24 「サクちゃん、アルコール中毒になりたいの?」午前三時、
「サクちゃん、アルコール中毒になりたいの?」
午前三時、ウオッカを飲んでテーブルにうつぶせていると、咲実の声がして、ふいに細い二本の腕が肩に廻された。軽やかなハグ。深夜の会話はオールナイト放送と同じで、存在自体が連帯感を与える。珍しく、咲実が自分のグラスを出してお酒を半分、グレープフルーツジュースを半分ずつ注いだ。それから云った。
「記憶はひとつずつ清算しなくちゃね」
「そうかも知れない」
わたしは氷がじゅわじゅわと少しずつ融けてゆくのを眺めながら云った。
しばらく沈黙。わたしの向かいに腰掛けた咲実はグラスをゆらゆらと揺らして、薫りに微笑む。
「氷、入れてあげるから貸して」
わたしが云うと咲実は左手のグラスを差し出して、唐突に云った。
「サクちゃん、わたし、来年から帰るの止めようか」
わたしは彼女のために取ろうとしていたキューブ型の氷を取り落とした。
「あ……、」
咲実が拾いながら云うのをわたしが遮る。
「なんで?」
「いや?」
「厭よ!」
わたしは強い声で云った。
「なんで? 厭よ咲実、絶対にいや。来年は帰らないなんて、そんなの──」
「深夜だから騒いじゃ駄目よ……サクちゃんが厭ならいいの」
咲実はふっと微笑み、グラスの中身を飲み干した。
「わたしは、絶対にいやだから」
テーブルの何処か一地点をじっと見ながら、わたしは念を押し、また重ねて、いやだからね、と繰り返した。
朝、ソファですやすやと眠る咲実を置いて、自転車を走らせた。空は重そうな灰色い雲に満ちていて、川は増水し始めていた。わたしは薄手だが長袖の上着を引っ掛けてきていた。風がつよい。
出町柳の駐輪場に自転車を置き、喫茶店に入ってパストラミビーフサンドのテイクアウトを頼んだ。外の木々は荒々しく靡いている。
昨夜、何度もしつこく、けれどおそるおそる、
「来年は帰ってくる?」
と、訊いた。最後には咲実は、
「帰ってこれるかな……、」
と答えた。その自信なさげな様子にわたしは打ちのめされた。これる、とかこれない、の問題じゃない。帰ってくるかどうかを訊いているのに。
「サクちゃんだって、わたしがそういつまでも帰れるわけじゃないと思うでしょう?」
などと、姉は云った。何故にそんな、当たり前のことを云ってみたりするのだろうか。そんな理屈を知っているなら、これまでだって毎年帰ってきたりしなかっただろうに。
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