第5話 挨拶

「年末年始はどうするの?休みはいつ?」

「30日がオンコールで、それ以外は休みだよ。しょうちゃんは?」

「31日〜1日が当直」

「病院で年越しなんだね」

「うん。ごめん」

「謝らなくても...ちょっと寂しいけど」


「実家、帰るの?」

「う〜ん」

「2日〜3日だったら、一緒に行けるよ?」


しばらく考えてから

「今回は、1人で行ってくる。31日から帰るね」

と言う


「ん、わかった。気をつけて」





0時をまわり、新年を迎えて

病棟が落ち着いた頃に


「あけましておめでとう」のメッセージを送った


すぐに返信はなかったけれど、それほど気にしていなかった


朝になり、元旦だけど病院は動き出す

夕方になり、勤務が終わっても返信はなかった


「ゆき、大丈夫?当直終わったよ。時間出来たら連絡ください」

と、メッセージを送る


しばらくしたら

ゆきから電話がかかってきた



「もしもし」

「しょうちゃん、あけましておめでとう。連絡出来なくてごめんね」

「おめでとう……ゆき?大丈夫?」

「ん?大丈夫だよ」

「もしかして、泣いてる?」

「え?……」

「やっぱり……ゆっくりでいいから、何があったか話して」



※※※


今回の帰省で、しょうちゃんとの事、一緒に暮らす事を話そうと思っていた


いつ切り出そうか、ずっと考えていたんだけど


こちらから言い出す前に、その機会はアッサリ訪れた


「ゆき、良い人出来た?あんまり煩く言いたくはないんだけど、そろそろ結婚考えてもいい年頃だから…」

ありがちな母親の一言で。


「そのことなんだけど」

「うん」

「実は好きな人がいるの。それで、その人と一緒に暮らそうと思ってる。結婚は出来ないんだけど…」

「え?それはどういうこと?結婚出来ない理由があるの?まさか...不倫とか」

「ちがっ、そんなんじゃない。実は…」

「ダメだ!そんなのは許さん。弄ばれてるだけだろう」

まるで話なんて聞いていないと思ってた父親が、突然怒鳴った

「お父さん?」



びっくりしたのと

悲しくなったので

それ以上話せなくなった


時間を置いて

話そうと思ったけど

聞く耳持たない感じだし


それに

今度はどんな反応されるか

怖くなって

結局言えなかった


※※※


「ゆきは、どうしたい?」

「・・・」

「私との事、伝えたい?理解して貰えないかもしれないし、家族を傷つけるかもしれない。それで、ゆきが悲しむなら無理に話さなくてもいいよ」


「・・・でも」

「うん」

「それは、しょうちゃんを否定することになる。それに私自身も。それは嫌だ。たとえ理解されなくても胸を張って生きていきたい」


「わかった。明日、そっち行くから。私が話すよ」

「え?」

「朝、着くように行くから。その事だけ伝えておいてくれる?」

「でも、そんなことしたら、しょうちゃんが...何を言われるか…」

「私は大丈夫だから。前に言ったよね?2人で考えようって」

「しょうちゃん...」

「ゆき、愛してるから」


だから、私のいないところで泣かないで。




ゆきに教えてもらった住所をナビに入力したら、高速使って4時間 と出たので

明け方、出発する

時間帯のせいか、渋滞もなく予定通りに到着した


出迎えてくれたゆきと一緒に家の中へ



「失礼します」

「あら、貴女。ゆきの手術してくれた先生?」

「はい」

「え?あ…そういうこと?」


お母さんは、すぐに察してくれたようだ

お父さんは、黙ったままだ


「あ、これ。つまらないものですが・・・」

手土産を渡す

「ご丁寧にどうも」



「新年早々お忙しい中、今日は時間を作って頂きありがとうございます。わたくし、鈴木祥子と申します。ご報告が遅くなってしまいましたが、ゆきさんと交際させて頂いてます。ご覧のとおり、同性ですので結婚も子供も望めませんが、それでも添い遂げたいと思っています。一緒に暮らす事を許してください。お願いします」

頭を下げる



ふぅ、という深いため息が聞こえた


「だめだな、許すわけにはいかない」

静かな口調だけれど、はっきりと言われる

「君は、医者なんだろ?ゆきじゃなくても相手はいくらでもいるだろう?別に同性同士を否定するわけじゃないけど、ゆきを巻き込まないでくれ」


「お父さん、そんな言い方酷い!巻き込まれたんじゃないよ、私が好きになったの」

「ゆき、おまえは前から女の人が好きだったのか?」

「違うよ、好きになった人が、しょう..こさんだったんだよ」

「だったら、別れれば済む話だろ」

「は?何言って....」

ゆきは、怒りと涙で言葉をなくしていた



「君は、ゆきのことが好きなんだろ?」

「はい」

「だったら、ゆきのために別れてくれ」

「それは出来ません。ゆきさんが別れて欲しいと望まない限り、離れることは出来ません」



「ゆき、別れる気はあるか?」

「あるわけない」

「だったら、縁を切るって言っても?2度とここへ帰ってこれなくなる覚悟はあるのか?」

「あるよ」



「ゆき、思ってもないこと言ったらダメだよ」

「だって、しょうちゃん...」



「すみません、感情的になってるので今日のところは。また改めて伺います」

「もう来なくていいよ」

「いえ、許して頂けるまで何度でも来ます!」

「...好きにしろ」

「ありがとうございます」




「しょうちゃん、私も一緒に帰る。荷物取ってくるから、待ってて」

「ん」




まだ早い時間だったけれど

寄り道せず、自宅へ向かう

とにかく早く帰りたい。という気持ちが強くて


「寝てていいよ、昨夜あんまり寝てないでしょ?」

助手席のゆきに言う


「しょうちゃんこそ、当直明けで来てくれたんでしょ?途中で代わるよ」


「ありがと。疲れたらお願いする」




「しょうちゃん、ごめんね」


ゆきは、そう言ったきり目を閉じた。



途中のサービスエリアで軽めの昼食を取り、運転を代わってもらった


多少の渋滞もあり、ゆきの部屋に帰り着いたのは、夕方だった



部屋に入ると緊張の糸が切れて


「とりあえず」

と言って

ゆきを抱きしめる


「充電中?」

「うん。緊張した」

「しょうちゃんでも?」

「オペの何倍もね」


「しょうちゃん、ありがとう」


ふっ

「充電完了」

「早っ」

「その言葉で、急速充電出来るから」


“ごめんね” じゃなく“ありがとう”が。



「夕飯、どうする?食べに行こうか?」

「あ、母親がいろいろ持たせてくれた。食べ切れないからって」


そう言って、テーブルに広げる


「うわっ凄い、おせちも手作り?」

「田舎はどこもそんな感じだよ」

いろいろ面倒くさい...と溜息を吐く


煮物を一つ、口に入れる

「ん〜ゆきのと同じ味だ。美味し」


それを見て

ちょっと困ったような顔をする



「ゆき、なんかモヤモヤしてる?」

「うん。なんか頭の中ゴチャゴチャ」

「あとでゆっくり聞くから、とりあえず食べよ」

「うん」





「そういえば、お正月なんだね」


ごはんを食べて

お風呂に入って

テレビを付けたら

スポーツニュースで、箱根駅伝と大学ラグビーのダイジェストをやっていた


「しょうちゃん、これ見たかったやつだよね?」

「大丈夫だよ、一応録画してあるし」

「ごめ...」

言い終える前に、唇を指で押さえる

「謝るならキスするよ」

そのまま指でなぞる

「.....ん....」

年が明けて初めての口づけだ




「じゃぁ、聞こうか。ゆきのモヤモヤ。

まず、今、ゆきの心の中で1番占めている気持ちは何?」


「1番は...しょうちゃんが好き」

「うっ..うん、それは今は置いとこうか。じゃ2番は?」


「お父さんが...憎い」

「それは、どうして?」

「しょうちゃんに酷いこと言ったし、別れろって言うし。正直、縁を切ってもいいと思ってる」

「うん、ゆきの気持ちは痛いほど分かるよ。でも、お父さんの気持ちも、今なら分かる。ゆきを愛してるから幸せになって欲しいと思ってるんだよ」

「だからって、しょうちゃんを傷つけていいってことにはならないよ、それは許せない」


「そうだね。私の父親もそうだった。いや、もっと酷かったかな。相手を殴りつけそうな勢いだったよ、流石に女の子を殴ることはなかったけど」

「...それって、綾さん?」

「うん。当時は付き合ってもなかったのに、父親が勘違いして。私は違うって言ったのに、綾が何も言わないから」

「...それは...綾さんが悪者になって、しょうちゃんを守ろうとしたんじゃないの?.....あ、そっか」

しょうちゃんも?と続けて

考え込んだ


「縁を切るのは最終手段だから。やれること全部やって、どうしても許して貰えなかったら...だけど、そんなことにはならないと思う」

「どうして?」

「だって、ゆきを育ててくれた人たちだよ?」

「わかってくれるかな...」


「ということで、次の休みの日に、また行ってくるから。あとは?お母さんのこと?」

「うん。何も言わないけど、傷ついてるんだろうなって...」

「そうだね、出来るなら電話とかで話せたらいいね、話題は何でもいいから」

「うん」


「あとは?大丈夫?」

「1番の、しょうちゃんが好きってやつ?」

「それは...何も問題ないよね?」

「ある」

「え?」


「この前、電話で言ってくれたの、直接聞きたいな」

「えっ..とぉ…」

「忘れたの?」

「わ、忘れてないよ、ちゃんと覚えてる。でも…」

恥ずかしくて言えない

「ふっ、やっぱり言えないかぁ」

「ごめん」

「ううん、やっぱりそれがしょうちゃんだね。わかってるから、いいよ。一度でも聞けたことが奇跡みたいなもんだね」

「初めてだよ、生まれて初めて言った」

「それは…光栄です」

ちょっと照れたような笑顔が眩しくて


長い1日の終わりに

ゆきを抱きしめた



「あのね、しょうちゃん」

「なに?」

「私も...添い遂げたいと思ってます」

「...ゆき.....それ、嬉し..」

「え..泣いてる?」

「だって、それ、最大級の愛の言葉じゃん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る