11 夢を見た。 地上三メートルくらいの高度で……

 

 

    †

 

 

 夢を見た。

 地上三メートルくらいの高度で飛んでいる夢だ。飛行というよりは浮遊で、手足で空気を掻き回して移動している。

 夢のなかのわたしはあまり浮遊状態に慣れていなくて、不器用に手足で漕ぎながら家を目指していた。夕方よりすこし遅い時間で、辺りは薄墨色だった。歩道のわきを歩いている、犬を連れたダッフルコートを着た男が振り返り、しまった見られたと思ったら、それは高校の時に習った地学の教師だった。彼は曖昧な笑み──学生当時、わたしが嫌っていた表情──を浮かべ、高校生のわたしは制服のスカートを押さえながら着地して、挨拶をした。曖昧わらいは嫌いだったが、それ以外にはわりと親しみを持っていた先生なので、いつものようにすこし雑談を交わした。

 会話の最後にわたしは、人間って実は飛べるんだと思うのよね、と声をひそめて云い、先生は肯定するようにわらった。わたしはそれじゃあ、と地面を蹴って浮かび上がり、でもみんなには──というのはつまり同級生たちには──云わないで下さいね、と云ってまた家を目指した。

 家に帰る前に目が覚めた。

 

 

「で、昨日はちゃんと眠れたの?」

 草野くんがペーパナプキンを渡してくれながら云う。

 一時限目から授業だという彼に付き合って、早朝のファストフード店の二階で、わたしたちは向かい合っていた。

「ええ、昨日はまあまあ」

 わたしはハッシュドポテトをプラスティックのフォークで口に運びながら頷いた。

 こういうのが好きだよ、と草野君は云う。朝から逢って朝食を一緒に食べたり、夕食を一緒に食べたり、深夜一時に今起きてる、といメッセージを送って二十分後のドーナツ屋で待ち合わせて一緒にドーナツと珈琲を食べたりするのが好きなのだそうだ。この街は自転車で何処までもゆけるような気がする。この子はジャンクフードの味が好きなのかな、と思った。寂しがりなのかも知れないな、とも。

 朝のお店はあかるくて、わたしは楽しい気持ちだった。

「もうすぐ、姉が帰ってくる、双子の」

 草野君はわたしを覗き込むようにして、相槌を打つ。

「双子のお姉さん?」

「ええ、帰省なの。二週間ほどうちに泊まるわ」

 わたしは明るい口調で云ったが、草野くんは一瞬眉をひそめた。どうして、と思う間もなく元の楽しそうな眼に戻った。

「一卵性なの? おなじ顔?」

「そう、だけど、姉の方が美人」

「そんなことないんじゃない。双子でしょう?」

「紹介しようか? あ、でも外に出たがらないかも知れない。ちょっと変わってるのよ」

「そうだね、」

 そうだね、と草野くんは心得ているように頷いて云った。え、とわたしがわらったまま不思議に思って問うと、

「咲良さんを見てるとそんな感じ」

 と云い直した。

 それから彼の兄弟の話を聞いた。草野くんの長兄はわたしと同い年で、弟は高校生らしい。男三人兄弟、と草野くんは表現した。

 わたしたちはハッシュドポテトとコールスローとマフィンを平らげ、珈琲とオレンジジュースを飲んで別れた。

 

 

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