第23話 母娘

「ごめんね、ゆき。今日はよろしく。何かあったら連絡して!」


しょうちゃんは今夜は当直なので、帰ってくるのは早くても明日の夜だ

そして今日は、しょうちゃんのお母さんが泊りにくる

明日は土曜日なので、おもてなしをする予定

ちょっとドキドキするけど、楽しみでもある


「うん、大丈夫。お母さん、何が好きかなぁ?」

「何でもいいと思うけど、作るの?」

「うん、そのつもり」


先週、電話があった時から

なんとなく、しょうちゃんの態度が気になっていた

だから少し不安になって

「ダメかなぁ」と呟いた


しょうちゃんは、ちょっと目を伏せた

そして抱きしめられた


「ゆき、ありがとう!ゆきなら、大丈夫だよ」

と言った


やっぱり、ちょっと気になったけど

大丈夫だと思う

しょうちゃんのお母さんなのだから


「あぁ、そうだ!日曜日でいい?」

「ん?」

「デート、しよ」

「あ、うん。」

「行きたいところ、考えといて」


※※※



「あ、おかえり!早かったね」

しょうちゃんが帰ってきた

「うん、ただいま」

「ご飯食べてきたんだよね、お茶淹れるね」

「ありがと」


「もう少し早かったら、お母さんに会えたのに」

「え、こんな遅くまでいたの?」

「しょうちゃんに会いたがってたよ、しばらく会ってないんだって?」

「あぁ、そうかなぁ…」


夜なので、ほうじ茶を淹れて出しながら

「お母さん、心配してたよ」

「それは、ない」

「え?」

「「祥子のことは心配してない」って言うのが口癖だから」

「私にはそんなこと言ってなかったけどなぁ。もしかしてしょうちゃん、お母さんに会いたくないの?」


「…なんで?」


しょうちゃんの表情が変わった

聞いちゃいけないことだったのかもしれない

でも気になる。

お母さんのあの言葉も。


※※※


『今日はどうもありがとう。ゆきさんに会えて良かったわ』

「こちらこそ、お母さんと話せて楽しかったです」

『祥子が変わったのは、ゆきさんのおかげかしら』

「変わった?」

『少し優しくなったような・・・』

「いつも優しいですよ」

『あぁ、そうね。わたしにだけよね。なかなか心を開いてくれなくて。でも最近は少し優しいのよ、それが嬉しくて。。あ、ごめんなさい、こんな話。』


※※※


「何か言ってた?」

「ううん、何も」



「あ、今度うちの両親にも会いたい。とは言ってたよ」

「あぁ、そっか」

会わせたくないなぁ…ひとり言のような小さな声だったので

聞こえないふりをした


お茶を飲み終えたしょうちゃんは、ため息をついた後

「好きじゃないんだよね」と言った

感謝はしてるけど好きじゃない。と

親子でも相性ってあるんだよ、と続ける


「兄がいたらしいんだけど、2歳で亡くなったんだって。それだけが原因じゃないと思うけど、あの人は、昔から私のことに興味がないんだよ。愛された記憶がない」

「そんな…子供を愛さない親なんていないよ」


「・・・らないよ」

「え?」

「愛情たっぷりに育ったゆきにはわからないとおもうよ」

そう言うと、立ち上がって寝室へ向かった

「しょうちゃん」

「ごめん、今日は一人で寝たい」



やってしまった

一緒にいるのに一人で寝るのは、ここ最近はなかったから

しかもこんな気分では

眠れない


眠れないまま朝が来た



「おはよう」

起きてきたゆきは、目が腫れていた

眠れなかったんだろうなぁ


「どうする?今日」

「ん?」

「デート。って気分じゃない?」

「行きたい。しょうちゃんさえ良ければ」

「ん、じゃ行こう」

と言って、軽く触れるだけのキスをする


「あの、ここに行きたいの」

と、チラシを持ってくる

「あぁ、今日が最終日か。行かなきゃね」

祐さんの個展だ


「うん」

ようやく笑顔が見れた



連絡する時間がなかったから、いないかもしれないと思ったけど

祐さんは受付にいた


「暇なの?」

なんとも失礼な挨拶をしてしまったが

満面の笑みで

『あ、やっと来た!』

と迎えてくれた


最初の何枚か、解説してもらいながら見てまわったけど

何故か会話が脱線し雑談になってしまい

『じゃ後は若い二人で』との謎の言葉を残し、祐さんは受付へ戻っていった



やっぱり好きだなぁ、この人の写真

優しい気持ちになれる

隣で写真を見上げるゆきも微笑んでいる

そっと触れた指先を繋ぐ


二人でゆっくり廻って出口へ行くと

「ちょうどいい時間だから、お弁当食べよう!」と

大きな紙袋を提げて、祐さんが待っていた


外の芝生で広げる

「祐さん、これ、高そうなお弁当なんですけど?」

ゆきが驚いてる

ほんとだ

どこかの料亭の仕出しのようだ

『あぁ、最終日だから?スタッフが用意したやつだから、気にしないで!いつも余らせるから食べてくれるとちょうどいいんだ』と言う。

その代わり写真撮らせて!とカメラを構える

カシャカシャと何枚か撮って、首を傾げてる

『ダメだ今日は乗らない』とやめてしまった

なんだ?芸術家とはこんな気紛れなのか?


『あ、飲み物忘れた!』

「私、買ってきます」

『ありがとう!私コーヒーね』

「は~い。しょうちゃんはいつものでいい?」

「え、うん。」

ゆきが買いに行ってしまった


『相変わらず素直でかわいいねぇ、彼女』

「・・・」

『泣かせちゃダメじゃん』

「え、」

『ファインダー越しでは泣いてるように見えたんだけど?」

泣き顔は撮れないよ、と言う

「…うぅ」

『なんだ、気付いてるんなら合格だ』

私は気付けなかったからなぁ…と独り言ちてる

「気付かなかったらどうなるのかな?」

『私の場合は、突然出ていかれたよ』

「うっ、それは…辛いね」

『そうならないように…あっ』


「お待たせしました~」

ゆきが帰ってきた


『ありがとう。あっ!私ブラックしか飲めない。これ、しょうちゃん好みのやつでしょ?』

ミルクたっぷりのやつだ

「あ、ごめんなさい」

「はぁ?何わがまま言ってんの?いいよ、今度は私が買ってくる!」

まったく、もう



『めっちゃ、ダッシュしてるじゃん。相変わらず面白いなぁ、しょうちゃん!ね?』

コーヒーを買いに走るしょうちゃんを見送る祐さん

不思議な人だ

「あんまりからかわないでくださいよ、機嫌悪くなるから」

『なに?喧嘩とかするの?』

「喧嘩とかじゃないんだけど、、、ねぇ祐さん、たとえ恋人でも踏み込んじゃいけないことってあるのかなぁ」

『う~ん、人によるかなぁ。私だったらどんどん踏み込んでいいよ、ほら、何でも聞いて!』

「う~ん、祐さんのことは…特にないです」

ガクッ!と音が聞こえるかと思うほどガッカリしてて

つい笑ってしまった


「楽しそうじゃん」

しょうちゃんが帰ってきた

『わっ、早っ』

「祐さんと二人にしたら危ないですからね」

『人を危険人物みたいに…まぁ、いいや。食べよう!』


3人で、いろんな話をしながら、美味しいお弁当を食べる

祐さんとしょうちゃんは、じゃれあってるようにしか見えなくて

つい笑ってしまう


天気も、ポカポカ陽気だ

「もう春ですねぇ」

『お花見したいねぇ』

「今度は玲香さんも!」

『今度はちゃんと撮りたいから、頼むよ!しょうちゃん』

「…はい」


何を頼まれたのか、よくわからないけど

やっぱり、しょうちゃんは祐さんのことを信頼してるんだと思う

そんな表情だ

来て良かったな


***


「夜は冷えるね」

「ほんと、お昼は暖かかったのに、寒いね」


駅からの帰り道

寒さを理由に、自然に手を繋ぎポケットに入れる


もう、言葉はなくても自然に振る舞えるくらいには

分かり合えていると思うけど

ちゃんと伝えなきゃいけないこともある


「帰ったら話したいことがある」

「うん」



「うちは、父親が厳しい人でね。いつもじゃないけど、時々手も上げてたんだ。母は何も言わなかった。我慢してたのか、自分のことで精いっぱいだったのか、私のことはほぼ放任だった。お弁当も作ってくれなくて、高校の3年間自分で作ってた。

昔はずっと思ってたな、強くなりたいって。早く一人で生きていけるようになりたいって。

今思えば…ゆきが言ったように、あの人なりに愛してくれてたのかもしれないけど…ゆきや、ゆきのご両親に会って、そうだったのかもしれないと思えるようになったけど。

でももう、そのことはいいんだよ。あの人のことはどうでもいい。

ただ…私は、ゆきの事をちゃんと愛せてるんだろうか?って、ずっとそれが不安だった。愛された記憶がないから。綾が出て行ったのも、私の愛が足りなかったからじゃないかって…ずっと…思って…た」


最後は泣きながらだったけど

ちゃんと言えた、不安に思ってること


「しょうちゃん、何言ってるの?私はちゃんと愛されてるよ!しょうちゃんだって、みんなに愛されてるんだからね!もしも万が一お母さんが愛してなかったとしても、私が愛してあげるから。いっぱい愛してあげるから。だから、そんなこと言わないでよ。ねぇ、私に愛されてる自覚はある?」


「それは…ある」


「良かった。私もしょうちゃんに愛されてる自信あるよ!」


ふふ。普通、逆だよね?

“愛してるよ”じゃなくて

“愛されてるよ”なんて


泣きながら笑ったら

抱きしめられた


「しょうちゃん、今日は一緒に寝てもいい?」

「うん。今夜は一緒にいたい」

「今夜は?」

「今夜も。これからもずっと。」

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