8 「あ、にゃんしーだ」 草野くんが云った。

    *

 

「あ、にゃんしーだ」

 草野くんが云った。

 草野くんと一緒に校内を抜けて歩いていると、アンプを置いて路上ライヴをしている人影があった。

「にゃんしー?」

「うん。路上パフォーマだよ。YouTubeとかにも出てくる」

「YouTuberなの? 学部生?」

「そうじゃないみたい。あと、卒業生」

 あらあら卒業生同士か、と思っていると草野くんがにゃんしーに近づいてゆくのでわたしも従った。ついでにタンブラを出してひとくち麦茶をのむ。

 

「子供をつくろう、ぼくらは」

 

 いきなりのにゃんしーの言葉にわたしは手にしていたのみものをこぼしそうになった。なんだと? にゃんしーは続けた。

 

 

 

 子供をつくろう ぼくらは。

 

 僕たちはあまりに多くの人を

 失ってっしまったから

 子供をつくろう

 

 埋め合わせるためでなく

 失った人ことを伝えるために

 

 

 子供をつくろう、ぼくらは。 

 

 僕たちは優しかったあの人を

 失ってしまったから

 優しい子供をつくろう

 

 埋め合わせるためでなく

 いつかあの人のオムレツが

 おいしかったことを話すために

 

 

 

 草野くんがにゃんしーの足下からフライヤーをゲットして戻ってきた。

「スポークン・ワーズなんだよ」

「スポークンワーズ?」

「ポエトリーリーディング」

「なる、ほど」

 なる、ほど、ポエトリー。

「もう行く?」

「にゃんしー観なくて良いの?」

「仕事が休みになると路上ライヴはまたあるから、今日はもう良いかな」

「仕事?」

「にゃんしー、会社員なんだって」

「へ、会社行くんだ」

「帰ろ」

 二、三歩歩いた草野くんが振り向いて云った。

「子供つくる?」

 ふぇっ、とわたしは噎せてから答えた。

「子供つくらないよ」

 どういう誘い方だ、いや、誘っていないのか。

「わたしはそれよりオムレツが食べたい」

「僕、卵料理上手いよ」

「あの、別に、何かしたいってことじゃないよね?」

「違いますよ」

 あたりは暮れてきていて、草野くんの表情ははっきり読み取れなかった。

 にゃんしーは、左右に垂れ下がる妙な紐のついた帽子を被っていて、夕闇のなかすこし青黒い銀杏並木に向かって、詩を呼びかけ続けていた。 

 そんな六月だった。

 

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