第26話 エイプリルフール

「噓でしょ?」

 ゆきの声が聞こえた。

 私に向かって発した言葉ではない。

 さっき電話がかかってきていたから、電話の相手に言ったのだろう。

 声の感じから、本気で驚いているようだ。

 別に盗み聞きをしているわけではない。

 聞こえてくるのだから仕方ない。

 そして、気になるのも仕方ない。

 大事な彼女なのだから。


「ねぇ、嘘だよね?エイプリルフールだから嘘でも怒らないから。。嘘って言ってよ」

 半分泣いてるじゃないか。


 数分後、電話を終えたゆきがやってきて

「しょうちゃん、明日、お通夜に行ってくる」と言った。

「大丈夫?じゃないよね、おいで。」

「うぅ…」


ゆきの気が済むまで、抱きしめた。


※※※


 以前の職場の後輩から電話がかかってきた。

 仲は良かったけれど、最近はほとんど連絡を取っていなかった子だ。

 物凄く久しぶりだ。

 だから、嫌な予感しかしない。


 案の定、訃報だった。

 しかも、信じられない人が亡くなったという。


「なんで井上さんが?」

「舌癌だったって」

「噓でしょ…」


 一つ上の先輩だった。

 職場も一緒だったけど、その前に看護学校が一緒だったので

 初めて会ったのは、私が18歳の時だ。


 漢字は違うけど、同じ名前だったから、勝手に親近感を抱き、憧れてもいた。

 可愛らしい人だった。

 同じ病院へ就職したのも、同じ病棟に配属されたのも偶然だけど

 一緒に働けて嬉しかった。

 一緒に夜勤もやったし、みんなで飲みにも行った。

 結婚を機に、井上さんは退職し

 私も翌年には病院を変わった。


 元気に暮らしているとばっかり思っていたのにな。

 ここ数年は疎遠になっていたはずなのに、この喪失感は何なんだろう。

 共に過ごした時間は確かにあって。

 少なからず影響を受けていた。

 思い出すのは、大好きだった笑顔ばかり。


 サヨナラはしたくないけど

 明日、ちゃんとお別れをしに行こう。

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