スマホを変えたら

尾八原ジュージ

スマホを変えたら

「以前姉がスマホを水没させちゃって、それで新しいのを買ったんです」

 それから愛子さんのお姉さんは、様子がおかしくなったという。


 まず、それまであまり使っていなかった通話機能をよく使うようになった。

 スマホを頬にあてて相槌を打つお姉さんの姿を、愛子さんは家の中でよく見かけた。

「お姉ちゃん、最近よく電話してるの誰?」

「んー? 最近できた友達」

「へぇ。仕事関係?」

「ううん、たまたま会った人」

 姉の性格から考えるとそういう出会いは珍しい、とは思ったものの、愛子さんが本当に「様子がおかしい」と感じたのはそこではなかった。

 いないはずの人の話をするようになったのだ。

「従兄の涼介、こないだ結婚したでしょ? そしたら会社の同期とか、バンド仲間とかがお祝いをくれたんだけど、それが全部ペアマグだったんだって」

「そういえば西田さんちのおばちゃん、最近カラオケを習い始めたんだってよ」

 それを聞いた愛子さんは、肌がぞわぞわするような厭な感じを受けた。従兄の涼介さんも西田さんちのおばちゃんも、すでに亡くなっている人だからだ。結婚だの習い事だの、するはずがない。

 変なこと言わないでよ、と嗜めると、お姉さんもはっとした様子で、

「あれ、そうだよね。私何言ってたんだろう」

 と不思議な顔をする。

「誰に聞いたの? そんな話」

「ええと……」

 お姉さんは頭を抱えて「電話で聞いたような気がする」と言い、それから急にしゃべらなくなった。


「気持ち悪いけど、その頃は疲れ過ぎじゃないかって思ってたんです」

 お姉さんのことを心配していたある冬の日、愛子さんが帰宅すると、炬燵の上にスマホを投げ出してお姉さんがうたた寝をしていた。肩に毛布をかけるついでにふとスマホを見ると、画面一面にクモの巣状のヒビが入っていた。

「えっ?」

 もう一度ちゃんとスマホを見ると、ヒビどころか傷ひとつない。気のせいかと思った瞬間、スマホが振動を始めた。

 電話がかかってきていた。相手は「非通知」と表示されていた。

(ほっとこう。お姉ちゃんのだし)

 そのとき、「出ないの?」と声がした。

 寝ていたはずのお姉さんがむっくりと起き上がる。その顔を見て、愛子さんは悲鳴をあげた。

 見慣れたお姉さんの顔ではなかった。

 全く別人の顔立ちのうえ、右頬が大きなスプーンで削ったように抉れ、そこから舌が覗いていた。

 突然頭の中に無数の囁き声が満ち、愛子さんの意識はすっと遠のいた。


 お姉さんの叫び声で我に返った愛子さんは、いつの間にかスマホをコンロで焼いていたことに気づいた。

 本体もSIMカードも、何もかも新調することになったが、それを境にお姉さんのおかしな行動は見られなくなった。

 愛子さんが焼いたスマホは、正規の販売店で買った新品で、いわく因縁があるとは考えにくいものだという。

「でも姉は確か、マイクロSDは誰かに譲ってもらったって言ってたんですよね」

 お姉さんがなぜか頑として教えてくれないので、詳細はよくわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホを変えたら 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ