第18話 バレンタイン

「今年は日曜日なんだ」

カレンダーを見て気付いた


「ん?何が?」

「バレンタイン」

「あっ、バレンタインか…」


「当直?」

「じゃない。じゃないんだけど…」

何か言いにくそう


「どうしたの?」


「一緒に行きたいところがあるんだけど、いい?」

「どこ?」

「ゆきの実家」


「え…」

「バタバタしてて、結局行けてなかったから」


「うん、そうだね、一緒に帰ろうか」

そう言うと、なんだか照れたように笑う


「ん?」

「いや、帰るって言うから」

「あ、ごめん」

「違うよ、嬉しいんだよ。家族になれたみたいで」


そんなことを言うから

抱きしめずにいられない


「もう、とっくに家族だよ?」




今回は泊まりなので、ゆっくり出発して

土曜日のお昼過ぎに、実家に着いた


「「ただいま〜」」

『おかえり〜』


「あれ?お父さんは?」

『また出かけちゃったのよ。しょうちゃんも、ようこそ』

「なんでお母さんまで しょうちゃんって呼ぶの?」

『いいじゃない、ね?』


「はい。ご無沙汰してました。もっと早く来ようと思ってたんですけど」

『いいわよ、忙しいんでしょ?』



お茶飲みながら、お喋りしながら、のんびりしてたら

お父さんが帰ってきた


『おぉ、来てたのか。今日は鯵が大漁だったぞ』


「わっ、ほんとだ!これは?」

『これは、メバルだな。今は潮が良いから。明日行くか?』

「行きま〜す」


ちょ、しょうちゃん

なに即答してんの?


驚いてたら

「ん?一緒に行く?」と聞かれたから

「行かない」と答える


げっ即答?

と小さく言ってシュンとなった



夕食は、鯵づくしとなり


「このアジフライ絶品!お母さん天才」

なにげにテンション高って思ったら

お酒飲んでるじゃん


お父さん、俺が釣ったって言いながら

おちょこ渡さないでよ


「しょうちゃん、あんまり飲まない方が・・・」

「いいじゃん、もう寝るだけだから」

「まぁ、そうだけど」



しばらく喋ってたら

案の定、睡魔に襲われたようで

あっけなく寝た


だから言ったのに

『あら、案外弱いのね』

『疲れてたんだろ』

「いつもは飲まないからね」

『そうか』


「お父さん、お母さん」

『うん?』

「ありがとうございました」

『なんだ改まって』

「私は幸せだから」

『うん、なら、いい』


久しぶりに3人でお酒を飲んだ


『そういえば俊くん、今度彼女連れてくるって』

「え〜そうなの?結婚前提かな?」

『でしょうね、じゃなきゃ連れて来ないでしょ』

「良かったね」


神奈川で教師をしている弟も、幸せそうだ




次の日の朝

起きたら、お父さんとしょうちゃんは、もういなくて


「何時に行ったの?」

「6時。朝早いのは大丈夫みたいね」

「そうだね、いつも早く起きてるね」


「今日はどうするの?」

「特に決めてないけど…って言うか、いつ帰ってくるんだろ。あ、せっかくバレンタインデーだから、チョコレートケーキでも作ろうかな」

「あら、いいわね。手伝うよ」



台所に2人で立つのも久しぶりだ



結局、2人が帰ってきたのはお昼前だった

「お昼食べたら、将棋指すから」という宣言と共に


「は?何でそんなことになってんの?」


『なんでだっけ?』

「お父さんが私のことを理屈っぽいって言って、それを言うなら論理的って言ってくださいって言って、だったら将棋指せるよな?っていう感じ」


「意味わかんない」


『あら、将棋の相手が見つかって良かったわね、お父さん』


「お父さんの相手になれるかどうか、そんなに強くないですよ?」

『駒落とせばいいよ』

「じゃ、飛車落ちでお願いします」


また意味不明な会話になってるし



いつの間にか仲良くなってた2人に驚いたけど


縁側で将棋を指す2人は、まるで本当の親子みたいで


見ているだけで、ほんのり暖かい気持ちになる


珍しく穏やかな天気で、日当たりの良い縁側だから、ついウトウトしそうになる


と、しばらくは良い気持ちだったのだけど


「ねぇ、いつまでやるの?」

「ん?決着つくまで」

「まだ?」

「まだ」


見てるのも飽きたので

リビングでTVを見たり

お母さんと喋ったり


「案外、似た者同士なのかも」

ふと思って、呟いた


『合わせてくれてるんじゃないの?』

とお母さんは言うけど


「素だと思うよ」

『じゃぁ、ゆきも苦労するわね、ふふ』



しばらくしたら、しょうちゃんがトイレへ入っていった

「終わった?」

「まだ。長考するって」

「ちょうこう?」

「しばらく考えるって」


『ちょっと休憩出来るわね、そうだ!アルバム見る?』


そう言うと

子供の頃や学生時代のアルバムを出す

いつに間に!?


「見た〜い」



やばい、可愛い

これ、どこ?兼六園?

お母さん、若い

うぉ、セーラー服だ!

あっ

ん?

あ、これは元彼だね

へぇ〜

ちょっと〜お母さん!



『お〜い、打ったぞ』

「は〜い」


変な雰囲気になりそうだったけど

ちょうどお父さんから声がかかり

縁側へ行ってしまった


しばらくして

しょうちゃんの「負けました」の声が聞こえて


ようやく終わったらしい


それからも、あーだこーだと

将棋盤を見ながら2人で話してたけど


『ケーキ食べるわよ〜』の声で片付け始めた



「わっ、ガトーショコラだ、作ったの?」

「お母さんと2人でね」

「うん、美味しい」


4人でケーキを食べ終えたところで


「えっと、なんか照れるけど、バレンタインデーということで、感謝を込めてプレゼントです」

2人からです。と添えて

両親へプレゼントのマフラーを渡す

『あら、私にも?』とお母さんも喜んでる


しょうちゃんは

「やっぱりお父さん、カーキ似合う」

これで釣りする時も暖かいねって目を細めてる



「じゃ、明日は仕事なので、そろそろ帰るね」

『ありがとう、また来てね』

「次は負けませんから」

『楽しみにしてる』




※※※


『勝てて良かったですね』

『あぁ、実は負けそうだったんだけど』

『そうなんですか?』

『トイレへ行った時、何かあったか?あの後、悪手打ったんだよなぁ。それで勝てたものなんだ』

『さぁ?何かあったかしら』


※※※


「ねぇしょうちゃん、怒ってる?」

寝る前に、思い切って聞いてみた


「そんなふうに見える?」

質問に質問で返される時は、そういうことなんだろう



2人になってから、しょうちゃんの態度は全くいつも通りで

運転中もサービスエリアでの夕食も

いつもより饒舌なくらいで




「見えない…」

「でしょ?これでも成長したんだから。そんな元彼の写真くらいで動揺しないし」

「ホントは?」

「・・・ちょっとだけ」

と言って目を伏せた


「ごめん、写真は処分したから」

「うん」


「しょうちゃん、愛してる」

そう言うと、照れまくってる愛しい人にキスをした


ハッピーバレンタインな夜

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