第33話 【番外】は?覚えてないの?

「ねぇ、昨夜のこと覚えてる?」


 冷蔵庫から牛乳を出し、飲もうとしてる綾に聞いた。

「え?」

 パックを持ったまま振り返った顔を見たら。

「やっぱり覚えてないのか」

「もしかして、何か……した?」

「した」

「ほんとに?最後まで?」

「しました」


 結局、牛乳は飲まずに冷蔵庫へしまっていた。

「ごめん」

 深々と頭を下げた。


 温泉旅行から3ヶ月。

 あの時、綾が言ったとおり、忙しくてすれ違いばかりだったこともあり、相変わらずのキス止まり。

 まぁ、それはそれで良かったんだけど。


 昨日。

 仕事から帰ってきたら、珍しく綾がいて、おまけにお酒を飲んでいた。

 これは珍しいなんてものじゃなく、何があったの?という状態だ。

 仕事の呼び出しがあるかもしれないから、普段飲む事はなかったのだから。


「どうしたの?何かあった?」

「あ、一美! 遅かったねぇ、先に飲んでるよぉ」

 すでに、呂律が怪しいじゃないか。

「だから、何があったの?」

 今度は強めに聞いてみたら、少し情けないような顔をして

「自宅謹慎だって」

「そうなの?詳しく……は言えないか。でも、綾は正しいことをしたんでしょ?」

「うん」

「だったら大丈夫! えらかったね」

「一美〜」

 半泣きで、抱きついてきた。

「うわっ、うん、ヨシヨシ!」

 頭を撫でていたら

「一美、この匂い! 焼き鳥?」

「え、あ、うん」

「ふぅん、誰と?」

「え?」

「1人じゃないよね?」

「後輩の、男の子」

「ふうん」

「え、ちょっと!」

 あっという間に押し倒された。




「ほんっと、ごめん!」

 土下座しそうな勢いで謝っている。

「そんなに謝られても」

 複雑な気持ちになるよ。

「全然覚えてないなんて……」

「いいよ、もう」

 話を切り上げ、出社する準備をする。

「綾は?今日も……家にいるの?」

 なぜか謹慎という言葉を使えなかった。

「うん。それも話したんだね?」

「そこから覚えてないの?」

「全く」

「お酒の力は偉大だね」

 辛いことは忘れたい。その事自体が無くなるわけじゃないけれど。


「じゃあさぁ、今夜、やり直そう!」

「は?何を?」

「うちらの初夜」

「は?…何で?」

「だって、私だけ覚えてないなんて嫌だし」

「いや、いいんじゃない?私も忘れるからさ」

 否、きっと私は忘れない。忘れたくない。

 思い出すと恥ずかしいけれどーー朝起きたら綾とどんな顔で話せばいいのか悩んでいた程にーー綾が覚えていなくてホッとしたんだから。

「忘れたい程、良くなかった?」

 本気で不安そうだ。

「いや、そんなことは...…ないよ。ちゃんと...…大丈夫だったよ」

 朝から何言ってんだ、私は。

「だったら」

「そういうのは、いついつします!とか宣言するものじゃないでしょ?雰囲気とかあるじゃん」

 昨夜もそういう雰囲気はなかったけれど。

「あぁ、そっか。分かった」

 ほんとに分かったんだろうか?

「じゃ、行ってくるね」

「ん、行ってらっしゃ〜い」

 笑顔で見送られたら、ふと昨夜のことを思い出し恥ずかしくなったけれど、全然嫌じゃなく、少しニヤついてしまった。



「おかえり〜」

 朝と同じ笑顔で迎えられた。


「わっ、ご飯作ってくれたんだ」

「うん、暇だったから」

「凄っ」

 よっぽど暇だったのか、品数がハンパない。

「ビールでいい?」

 こうして家で二人でご飯を食べるのも久しぶりだ。

「あれ、綾は飲まないの?まだ、き…休みなんでしょ?」

「謹慎は継続中だけど、今日はウーロン茶」

「そか、じゃ、いただきまーす」


 お腹も満たされ、まったりとしていたら、綾が真面目な顔で話し出した。

「暇だったからいろいろ考えてたんだけどさぁ」

「うん」

「なんで昨日しちゃったんだろ」

 あ、その話?

「酔ってたからでしょ?」

「酔ってたって、だれかれ構わず襲ったりしないと思うんだけど」

 当たり前だ。

「そりゃそうでしょ」

「なにかキッカケがあったと思うんだけど」

「え......」

「一美?浮気でもした?」

「しないよ、するわけないじゃん。私は綾だけ......あっ」

「綾だけ何?」

 言わそうとしてる顔がそこにあった。

 もう言ってるようなものだけど。

「なんでもない」

 悔しいから言わない。私ばっかりが好きだなんて。

「そっか。私は好きだよ!一美だけが」

「え、なんで?なんで言うの?」

「なんでって......ほんとのこと...」

「もぉ」

「なんで怒ってるの?」

「怒ってないよ、私だって好きなんだから!」

「うん、知ってる」

 ケラケラ笑ってるし。

「もぉ」

 頭を抱えてたら、ふわりと抱きしめられた。

 顔を上げたら目が合って唇を奪われた。

「今日はちゃんと覚えてるから、しよ!」

 コクリと頷いた。

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