第32話 温泉旅行

「今日さぁ、救急にめっちゃ可愛い子来たよ」

 久しぶりに早く帰ることが出来て、ゆきのご飯を食べている。

 安定の旨さだ。

「へぇ、そうなの?しょうちゃん好みだった?」

「うん、どストライク。虫垂炎だったからすぐに外科に行っちゃったけど」

「それは、残念だったねぇ」

 表情を見てたけど……

「あんまり妬いてない?」

「なんだ、妬いて欲しかったんだ」

「べつに、いい」

「拗ねないでよ、若い子?」

「うん、9才の女の子。なんとなく、ゆきに似ててさぁ。ゆきの子供の頃はこんな感じかなぁって思いながら診てた」

 あれ?ちょっと照れた?



ピンポーン♪


 あ、一美だ。


『車、貸してくれてありがと。これ、お土産ね』

 一美が、なにか赤いものを抱いてやってきた。

「わぁ、さるぼぼ?可愛い」

 ゆきが、喜んで受け取っていた。

 あ、さるぼぼか。って、大きくないか?

 抱き枕に匹敵しそうだぞ。


 飛騨方面へ旅行に行くという一美が、レンタカーを借りるつもりと言うから

私の車を貸したのだ。


「綾は?」

『帰ってくるなり電話が来て、仕事に行っちゃった』

「そっか」

『祥子、いろいろありがとね』

「ん、進展はあったの?」

『ん〜あったようななかったような』

「ふぅん」


「いいですねぇ、旅行!行きたいなぁ」

 コーヒーを出しながら、ゆきがしみじみと言う。

『連れてってあげなよー』

 一美もこちらを見ている。


「あ、うん。そうだね、行こうか」

「ほんとに?」

「うん、約束する」

 喜ぶかと思ったら、複雑な表情をしていた。

「気持ちだけで充分だから無理しなくてもいいよ」

 と言って自分の部屋へと消えた。


「え...」

 そう言われたら、絶対行ってやる。

 そんな気持ちになった。

 あ、それが狙い?



『出来た彼女だねぇ』

 一美がニヤニヤしている。

「あげないよ」

『わかってるよ』

「で?どうだったの?」



※※※


 <一美&綾>


 綾との旅行の日がやってきた。

 電車の旅も風情があって良いのだけど、今回は温泉に拘りたくて、山奥の宿を押さえたため車移動にした。

 レンタカーの予定だったけれど、祥子が貸してくれるって言うから、甘えた。

 運転は綾がすると言う。

「安全運転でお願いしまーす」

「当たり前だよ、私を誰だと思ってるの?」

「警察官なら、スピード違反くらいなら見逃してくれないの?」

「そんな訳ない」

 言った通り、キッチリと制限速度も守りーーどんどん他の車が抜かしていくーー

「変われば変わるもんだねぇ」

「え、なに?」

「校則なんて全然守ってなかったじゃん」

「あぁ、高校の時の話?」

 高校に入学した時の綾は、誰にも心を開いていないように見えたし、少なくとも私は、そんな綾が苦手だった。

 そっか、私もか。

「ほんと、変われば変わる」

 1人で納得してたら、綾が不思議そうな顔をした。


 安全運転で到着した先は、飛騨高山。

 わりとメジャーな旅館へチェックイン。

 少し休憩してから、古い街並みを散策。

 造り酒屋で日本酒の試飲なんかして、良い気分で帰れば、そのまま大浴場へと足を運ぶ。

「ちょ〜気持ちいい、温泉サイコー!」

「ちょ、綾! 声大きいよ」

「地声だよ〜素直な感想だし」

 子供かよ!そんなところが憎めないんだけど。

 それに、ほんとに良いお湯だ。


お風呂上りに浴衣を着て、広い館内を探検すれば。

「卓球場?」

「お、いいねぇ。一美、勝負だ!」

 運動神経が良い綾は張り切ってる。

「え、綾に勝てる気がしないんだけど」

 すでにラケット持って素振りしてる綾に言う。

「じゃ、もし一美が勝ったら、、何でも言うこと聞いてあげる。どう?」

「・・・よし! やる気出てきた」



 


「惜しかったねぇ」

「あ~悔しい、あと少しだったのに。手加減したの?」

「してないよ、本気本気! 危なかったぁ」とケラケラ笑う。


 部屋に戻れば、夕食の準備が出来ていて。

「わお! 豪華! 美味しそう!」

 ずっとテンション高かったけど、さらに高くなってるし。

「あ、これ飛騨牛?食べたかったんだぁ。ありがとう、一美」

 喜んでくれて、良かった。

「うん、仕事柄情報はたくさん入ってくるからね、食事は満足してくれると思うよ」


「では、乾杯」

 試飲で味を占めた日本酒にした。懐石料理にも合う。

「あれ?そういえば、綾は飲めるの?」

「うん、普通に飲める」

「でも、普段飲まないよねぇ」

「何かあって呼び出されたら困るから」

 仕事第一なんだなぁ。

「今日は呼び出されても駆けつけれないから飲むよ! 一美も飲むでしょ?」

「うん」


「やばい、美味し」

 飛騨牛から食べてる?好きなものから食べるタイプか。

「そういえば、よく休み取れたねぇ」

 仕事大好き人間の綾が3連休なんて、初めてじゃないかな。

「うん、有休。異動のタイミングじゃないと取れないから」

 いつも消滅してる。と普通の事のように言う。

 そこは、怒るところじゃないか?

 公務員もなかなか大変なんだな。

「貴重な有休を、私なんかと旅行でいいの?」

「他の誰と行くんだよ~」

 ちょっと甘えた感じの声に驚いたけど。よく見たらお酒がすすんでる。

「たまに飲むから酔いが早いんじゃない?」

「ん~ちょっと眠いかも」



 気持ち良さそうに寝るなぁ。

 食事が済んだら早々に寝てしまった綾の寝顔がそこにあった。一緒に暮らしてるのに、じっくり見たことはなかったな。思わず顔を近づけてしまったけど、自制した。

「負けちゃったしな」

 自分に言い聞かせる。

 もしも、卓球で勝っていたら言おうと思ってた。

「キスして欲しい」と。




 翌日は、下呂に向かう。

 壮大な北アルプスの山々を横目に見ながら綾が車を走らせる。

「まだ雪が残ってるねぇ、綺麗! 祥子も山好きだったよね?」

「そうだね、なんとかっていう山に登りたいって言ってたっけ」

 昔の話だけど。と付け足した。

「そうなんだ。そういえば、クラス会参加するかもって言ってたよ」

「珍しいね」

「うん、ひよりが幹事だって言ったら驚いてたし」

「ひより?あぁ、しょうに纏わりついてた子?」

「え、そうだった?そういえば、相馬先生と詩織ちゃんが結婚したんだって」

「はぁ?なにそれ!っていうか、一美の情報網も凄いな」

 その他、いろいろな情報を披露してたら、目的地に着いた。


「さぁ、温泉三昧行くよ!」

 観光しながら足湯に入ったり、温泉寺への100段以上の階段を駆け上がったりーー綾だけねーー

 さるぼぼ神社へ行ったり。

 合掌村で紙漉き体験したり。

 王道の観光も好きな相手と一緒なら楽しいものだ。

 

「絶景じゃん!」

 宿へ着いて、窓の外の景色に見惚れた。

「自然は凄いね」

 山あいのこじんまりした宿だけど、景色も料理も評価が高かった。

 いやでも、ここまでとは。

 小さいけれど、部屋にも内湯(温泉)がある。

 隠れ家的な宿だ。

 景色を写真に撮り「祥子に送ろう」と呟くと、「え?送るの?」と聞く。

「だめ?」「今?」「うん」

「今は、私だけ見てよ」

「へ……」

 いきなりドキドキするようなことを言うから、驚いて目を見開いたら。

「・・ぷはっ、ごめん」

 笑い出した。

「もう、冗談はやめてよ」


 ここでも、温泉と美味しい料理でのんびり過ごす。

 私は今日も日本酒で、綾は梅酒だ。

「昨日、寝ちゃったからね」と。

「梅酒だと寝ないの?」

「ジュースみたいなもんでしょ?」

 ジュースではないと思うけどなぁ。


 あれこれ話をしながらケラケラ笑う。

 大して面白くなくても笑えるようになってきたのは、やっぱり酔ってるからだよね。

 梅酒は飲みやすいからペースが早いような気がする。


「あ、そうそう」

 綾が姿勢を正して改まって言う。

「え、なに?」

「一美、今回は旅の手配ありがとう」

「いえいえ、仕事ですから」

「さすがだね! 良い仕事してるね」

 なんだか、目の焦点合ってなくない?

 酔ってるわ、これ。

「あ、ありがと」

「一美、今までありがとね」

 ん?今まで?

「えっと?」

「一美がいたから、頑張れた」

「え? 私は何にもしてないよ?」

「ううん、一美がいるだけで安心出来るんだよ」

「あ、そうなの?」

「これから、また忙しくなるし、すれ違いが多くなると思うから、ちゃんと言わなきゃと思って」

「な、何を?」

「これからも、よろしくお願いしま...」

 頭を下げたと思ったら、そのまま。

「え、寝た?」

「・・・」

「ちょ、綾?」



「ふぁぁ..あれ?何時?」

「6時。二日酔いはない?」

「ん〜よく寝た! って感じ」

「それは良かった」


「昨日、何か言ってた?」

「やっぱり覚えてないのか」

「あはは…」

 笑って誤魔化したな。

 まぁいいや。

「今日は帰るだけだから、ゆっくりしていいよ。朝風呂でも良いし、二度寝でも」

「ん〜お風呂入ってくる。一美は?」

「私はいいや、待ってる」



「いやぁ、ここの岩風呂、最高だね」

 と言いながら、綾が返ってきた。

「あれ?一美も入った?」

 すれ違いざまに気付かれた。

「あぁ、うん。内風呂にね」

「ふぅん」

「なに?」

 綾に見つめられると、心の中を見透かされてる気がするのは気のせいだろうか?

 綾の尋問は鋭そうだな。


「あ、そうだ! 卓球勝利のご褒美まだじゃない?」

「え、綾が勝ったらって言ってなかったよね?」

「えぇ〜不公平じゃん」

「ん〜何がいいの?」

 と言うと。

 不敵な笑みを浮かべて近寄ってくる。


「キス」

 言った瞬間、すでに触れていた。

 一瞬の出来事だったけど、綾の唇の感触が確かにあった。


 ぼーっとしてたら、ふわっとハグされて。

「やっぱり一美といると落ち着くな」と言う。

 私は、ドキドキするよー。

 なんだか負けたみたいで悔しいから言わないけど。



※※※



「で、どうだったの?」

 一美の顔見てたら、聞かなくてもわかりそうだけど。


『ん〜内緒』

「そっか、ま、幸せそうで何より。」

『ふふ、ありがと』



 一美が帰ってから、ゆきの部屋へと入って行った。

 ベッドに置いてあった赤い物体をどかし、潜り込む。

「しょうちゃん?」

「うん、さるぼぼよりいいでしょ?」

「どっちもどっち」

「ええー」

 クスクス笑いながら

「さるぼぼに妬かないでよ」と言う。

「9才の子に妬かなかったね」

「9才の子に手を出したら犯罪だよ?」

「29才の子ならいい?」

「いい…んじゃない?」

「じゃ、遠慮なく」




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