第27話 転機

明け方に呼ばれて緊急オペに入った

オペが終わったら、ちょうど日勤の始まる時間だった


「祥子センセイ、おつかれさまです」

「あ、美樹!おつかれ。元気そうだね」

「それだけが取り柄ですから」

「なんか、幸せそうだねぇ」

「…おかげさまで」

ちょっと鎌をかけてみたら

そんな反応だった


「へぇ…」

「なんですか?」

「いや、やけに素直だなって」

「え、、」

どうせ捻くれてますよっ

と拗ねた

「ごめん、お詫びに今度惚気でも何でも聞くから」

「ほんとですか?あ、でも祥子センセイと会うと彼女が妬くからやめときます」

言葉とは裏腹に満面の笑顔だ


なんで妬くのかは、よくわからないけど


「ところで、ゆきは?来てないの?」

「あぁ、さっき師長と何か話してたけど…」

「ふぅん」

なんだろう、何か含みがありそうな口ぶりだ


「なんですか?」

「何かあるの?」

ちょっと困った顔をして

「私の口からはちょっと…」

え、なに?

「大丈夫ですよ、ゆきちゃん信じて待っててあげて」

え、なんなの?



※※※


なんとなくだけど

最近、やたらと視線を感じる


「えっと、何かあるの?」

久しぶりに一緒に夕食を食べた後に聞いてみたら


「ゆきは?何か言いたいことあるんじゃないの?」


逆に聞き返された

あぁ、そういうことか。


「あぁ、うん。あることはあるんだけど…今はまだ」

「まだ?なに?」

「まだ自分でも迷ってて」

「言えない?」


「えっと、怒ってる?」

「別に…怒ってないよ」

確実に機嫌は悪いみたいだけど



「しょうちゃん、たまには一緒にお風呂入る?」

「え……ごめん、今日はやめとく。ちょっと走ってくる。」

「今から?」

「うん、先に寝てて」

「わかった、気を付けてね」


やっぱり怒ってるのかもしれない

どうしたものか

お風呂に入りながら考えてたら

のぼせた




「まだ起きてたの?」

ベッドに入ったものの、眠気はやってこなかったから

しょうちゃんのベッドにもぐりこんで待っていた

「うん」

「寝てていいって言ったのに」


「いろいろ考えてたら目が冴えちゃって」

「私も走りながら考えてた。思考を整理するのにちょうどいいんだ。嫌な態度取ってごめん。ゆきが話してくれるの待つつもりだったのに、つい苛立って」



「仮の話、してもいい?

もしも、1年くらい離れて暮らすことになったら、どうする?待っててくれる?」



※※※


何の話かと思ったら


「もしも、1年くらい離れて暮らすことになったら、どうする?待っててくれる?」

という、仮の話だった


そんなの即答出来る

待てるに決まってる


けど

この質問をした、ゆきの気持ちがわからなくて


「じゃぁ仮に、待てないって言ったらどうするの?」


「えっと..諦めるか........別れる」


「あのさぁ、あんまりこの言葉、言いたくないんだけど、バカなの?」


わざとなの?

わかっているはずなのに、時々ゆきは、私を怒らせる

「あ、仮の話だったね、ごめん。」冷ややかに言い放ったら


「ごめんなさい、でも私の我儘だから、無理に待ってほしくない」


「だから、それが馬鹿だって言ってんの」



※※※


「バカなの?」って言われたのは、初めてかもしれないなぁ

自分でも、そう思うんだけど

でも、私の我儘で振り回すわけにはいかない。とも思うんだよね


「だから、それが馬鹿だって言ってんの。いい加減にしないと、本気で怒るからね」

言葉とは裏腹に、優しさを感じるのは

しょうちゃんに抱きしめられているから。

「うぅぅ…」

「もう、全部話してよ。どうせアレでしょ?スキルアップしたいとかそういうことなんでしょ?」

「なんで…わかるの?」

「私を誰だと思ってんの?ゆきのことならだいたい分かるよ」


※※※


「あのね、まだ本決まりじゃないけど、病棟勤務に変わると思う。たぶん血液化学療法科に」

「血化?救命の前はそこだっけ?あ、そういえば骨髄移植始めるって言ってたっけね」

「うん。前から希望は出してたんだ。もう一度やり直したくて。骨髄移植のために人数増やすみたいだから行けることになりそう」

「そっか」


「それで、いずれは認定看護師を目指したい...と思ってるんだけど」

最後の方は、自信がないから小さな声になってしまった

「化学療法の?」

「うん、でも…」

「迷ってるの?なんで?」

「いろいろ調べていたら、自信なくなってきて。一年間の研修とか、その間の仕事のこととか、費用のこととか、資格を取っても生かせるのか?とか」


「師長は何て?」

「いろいろ掛け合ってくれて、休職扱いにはしてくれるみたい」

「基本給は出ない?」

「たぶん」

そのあたりは病院によって違うらしい

「うちは、まだ、がん看護外来もないしねぇ。今後は必要になってくると思うんだけど」

「私に出来るのかっていう問題もあるし」

「ゆきなら出来るよ」

即答だった

「ほんとにそう思う?」

「自信持って」

そう言うと、優しくキスをする


「今は、入院せずに外来で抗がん剤治療をすることも多いから、副作用に苦しんでたり、どうすればいいか一人で悩んでたりする人が多いんだよ。私のランナー友達にもいて、看護外来で話を聞いてもらって良かったって言ってたよ」

「専門の病院には、あるんだよね」

まだまだ少ないけれど


「病院を変わることも視野に入れて考えたら?」

「え?」

病院を変わる?

その考えはなかったな

「しょうちゃんは、私が病院を変わっても応援してくれるの?」

「当たり前じゃん」

今度は髪をクシャクシャってされた

「まだ時間はあるから、ゆっくり考えればいいよ」

「うん」





「ねぇ、しょうちゃんは、しばらく会えなくなっても寂しくないの?」


「寂しくない、とは言ってない・・・」

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