第29話 日常

【早出】


夜中にキッチンで音がした


「何飲んでるの?」

「牛乳」

健康的だ

「寝れないの?」

「ん〜ちょっとね。ゆきは?」

「寝てたよ」

グラスを置いたのを確認して

擦り寄って抱きつく

背中にまわされる腕の温かさを感じる

「何かあった?」

「ううん、なにも。ただ…」

内科病棟へ異動して3週間

環境が変わったことで生活リズムも変わった

それで心配してくれているのかもしれない

「ただ...しょうちゃんに好きを伝えたくて」

しょうちゃんは静かに笑って、頭を撫でる

「こっち、来る?」

「明日、早出だから、早く起きるよ?」

「私も早く行こうかな。一緒に出よう」

「うん」

今回は甘えちゃおう

いつも甘えてる気もするけど


しょうちゃんのベッドで

おやすみのキスをして眠る



【夜勤】


病院から帰ると、夕ご飯とメモがあった

「今日は夜勤だったか・・」

レンジで温めて一人で食べる


食べ終わったら

先に、今日も持ち帰ってきた仕事を片付けようとパソコンを立ち上げた

と、スマホが震える

あ。

「どうした?薫。産気づいた?」

「まだだよ。ねぇ、なんで返信してくれないの?」

「ん?ちょっと待って」

確認したら、メッセージが何通か届いていた

いずれもどうでもいい内容だけど・・

「今、見た。っていうか、産休に入って暇だからって用もないのに電話してくるなんて、友達いないの?」

「何言ってんの、祥子が寂しがってるんじゃないかと思って、かけてあげてんじゃん」

「は?なんで?」

「ゆきちゃんがいない夜は長いでしょ?」

「ちょ、なんで知って…あ。」

「ふぅん、寂しいんだ」

これ、絶対ニヤついてるわ

「うるさいよ!まぁいいや、ちょうど相談があったんだ!」



電話を終えて、仕事も一段落させて

ちょっとだけ走ってこよう


最近、寝つきが悪いから

時間があるときは走るようにしている

安眠のためと寂しさを紛らわすために




【日勤】


「しょうちゃん、ごめん、遅くなっちゃった」

「おかえり!ごはん出来てるよ」

ゆきの新しい職場である血液内科病棟は院内でも残業が1番多いことで有名で

定時で帰れることは稀だ


「今日は作ろうと思ったのに・・ごめんなさい」

「・・・美味しくない?」

「え?あ、そういう意味じゃなくて…」

「ゆきのごはん程じゃないけど、私だって作れるんだからね」

作らないだけで...と胸を張ってみせる

「うん。美味しい」

少し笑顔になったけれど

疲れてるように見える


「あぁ、そうだ!夜勤の時も、作らなくていいからね」

「え?」

「子供じゃないんだから、自分でなんとかするから。家事も適当でいいからね」

「うん、わかった」

ゆきは、寂しそうに笑った



※※※



異動して1ヶ月

オペ室との違いは、なかなか時間内に終わらないことと、夜勤などで生活のリズムが不規則になること

体力的に、慣れるまでがキツい

家では休息が必要だ


だからだよね?

しょうちゃんは、夜勤の時にわざわざご飯作らなくていいと言う。

私の方が遅くなったら、食事の準備も家事もしてくれている


それはとっても助かるけれど、ちょっと寂しい

違うのは分かってるけど

私は必要ないって言われてるみたいで


無理してでも、しょうちゃんのために何かしたいのにな


ちょっとだけ悲しくなった


夕食の後、しょうちゃんは仕事関係の調べ物をすると言って自室に籠ったので、先にお風呂に入った


「お風呂空いたよ、まだ仕事終わらない?」

「ありがと、もう終わりにする」

「しょうちゃん、今日一緒に寝てもいい?」

「あぁ、えっと。ちょっと走ってくるから・・じゃ、先に寝てて」

「ごめん、迷惑だったらいい…」最後まで言い終わらないうちに腕を掴まれた

「30分くらいで帰ってくるから、ここで待ってて。寝てていいから」


優しい声に、さっきまでの寂しい気持ちはすっかり消えた


しょうちゃんの部屋に一人でいる

パソコンは立ち上げたまま、スクリーンセーバーが動いてる

隣には専門書が3冊広げたままだ

すぐに帰ってくる気満々だね


寝てていいって言ってたから、素直にベッドに入る

「あっ」

枕元に、メモが入った箱があった

私が書いて置いておいたメモだ

時間的にすれ違いが多いから、『おかえり』とか『おつかれさま』とか、ただ一言二言のメモなのに

ちゃんと取ってあるの?


さっき感じた悲しい気持ちは、嬉しい気持ちに変わった。





【休み】


今日は休みだ


朝ご飯を一緒に食べ、見送ることもできた

しょうちゃんは

「休みの日くらい、ゆっくり寝てればいいのに」って言うけれど


一緒にご飯も食べたいし

いってらっしゃいのキスもしたいんだよ


夕飯は、久しぶりに手の込んだ料理でも作ろうかと思っていたのだけど

「今日は遅くなるから要らない」と言う


掃除や洗濯など、一通りの家事が済めば

やることがなくなる


どうしようかな


天気が良ければ、散歩とかサイクリングとか行きたいけれど、あいにくの雨だし

今話題の映画でも観に行こうかな


アニメだけど子供も大人も楽しめる

ミステリーものだ

長く続いているシリーズだから、学生時代は友達と、就職してからは一人でも観に行った


そうだ、以前は一人で何でもやったし

一人で出掛けたり、一人でご飯も食べてたんだ

寂しくなんか...ない...はず



夕飯を食べ、お風呂に入って

あとは寝るだけ

そんな時間になっても

しょうちゃんのは帰って来ない


遅いなぁ

そう思いながら本を読んでいたら

電話がかかってきた

しょうちゃんだ


「もしもし、後藤さん?」

男の人の声だ

「え..」

「あ、山本です」

やまもと?

「え、山本センセイ?」

血液内科のドクターだ

何で?

「鈴木センセイ、潰れちゃって。後藤さんに連絡してくれって言われたんだけど…」

鈴木センセイ...あ、しょうちゃんか!

「あ、はい。迎えに行きます。場所を教えてください」



酔い潰れたしょうちゃんを連れて帰ってきた


全く、弱いの知ってるくせにこんなになるまで飲むなんて…

外では、ほとんど飲まなかったのに…

やっぱり、最近のしょうちゃん、なんか変だ


「んん…ゆき?」

「しょうちゃん、大丈夫?」

「うん…ごめん」

「ごめんじゃないよ、ほんとに悪いと思ってる?」

「怒ってる...の?」


ここまで飲んだら、たぶん覚えてないんだろうなと思ったから

言いたいこと言ってやる


「寂しかったんだからね!せっかく休みだったのに、なんで飲んでるの?」

「ごめ..ん」

「すれ違いばっかりで、一緒にいられる時間少ないんだから」

「ん」

「一緒にいる時はもっとイチャイチャしたいよ」

「ん」

「寝てるし…もう、しょうちゃんのバカ...」

「・・・」

「愛してる、ずっと一緒にいたいよ」



朝起きたらすぐ隣にしょうちゃんの顔があった

昨日は、あのまま寝ちゃったのか

起きようと思ったら体が動かない

しょうちゃんの腕が腰にまわされ、しっかりホールドされている

そっと外そうとしていたら

起きたみたいで

「おはよ」とキスをされた


「どこ行くの?」

「朝ご飯作ろうかと」

「まだいいよ。今日、夜勤だよね?」

「うん、でも…」

「イチャイチャするんじゃないの?」

「え…」

「ん?」

もしかして

「昨夜のこと・・覚えてる・・の?」

少し驚いた感じで、でも笑ってた

「そっか、あれが本音か」


カァーと一気に顔が熱くなる


今度は頭をホールドされ引き寄せられる

抱きしめられる形だ


「寂しくさせて、ごめん」

「ううん、大丈夫」


「じゃ、イチャイチャしよっか」

「うっ」


「しないの?」

「する」



【夜勤】


少し早目に出勤した

午後の、この時間ならドクターも病棟にいる確率が高い


やっぱりいた


「山本センセイ、昨日はありがとうございました」

「あぁ、大丈夫だった?」

「はい、なんとか」


「一緒に暮らしてるんだって?」

「あ、はい」

「楽しそうで、いいね」

普段から優しい感じのセンセイだけど

目を細めて、ほんとにそう思っているようだ


「あの、祥子センセイとは親しいんですか?あんなに飲むの、珍しくて」

「いや、同期なんだけど、ほとんど接点なかったんだけどね」

そうだろうな。親しい人は『祥子センセイ』って呼ぶから

『鈴木センセイ』って呼ぶのは、それ程親しくないんだろうとは思ってた

不思議そうにしてたのが分かったのか、説明してくれた

「結城薫は知ってるよね?あいつ経由で連絡が来たんだ。頼み事があるって」

薫センセイか…

確かに、交友範囲は広そうだ


「もしかして、私のことですか?」

「いや、直接キミのことっていうわけじゃないよ」

言ってもいいのかな..と呟いている

「差し支えなければ…」

押してみる

「まぁ、いいか。どうせわかることだし。」と話し始めた

「ほら、今度、骨髄移植を始めるでしょ?今まで以上に癌患者さんが多くなるから、この病院にも、がん看護外来を作ったらどうかって話でね。いろんな科に打診してるみたいだよ。いろいろ話してたらね、ゆくゆくは緩和ケア病棟も作りたいねって話にもなって。畑違いなのに鈴木センセイが熱く語るからさ、思いのほか盛り上がったんだよ」

「がん看護外来…」

「キミのためというより、病院のため、いや、患者のため。かな」

「ありがとうございました」

「ま、次回はあんまり飲ませないように気を付けるよ」

あんなに弱いとは…と言いながら去っていった


最近のしょうちゃん、そんなことしてたのか

かっこ良すぎじゃないか

「ほんと、ばか」


よし!明日は、美味しいご飯を作ろう



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