第35話 二人で一緒に。

「ありがとね」

「いいよ、そんなに遅くないし。あ、あんまり酔ってない?」

「約束通り一杯だけだもん。それに明日二日酔いじゃ嫌だし」


 クラス会からの帰り、迎えに来てくれた、ゆきとの会話。


「慌ただしいね。なんなら日帰りでもいいよ」

「やだよ、絶対行くから。旅行はお泊まりじゃなきゃ」

「はいはい」


 旅行に連れて行くと宣言してから3ヵ月。なんとか休みを調整し--といっても一泊だけど。ようやく実現した。


「なんか..乗り気じゃない?」

「そんなことないよ、楽しみだよ! もう準備出来てるし」

「そっか、今さらだけど電車で良かったの?京都なら車でもあっという間だよ」

「うん、電車がいいの。疲れたら寝れるし」

「わりと鉄子?」

「そんなに詳しいわけじゃないけど、乗るのは好き。しょうちゃんは好きそうだよね?」

「うん、乗り物全般好きだから。SLに乗ってみたいなぁ」

「あぁ...」

 ん?続きの言葉を飲み込んだ?

「なに?子供っぽい。とか思った?」

「...可愛いなぁって思っただけだよ」




 翌朝、家を出て新幹線へ乗車する。

 

「そういえば、修学旅行も新幹線で京都行ったなぁ」

 車窓を眺めながら、ふと思い出した。

「え、しょうちゃんも?」

「うん、この辺りは小学校で奈良&京都が多いよ。ゆきも?」

「私は中学の時だった。小学生は県内で合宿だよ」

「いろいろなんだね」


「しょうちゃんが小学生かぁ」とニヤニヤしている。

 また何か想像してるんだろうなぁ。

「ゆきの中学生だって、あ、そういえば写真見せてもらったね、お母さんに」

 可愛かった。と感想も添えて言う。

「しょうちゃんの写真は?ないの?」

「どうだろう、ないんじゃないかな。見たことないよ」

「そうなの?」

 残念そうにしている。


「そうだ、今度お墓参りに行かない?」

「お父さんの?」

「うん、ゆきを紹介したい」

 言ってて少し恥ずかしくなって小声になってしまった。

「うん。行きたい」

 笑顔で答えてくれた。

「良かった。その時に写真、聞いてみるね」

「うん。でも、急になんで?昨日のクラス会で何かあった?」

 さすが、鋭いなぁ。

「あぁ、そうだね。少し考えるところがあってね。私は周りに恵まれてるなって」

 理解してくれる人たちがいる。

 それがいかに幸せなことか。

「そうだね、私たちは幸せだね」

「うん、だから父にも認めてもらうっていうか、報告だね」

 お墓の中からでは反対も出来ないだろう。


 駅に到着のアナウンスが流れる。

「一駅だから早いね」

「よし、童心に帰って楽しもう!」




「うわっ、トロッコ列車?初めて乗るよ〜」

「ゆき、はしゃぎ過ぎ〜」

 と言いつつ、実は私も初乗車でワクワクしている。

 もちろん、そんなことはお見通しって感じで、ゆきはクスクス笑っている。


 ゴトゴトとゆっくり走る列車。

 窓がないのでダイレクトに風を感じる。

 渓谷の景色は圧巻だ。

「気持ちいいね」

「あ、川下りの船だ」

 船に乗ってる人たちも手を振っている。

「子供の頃、家族で川下りの船に乗ったなぁ。岐阜の方だった気がする」

 微かな記憶を思い出していた。

「あぁ、あの辺りも自然豊かだよね。懐かしい?」

「ぼんやりとしか覚えてないけど。なんで、ゆきが嬉しそうなの?」

「しょうちゃんが家族の思い出話するの珍しいから。かな」

 そういえば、そうかな。

「普段は思い出さないから」

「しょうちゃん、いつも忙しすぎるんだよ」

 --ある程度の余裕も必要--と言う。

「そっか」

 旅にはそういう利点もあるのか。

 郷愁ってやつ?


 約25分の列車の旅を終え、街を散策。

 竹林とか橋とか、有名な場所なので同じように歩いている人も多くて。

 はぐれないように手を繋いで歩く。

 橋の途中で、ふと立ち止まり川の流れを眺めていた。

「何見てるの?」

「川の流れに祈りを込めてる」

「どんな祈り?」

「世界平和」

「・・・君はたまに面白い事を言うね」

 たまに、じゃないか。

「何て答えれば良かった?二人の未来とか?」

「二人の未来は、祈らなくても幸せになれる」

「・・・しょうちゃんはたまにキザな事を言うね」

「ふふ...あ、分かった。あの歌の歌詞かぁ」

「うん」

「今後、歌って!聴きたい」

「はーい」




 散策しながら、途中でランチをいただき。

 さらに歩きながら最終的に向かったのは、駅。

 電車に乗るためだけではなく。

「足湯?」

 ホームに足湯があるのだ。

 電車を眺めながらのんびり浸かる。

 最高じゃないか。

「いいね、ここ。近所だったら通ってるね、絶対」

 ゆきも気に入ったようだ。

「そうだね」

「ねぇ、今回の行程はしょうちゃんが考えたの?」

 ゆきには、京都に行くとしか言ってなくて、詳しい行き先を伝えていない。

「そうだよ。って言いたいところだけど、実は一美に頼んだ」

「そっか、流石だね」

「プロだからね」

「しょうちゃんの好みを熟知してるし」

「あぁ、そっち?まぁ付き合いだけは長いからね」



 その後は宿に向かった。


「うわっ、凄いね」

「これが川床かぁ」

 川の清流に張り出すように作られている。

 渓谷と新緑の美しさにも囲まれながら、川のせせらぎを聞きながら、旬の魚料理をいただく。


「さすが一美のチョイスだ」

「なんだか贅沢だね。空間とか時間とか」

「帰りたくなくなるね」


 食事の後は、大浴場へ。

 こちらも自然美と広さで、日頃の疲れを癒してくれる。

 部屋へ帰ると、お茶を淹れてくれた。

「和室には、お茶が合うと思って」と言って。


 湯上りで浴衣姿ってやばいなぁ。と思って見ていたら

「何考えてるの?」と。

 あぁ、これはバレてる感じだな。と思ったから


「疲れてない?マッサージしようか?明日もちょっと歩くから」

 と、話を逸らす。

「そうなの?」

「うん、明日は私が行きたいところ。ゆきに見せたい景色があるんだ」

「それは、楽しみだね。マッサージはいいから、早く寝ないと。だね」

「ん」



「畳にお布団って、旅行に来た!って感じがするね」

 並んだお布団に入りながら話をする。

「枕投げでもする?」

「しょうちゃん、修学旅行で枕投げした?」

「してないなぁ。あの時は、夜熱を出してね。班長がタオル濡らしておでこに当ててくれてた。おかげで朝には下がってた」

「へぇ、凄いね」

「うん。夜中にも何回か変えてくれてて、彼女寝れなかったんじゃないかなぁ。そんなに仲が良かったわけではなくて、ただ同じ班だっただけなのにね」

「好きになった?」

「え?」

「しょうちゃん、わかりやすい」

 クスクス笑ってるし。

「ちょっと気になっただけだよ」

 ムッとして言えば認めたようなものだ。

「なんて名前の子?」

「かおりちゃん」

 即答してしまった。


 しばらくの沈黙の後。

「しょうちゃん、そっち行っていい?」と聞く。

「いいよ」と言って、布団を開けてあげたら

 スルリと入ってきて、胸元に耳を当てる。

「やっぱり、しょうちゃんの心音、落ち着く」

「心音て、胎児か…」小さく突っ込んだ。

 クスっと笑って「おやすみ」と言う。

「何か忘れてない?」

「ん?」

「おやすみのキス」

「忘れてるわけじゃないよ」

 顔を上げずに言う。

「したくないの?」

 顔を覗き込んでみる。

「したら、我慢出来なくなりそうだから」

 拗ねてるわけではなさそうだ。

「我慢...する必要ある?」

「ないけど…」

 ようやく目を合わせてくれた。

「けど?」

「もう、、浴衣姿のしょうちゃん、えろいんだもん」

 なんだ、同じこと考えてたのか。


 思わず笑って、キスをした。

 おやすみのキスではなく、はじまりのキスを。





--浴衣は全て脱がさず、はだけさせる方がえろい--





 若干、寝不足の朝だけど。

 美味しい朝ごはんを食べてチェックアウトをする。

 名残惜しいけれど「また来ますね〜」と言って旅館を後にした。


 電車とバスを乗り継いで、やってきたのは銀閣寺。

「あれ、しょうちゃん。入らないの?」

「うん、こっち」

 銀閣寺の脇の道を進む。

 緩やかな坂道をしばらく進むと、緩くない坂道になっていく。

「しょうちゃん、これ山道じゃん」

「大丈夫だよ、すぐ着くから。はい!」

 と、手を差し出す。

 一瞬繋ごうとした手を引っ込めた。

「山道ではやめとくね。私が転んだら、しょうちゃんも道連れだから」

「それでもいいのに」

 ゆきとなら、一緒に落ちてもいいとさえ思えるんだけどな。

「やだよ、転んだら助けて欲しいもん」

 あぁ、そうだった。ゆきは、そういう子だ。

「じゃ、先、歩いて!押してあげる」

「わっ、ちょっ、しょうちゃん。どさくさに紛れてどこ触ってんの?」

「あ、ばれた?」

 周りに人がいないことをいいことに、戯れあいながら登っていく。


「ほら、もうすぐだよー」

 長い階段を登り切ると目的地だ。

「わぁ、凄い!京都の街を一望だね」

「ここ、大文字焼きの火床なんだよ」

「送り火の?」

「うん、そう。前にここに来た時さぁ、この景色見て泣いちゃったんだよね。こういうの見ると、人間の悩みなんてちっぽけなものだよなぁって思う」

「あぁ、なんとなく分かるかも」

 隣に立ってしばらく眼下の景色を見つめてた。


「で、悩みは解決出来たの?」

 さりげなく手を繋ぎながら聞いてくる。

「ん?あ、うん。要は自分がブレなきゃいいんだって気付いたよ。それだけで大抵の事はなんとかなる」

「あっ」

 一瞬、繋いだ手に力が入った。

「なに?」

「ううん。ちょっとかっこいいなって思って...」

「え、ちょっとだけ?今、私、良いこと言った! って思ったのに」

 拗ねてみせてたら

「うん、とってもかっこいいよ。しょうちゃんが見せたかった景色を、二人で見られて嬉しい」

 と言う。


 私は繋いだ手をそっと持ち上げる。


「これからも、二人で一緒の景色を」

 と言い、手の甲にキスをするために。

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