺さるだろ。それで高校に入ってから下野はそういう面をあまり外に出さなくなったって、その同級生は言っていた。
二つ目の理由はお前だ、三上。夏野から好きなタイプを一昨日聞かれただろ? そこでお前が答えたのは、まさにお前が今まで見てきた下野のようなやつだったな。多分お前はそのことをいつか下野に話したことがあったんだろう。下野はそれを聞いて、本当の自分ではなくて嘘の自分を演じ続けることを選んだ。
まあ、今まで我慢してきたそれに限界が来て、こんな状況になったってことだ」
「どうしてそこまで……」
「どうしてって簡単だろ。お前のことが好きだからに決まってる。人は好きな人のためならどんな嘘だってつくからな」
下野は何も言わずに下を向いている。三上がそんな下野の肩に手を置こうとするが、下野はそれを振り払う。
「……一二三、聞いたでしょ。そうよ、うちは冬風が言った通り今までずっと一二三にもみんなにも嘘をついていた。本当のうちは一二三が好きなような女の子じゃない。今まで付き合ってくれてありがとう。こんなうちでごめんね」
下野は椅子から立ち上がり、教室の出口に向かう。そして扉に手を掛けたところで三上が下野を後ろから抱き寄せる。
「曜子、何言ってるんだよ。なんで俺から離れようとするの」
「言ったでしょ! 一二三が好きになったのはうちじゃない! 本当のうちは、どうしようもない負けず嫌いで、喧嘩っ早くて、大人しくなんてないの!」
「違う! 俺が好きになったのは曜子、君本人だ。嘘をついていた曜子も曜子だし、本当の曜子も曜子だ。全部ひっくるめて俺は下野曜子が好きなんだよ!」
「そんなことはない! 最初から本当のうちなら、一二三が好きになってくれることなんてなかった!」
「それも違う、曜子。最初に曜子を意識したのは一年の時の体育祭だ。リレーを走ってる女子の中で曜子が一番真剣だった。曜子が一番勝つために全力を出してた。曜子が一番凛としてた。
そんな曜子を好きになって、勇気を出して話しかけて、曜子も俺を好きになってくれて。そして付き合った。今までの曜子の気持ちも、今までの俺の気持ちも嘘なんかじゃない。曜子、俺は君が好きなんだ」
後ろからではよく見えないが、下野が小さく声を漏らしながら、肩を震わせる。
「どうしようもなく負けず嫌いなうちでも好き?」
「ああ、俺も負けず嫌いなんだ。曜子が俺に勝ったら、今度は俺がもっと練習して曜子に勝つ」
「うち、大人しくないし、これから喧嘩とか増えるかもよ?」
「喧嘩するほど仲が良いって言うだろ」
「もう、ばか!」
下野が振り向き、三上に正面から抱きつく。そして見つめ合って顔を近づけたところで、
「なあ、俺と夏野に何を見せつけるつもりだ? お前らのイチャイチャを見て、夏野が昇天しかかってんぞ」
俺は隣で顔を真っ赤にしてボケーっとしている夏野を指さす。
「おい、冬風! 今良いところだっただろ! 邪魔すんなよ!」
「そんなこと知らねえよ。ほら、仲直りして相談が解決したならさっさと出ていけ。今思えばこんな痴話喧嘩を真面目に解決しようとするんじゃなかった」
「おい! そんなこと言うなよ! 本心か、それ!」
「ああ、俺は嘘はつかねえよ」
「あははははは!」
下野が目から涙をこぼしながら笑う。その涙が何の涙かは知らないが、調子は取り戻したようだ。
「冬風、ありがとう。あんたのお陰でこれからも一二三と上手くやれそう」
「ああ、そりゃ良かったな。末永くお幸せに」
「冬風、何がきっかけでうちの嘘に気付いたの? 最初から嘘だって分かってたわけじゃないでしょ」
「最初に違和感があったのは、三上の謝罪に対して下野が、知らないのに謝らないでと言ったこと。原因が分からないのに謝らないでっていうのはあるが、原因を知らないのに謝らないでってなんかおかしいだろ。だから主語の認識にずれがあると思った。下野が言っていたのは、本当の私を知らないのに謝らないでってことだ。
そして、俺と夏野と話した時に、これはうちの問題って言っただろ。三上が原因で喧嘩したんだったら、普通は、うちらの問題って言うだろ。だから根本的な原因は三上ではなくて、下野にあると推測した。で、あとは情報をパズルのように組み立てていくだけだ」
「なるほどね、よく人の話を聞いてるのね。あの時は強く当たってごめんなさい。奏もずっと迷惑かけてごめんね。本当のうちと奏が仲良くしてくれるか分からないけど、奏と一緒にいてすごく楽しかった」
「曜子、そんなこと言わないで! あたしも曜子のこと大好きだから、これからも仲良くしよ! ね!」
夏野が下野に抱きつき、犬のようにじゃれる。
「ま、次からは喧嘩しても相談には来ないでくれ。目の前でイチャイチャされるのはごめんだ」
「言ったな。この野郎。もっとイチャついてやろうか」
三上が近づいてきて、右手を差し出してくる。
「冬風。いや、誠。ありがとう。お前のお陰ですっきりしたよ」
「気にしなくていい。生徒会としての仕事だ。あと俺は握手苦手なんだ」
「へえ、そうかよ!」
三上は無理やり俺の手を取って握手し、下野と共に教室を出ていった。
「二人とも仲直りしてくれてよかった。まこちゃん、本当にありがとう」
「いや、いいよ。下野の辛さに比べたら俺がしたことなんて苦労のうちにも入らない。好きな人のために嘘の自分を演じ続けるのは、並大抵のことじゃない。自分につく嘘はどんな嘘よりも自分を傷つける」
「そうだね」
夏野が少し寂しそうな表情をしたと思ったが、すぐに明るく話しかけてきた。
「よし! じゃあ生徒会室に戻ろっか! 今日は政宗君いないから、その分の仕事みんなで分けないと!」
「そうだな」
「おい、なんだこの仕事の量」
「秋城君がいないから、みんなで手分けして秋城君の分の仕事もしなくてはいけないの」
霜雪の隣の席に積まれた書類とファイルの量に俺はおののく。
どうやらここが俺の定位置ということらしい。
「政宗は普段私達より多くの仕事をやってくれてるからね。大地! 意識失いかけてんじゃないわよ! 夜まで帰れなくなるわよ」
「うお! 俺今どうなってた⁉ いてっ! 空! 俺を叩くな!」
前の席は月見の、その隣、霜雪の前の席は星宮の定位置になったらしい。生徒会発足したてで、仕事が多い時期とはいえ、秋城一人いないだけでかなり大変だ。結局、朝市先生がもう帰れと言いに生徒会室に来るまで、それぞれ喚き散らしながら仕事をした。
「なあ、美玖は自分の好きな人が自分とは違うタイプの人が好みって言ったらどうする?」
その日の夕食時、美玖に聞いてみる。
「え? どうしたの急に? まあ、好きになってもらうために、頑張ってその人の好きなタイプになろうとしてみるかな。でも、最終的にはそれは止めると思う。だって本当の美玖を好きになってもらわないと意味ないもん」
「なるほどな」
「よし! 美玖はまこ兄の質問に答えたから、今度は美玖が質問するね。ズバリ、まこ兄のタイプは?」
美玖が興味津々な目をして聞いてくる。
「そうきたか。ま、今まで好きになった人なんて一人しかいないけど、そいつは昔の俺と正反対の奴だったよ。今の俺とは似てるけど」
「ふーん、その人がまこ兄の性格を変えたんだね」
「昔のままの方が良かったか?」
「いや、まこ兄は正直な今の方が合ってるよ!」
好きな人のためにつく嘘。三上と下野の場合と昔の俺の場合は違うが、やはり、人とは嘘より、真実で向き合った方がいいに決まっている。
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