バイト

マグロの鎌

第1話

 深夜三時彼はとんでもない発見をしてしまった。それは家から大通りを挟んで向かい側にあるアパートの裏に設置された自動販売機のことだ。明日にテストを控え、当然のように一夜漬けを行なっていた彼は眠気を追いやるために、エナジードリンクを買いにそこに来ていたのだ。そしてとんでもない発見とはなんとその自動販売機に十円を入れ、お釣りのレバーを下げると、なんと十一円になって帰ってくるのだった。それも、まぐれで起きたわけでもなく、何回やっても十円は十一円に増え続けた。つまり、十円が手元にあれば無限にお金を増やすことができるということだ。

 これを発見した彼はテスト勉強をやめ、家からレジ袋を持ってきたのだ。そし

て、彼は十円を入れてはお釣りのレバーを下げ、一円をレジ袋に入れた。全ての工程が大体三秒ぐらいで完了できる。つまり、三秒で一円増やし続けることができるのだ。彼はこれをなんと画期的なシステムなんだと大はしゃぎした。

次の日、一夜でレジ袋を一円玉でパンパンにした彼は満足した表情で大学へ登校した。そして、気の置けない友人に「十円が十一円になる自動販売機を見つけたんだ。」と左手に持った一円玉の入ったレジ袋を見せながらそう言った。友人は「テストは大丈夫か?」と聞いたが、彼は「テストどころではない。」と言って、教室から出て行ってしまった。もちろん彼が向かった先は昨日の自動販売機だった。

 数日後、大学内では彼のことが噂となっていた。「あいつ、自動販売機の前にずっといるんだぜ。」「そんなに一円集めてどうすんだよ。」「それって、彼のお金じゃないから拾っちゃダメじゃい?」「自動販売機って一円使えないんじゃないの?」など、さまざまな意見が飛び交っていたが、それらは一貫して彼を馬鹿にしたものだった。

 「なあ、おまえの友人ずっと自動販売機の前で一円拾ってるらしいな。友人として止めなくていいのか?」

 一人の男子生徒が一円男の友人にそう聞いた。

 「ああ、俺も最初はやめた方がいいと思ったんだが……。」

 「あっ、悪い俺バイトの時間だわ。またな。」

 そう言って男子生徒は友人から離れていった。

 「一円拾うのとバイトしてるのって変わらないよな……。」

 友人はバイトに向かった男子生徒に小さい声でそう言った。

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バイト マグロの鎌 @MAGU16

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