第6話 後藤家

「なぁ、母さんはどう思う?」


ゆきと、彼女(でいいのかしら?)が帰ってしまってから

不安そうに聞いてくるのは、後藤家の主。

つまり、私の夫


さっきまで怖い顔をして、声を荒げていたけれど

本当は優しい人

ちょっと不器用だけど


「ちゃんとしてる子だと思いましたよ」


最初、結婚出来ない人と付き合ってるって聞いた時は、騙されてるんじゃないか。とか、不倫してるんじゃないか。とか考えて

ゆきを傷つける人は

親として絶対許してはいけないと思ってた


「少なくとも、ゆきを傷つけることはしないような気はしますけど」

私が、そう言うと

夫は目を閉じて考えこんでいた



それでも、そう簡単には受け入れ難い


どう対応するのが、親として正解なのか

わからないまま。




次の週の土曜日に、彼女はまたやってきた


ゆきから事前に連絡があった

ゆきは仕事なので、彼女1人で来るという



「おはようございます」

「あら、早かったのね、いらっしゃい。お父さん、出かけちゃったわ、言ってあったのに」

「そうですか。あ、大丈夫です、また来ますから。あ、これ、良かったら使ってください」

「あら、お味噌?」

「はい。ウチの地元のなんです。ちょっとクセがあるんですけど...」

「まぁ、ありがとう。赤味噌ね、朴葉焼きとか良さそう」

朴葉焼き?って不思議そうに呟いてる

「あら、知らない?こっちの地方だけかしら?」

「いえ、知ってますけど、朴葉焼きを家で作るって思わなかったから」

ちょっと恥ずかしそうに言う

「そういえば、おせち!美味しかったです。あれも手作りなんですよね?凄いなぁ」

「ありがとう。もしかして、料理は苦手?」

「はい。簡単なものしか出来なくて...教えてもらいたいくらいです」

「じゃぁ、ちょっと手伝ってくれる?お昼、朴葉焼きにしましょ」

「え?いいんですか?お願いしまーす」


私が指示を出して、手伝ってもらいながら料理を作っていく

予定よりも品数も増えた

なんだか楽しい


「ゆきも、こうやって手伝ってくれたら良かったのに」

つい愚痴をこぼす


「え?ゆき..さん、手伝わなかったんですか?でも、煮物とか、お母さんの味そっくりですよ?」

「あら、そうなの?ゆきの料理、美味しい?」

「はい、とても。胃袋、掴まれちゃってます......あ、なんかすみません」

「いいのよ、別に。惚気ても」

「いえ、そういうつもりでは....あ、じゃぁ、私そろそろ帰ります。また時間出来たら伺いますね」

真っ赤になって、ヤダ可愛いじゃないの。




「で、帰ったのか?何しに来たんだ?」

「お父さんがどこかへ出かけちゃったからでしょ?」


お昼をかなり過ぎてから帰宅した夫に顛末を話して聞かせる


「俺にだっていろいろ付き合いもある」

「どうだか」

「味噌、変えたのか?」

「お口に合いません?」

「いや、悪くない」


素直じゃないんだから




その後も、彼女は、ちょくちょくやってきた

土日が確実に休めるわけじゃないらしく

平日に来て、私と料理をしたりお茶をしたりして帰っていく

平日なので、結局、夫とは会えず


「また来たのか?暇なのか?」

夕食時に、話を聞いた夫は言う

「ゆきが言うには、忙しいらしいですよ....あ、そのカボチャどうですか?」

「ん?いつもの味付けと違うけど、美味いな」

「そう、良かった」



そして、また、やってきた

その日は土曜日だった


私は彼女に提案をした




※※※


その日は、朝早いうちから

いつもの場所で釣りをしていた

家から徒歩10分だから、暇があれば来ている

どんより曇っているから、今日は釣れそうだ


「隣、いいですか?」

珍しく、声がかかった

「あ、はい。どうぞ...って何で?」


振り向くとそこには、ゆきと付き合っているという、あの娘が釣竿持って立っていた


「お母さんに竿借りて来ちゃいました」

「やったことあるのか?」

「ちょっとだけ。あ、餌忘れてた...」

「いいよ、コレ」

「ありがとうございます」


見てると、器用に餌を付けている

「針と糸は慣れてるんで」と、よくわからない事を言いながら。



しばらくは無言で釣り糸を垂れていた

少しずつ当たりも出てきて

小さめのカレイを数匹釣っていた


なかなかやるじゃないか

いや、ビギナーズラックか

小さかったので、そのままリリース





「君は泳げるか?」

「いえ、泳げません」


「もし、ゆきが海で溺れていたら、君はどうする?飛び込むか?」


しばらく考えて、彼女は

「飛び込みません」と答えた


「助けないのか?」

「助けますよ、必ず。私が飛び込んでも助けられないから、海から引き上げてくれる人を呼びます。その後は私が何があっても助けます」

お父さんの意に沿わない答えでしょうが...と言いながら目を伏せた



「そうか」



その後、もう一度当たりが来て

そこそこのカレイを釣り上げた、俺が。


「そろそろ帰るぞ」

「はい」



※※※



「おかえりなさい。釣れました?」

「まぁまぁだ」

あら、機嫌は良さそう


「どうだった?」

「楽しかったです」

「良かった。お昼出来てるから、食べてって」

「え?でも...」


「こんなにたくさん、2人じゃ食べきれんだろ」

と言う夫の言葉を

「一緒に食べようって言ってる」

と通訳する


「はい、ありがとうございます」



帰り際には

「もう、来なくていいぞ」

「え?」

「ゆきは、ああ見えて寂しがり屋だから、君がここへ来ると、1人で寂しい思いをしてるんじゃないのか?」


「お父さん、それは許すって事ですよね?」

また通訳ですか


「好きにすればいい」


「ありがとうございます。じゃ、今度は2人で来ます。この街、気に入っちゃったし」


とびきりの笑顔で答える彼女は、娘にしたい程可愛いかった



※※※


「それで、お父さんが釣った魚を持って帰ってきたと?」

「ゆき、さばけるよね?」

「うん。じゃなくて、、しょうちゃん」

「ん?わっ何?」


クーラーボックスから視線を上げ

思わず抱きついていた


「ありがとう。認めてもらえたんだね」

「うん。今度一緒に行こう」

「うん。あと部屋も探さなきゃね」

「あっ」

「忘れてたでしょ?」

「うん、すっかり」

「もぉ〜そういうところも...すき」

そして

自然に唇が重なり合う




「....んっ…あ、カレイ、なにがいい?煮付けかな」

首筋にキスをされながら聞く

「ん…おいしそう」

「さばかなきゃ」

「その前に…ゆきを食べたい」と耳を噛まれる

「あっ…もう」

「カレイより美味しそ」

「魚と一緒にされた」

「泳いで逃げないでよ?」

「もう釣られてるよ」

「一本釣り成功?」

「ん、あっ」

言葉で遊びながら

いつのまにか脱がされ

愛撫が深くなる

久しぶりに触れる肌が

頭の芯を痺れさす



ここ最近しょうちゃんは、休みの度に私の実家に通っていた

結構、遠いのに...

ただでさえ忙しいのに

そんな事しなくていいって言う私に

「大丈夫だよ」と微笑んで

頭の固い父親の許しが出るまで通い続けるみたいだった

ほんとに説得しちゃうなんて凄いな



ただ単に時間がなかったせいか

親に遠慮しているのか

お正月以降、キスと軽いスキンシップのみで、抱こうとはしなかった

たぶん後者かな

1つのことに集中すると周りが見えなくなってしまう愛しい人は、今は隣で寝息を立てている

「カレイの煮付けは、朝ごはんかな」

この先もずっと、隣でこの寝顔を見つめていたいと思う。


※※※


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