第2話 彼は誰を好きになったのか~一つ目の相談~③
「まこ兄! 今は晴れてるけど、夕方から雨降るかもしれないから折り畳み持ってって」
三上の話を聞いた次の日、家を出ようとする俺に美玖が玄関先で折り畳み傘を渡してくる。
「ああ、ありがとう。いってきます」
三上の話によると、下野は前の日曜日の午後に男と会って、そいつの家に行っていたらしいので、取り敢えず俺と夏野は午後から三上に聞いたその家の近くまで行くことにした。そんなにうまく遭遇できるとは思えないが、まあ何もしないよりはましだろ。
夏野との待ち合わせの時間より少し早めに着いたが、すでに夏野は待ち合わせ場所に着いていた。同級生の私服姿を見たのは久しぶりのような気がする。
「すまん、早めに着いたつもりだったけど待たせたか?」
「いや、そんなことないよー というよりあたしは一本早い電車に乗っちゃってただけ。それより、あたしの服装どう? あたしあんまりファッションとか分かんなくて自信ないんだ。まこちゃんはお世辞とか多分言わないだろうから、まこちゃんの感想聞きたいの!」
夏野はTシャツに一枚服を羽織って、ショートパンツにスニーカーを履いている。元気な感じの夏野によく似合っている服装だと思う。俺も女子のファッションなんて知らないが。
「似合ってると思う。俺も全くファッションについて分からないから参考にならないと思うけど」
「よかったー! なんかドキドキしちゃった。よーし、なんか今日は絶好調って感じ! 早速ひふみんに教えてもらった場所まで行こう!」
ハイテンションになった夏野は犬みたいだなと思いながら、目的地へと向かった。
三上から教えてもらった家の近くに来たものの、下野が来るかどうかなんて運しだいだ。一時間ほど粘って何もなかったら、また出直そう。
「まこちゃん! 曜子来たよ! 知らない男の子と一緒だ」
こんなにうまくいくとは思ってなかったが、ありがたい。夏野と俺は曲がり角からバレないように二人を観察し、近くの家に入っていくのを確認した。
「ねえ、どうする? 二人とも家に入っちゃったから当分出てこないかも」
「そうだな。話しかけるのは下野が帰るときじゃないと厳しそうだから、そこにある公園で時間でも潰すか。あそこからなら、家から下野が出てきた時に分かるだろ」
「だね!」
夏野と共にちょうど家の正面にあった公園に行く。公園にはベンチがなかったので、仕方なく二つあったブランコにそれぞれ腰掛ける。
「ここならもしかして二人の声ちょっとだけ聞こえるかもね。えへー、ブランコって久しぶり。なんか子どもの頃に戻ったって感じ」
夏野が嬉しそうにブランコをこぐ。
「そんなに楽しいか、ブランコ」
「うん! 小学生の頃にね、好きだった子とよくブランコで遊んでたんだ。あの頃はあんまり小学校が楽しくなかったから、その子と遊ぶのがあたしの唯一の救いだったの」
夏野が遠くを見つめながら、思い出を語る。そういえば俺も昔よくブランコで遊んでいた。今となっては身長も伸びたので上手にブランコこぐことは難しいが、あの頃はブランコに乗った勢いそのままに、どこへでも行けそうな気がした。
「まこちゃん! まこちゃん!」
夏野が俺を呼ぶ声で目が覚める。どうやら昨日少々夜更かしして勉強していたので、ブランコに乗ったまま寝てしまっていたようだ。
「まこちゃん、ブランコで寝るなんて器用だね。あ、そうじゃない、そうじゃない。曜子が家から出てきたよ! 話を聞きに行こ!」
かなりの時間寝ていたようだ。日も大分落ち始めている。
俺と夏野は公園から出て、駅の方へ歩き始めていた下野を呼び止めた。
「曜子! ちょっと待って!」
「奏⁉ それにもう一人は冬風? どうしてここに?」
「曜子とひふみんが最近上手くいってないみたいだから曜子から事情を聞きたかったの。まこちゃんは生徒会の仕事として色々手伝ってくれてるの」
「奏、心配させたのは申し訳ないけど、これはうちの問題なの。何もしてくれなくていいよ」
「そんなこと言わないで! あたしにできることならなんでもするよ!」
「いらないって言ってるでしょ! これはうちの問題だって! 知らないのに手伝えることなんてないよ!」
下野が声を荒げ、夏野がびくと硬直する。そしてそれを見た下野も同じような反応をした。
「か、奏。ご、ごめん。けど何もしなくていいから」
下野が駅の方へ歩き出す。夏野が追いかけようとするが俺がそれを制する。
「ま、まこちゃん、あんな曜子見たことない。ひふみんが言ってたように別人みたいだよ。あたしが余計なことしたからもっと怒らせちゃったかな?」
「いや、下野は嘘をついていることは分かったが、最後に夏野に謝ったのは本心だ。下野も夏野に申し訳ないことをしたと思ってるよ。それより、今ので大体の事情は分かった。あとは下野と一緒にいた男にも話を聞こう。そいつとの関係も大体予想はつくから、多分協力してくれるだろう」
俺と夏野はさっきまで下野がいた家のチャイムを鳴らした。そして、下野と一緒にいた男子がちょうどよく出てきてくれ、こちらの事情を話すと、そいつは俺が聞きたかったことを快く教えてくれた。
「……そっか、そういうことだったんだね。まこちゃんは凄いね。あたしは全然気づかなかった」
「下野は嘘をつくのが下手だったからな。俺にも嘘かどうか分からないことはよくあるけど、他の人よりは、人のつく嘘に敏感なんだ」
「ねえ、事情が分かったのはいいけどこれからどうする?」
「取り敢えずは三上と下野がそろった状態で、このことについて話す。そこからどうするかは二人次第だ。月曜にでも、二人を生徒会室の隣の空き教室に呼んで話をしよう。あと、完全に俺らが思った通りか確認するために、それまでに三上に聞いておいてほしいことがある。それは頼んでいいか」
「うん、分かった!」
「じゃあ今日は帰るか。俺の仕事なのに手伝ってくれてありがとう」
駅への道を歩き始めたところで雨が降り出す。美玖の言ったとおりだ。ありがたく俺は折り畳み傘を取り出す。
「こちらこそだよ! 最初はあたしが相談したから……ってあれ? 折り畳み傘持ってきたと思ってたのにー! まこちゃん、あたし傘忘れたから駅まで走る! 今日はありがとね!」
そう言い残し、走り出そうとした夏野の左手を掴む。
「待てよ。雨の中走ったら危ない。それに晴れてても夏野は人に向かって後ろから突っ込んでくるからな。狭いけど俺の折り畳みに入れよ」
「え? いいの?」
「俺が誘ったんだからいいに決まってるだろ。相合傘になるのが嫌なら俺が走る。ほら、どうする?」
「入ります! 入らせていただきます!」
夏野が慌てて傘に入ってきて、至近距離で目が合う。何も考えずに提案したが、思えば女子を相合傘に誘うなんて大胆なこと俺でも恥ずかしい。俺は夏野の澄んだ瞳から目をそらし、歩き始める。
「ねえ、やっぱり狭くない?」
「狭い」
「だ、だよね! 迷惑かけてごめんね」
「迷惑じゃない」
「……な、なんか、改めて考えると相合傘って照れるね」
「照れ……ないことはないな」
「まこちゃん! まこちゃんの肩濡れちゃってる! もっと傘そっちに寄せて!」
「濡れてるけど、夏野が濡れるほうが罪悪感が生まれて困る」
隣で一人で慌てている夏野が濡れないようにしながら、駅へと向かった。
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