第6話

それから俺はダンジョンを突き進むことに決めた。

幸い、吸血鬼スキルのおかげで、食べ物は出てくるモンスターの血を啜ればそれだけで事足りたし、腕もジワジワとだが生えた。血を吸い始めてから再生力が上がった気がする。

すでに数日は過ぎており、体感では1週間は経過し、だが俺はダンジョンを突き進む。

性転換薬を手に入れるまで。


ダメになって捨てた金属バットの代わりに途中で拾った大楯をぶん回し、出てくる敵を叩き潰して回る。

盾の使い方が致命的に間違っている気がしないでもないが、素手よりは威力があると、なんなら防御には盾ではなく自らの腕を使ってでも歩みを止めなかった。盾は鈍器。攻撃するための武器というのが今の俺の認識である。

むしろ腕が生えると分かってからは死ななきゃ安いとばかりに、四肢を防御に、盾を攻撃に使いながら五階層のなんか強そうな奴を血塗れになりながらも叩きのめし、しかし性転換薬はいまだに手に入らなかったためにダンジョンを潜り続けた。


五階層を攻略すると、途中で人を見かけるようになったがそれらに気を止めることなく俺は種族スキルによる補正によるゴリ押しで、眠らず、休まず、怯まずにひたすらにダンジョンを探索し続けた。


体感で2週間は経過した頃か。


ついに。

ついに。

目的のものと思われる品を手に入れたのだ。

ボスと思わしき巨獣を殺して出てきた宝箱の中に、赤い液体の入った試験管のようなものがポツンと一つだけ。

途中で手に入れた識別用のアイテムを取り出す。

鑑定紙と名付けられたアイテムなのは事前に仕入れた情報で知っていたため、調べた通りの使い方で紙の上に乗っけると、紙から文字が滲み出た。

そこには性転換薬と書かれており、細かい効能説明も浮き上がってきた。


それを見て思わず涙が滲み出る。


辛い

辛い

辛い2週間であった。

痛いし臭いし苦しいしキツいし。

モンスターの返り血で綺麗な銀色だった大楯は真っ赤、というより赤黒くなっているし、一日中、かけらも休むこと無く、ボロボロになった服を捨てて、道中で手に入れた防具なんかを身につけて、流石の吸血鬼スキルも限界だったのか、体の至る場所に大きな傷跡を携えて、いつのまにか視力を失った片目と、盾に使っていた片腕が動かなくなってきた頃に。

ようやく目的の品を手に入れたのだ。


ああ、

何度死を覚悟したことか。

何度途中で帰ろうと思ったか。

何度ダンジョンに挑んだことを後悔したことか。


しかし、俺はやり遂げた。


剛太郎のむさい笑顔を思い浮かべながら、性転換薬を使ったらどんな女の子になるのだろうと、これでまた遠慮のない親友同士の関係に戻れたらと思考をとっちらかせながら。

なんとか踏ん張って頑張って良かった。

そう思える。

吸血鬼スキルでどうせ治る、苦しみは一時的なものでしかないと思っていたのもあった。

まあ、それは間違いだったみたいだが。


目的を果たした俺は一瞬でダンジョンの入り口へ戻れる蜘蛛の糸というアイテムを使って、ダンジョンから帰還した。


それから俺は一躍時の人となった。


どうやら2週間と考えていた期間は大きくズレていたらしく、実際は1ヶ月以上。

倍以上の誤差があった。


当然、両親は捜索願を出した。


帰還すれば母は激怒、しようとして変わり果てた息子の姿に泣き出す始末。

申し訳ないばかりである。

なまじ吸血鬼スキルの再生力が高過ぎたせいで、再生力が落ちている、もとい限界に気づきにくかったのだ。

剛太郎に至っては俺とのやりとりが云々と責任を感じて、体調を崩していた。

重ね重ね申し訳ない。

警察やらマスコミやらあーだこーだと後処理の日々が過ぎ、ひと段落ついた頃。


俺は剛太郎に目的のものを渡した。


「こんなもののためにあんなことしたの?」

「こ、こんなものって、手に入れるのに、だいぶ苦労したんだぜ?」

「…そんなの見たら判るよ。傷がない場所を探すのが難しいぐらいの有様で、左目だって見えてないんでしょ?」

「まあ、俺のことはどうでもいいだろ?コレがあれば剛太郎は目的を達成できるんだ。

子供だって産めるようになる。前に言ってた好きな男に告白すれば剛太郎ならきっといい返事が貰えるはずだ」

「どうでもよくなんてないっ!!」


うおっ!?


「どうでもいいはずないじゃんっ!!このアホっ!!

なんでっ、なんでっ、そんなことしたんだよっ!!死んでもおかしくなかったんだよ!?

私言ったよね!?あまりにもリスクが大きいって!!危ないって!!」

「し、心配かけたのは悪いと思ってるよ。でも、ほら、どうせなら薬を使ってから、美少女の涙のほうが嬉しいなって」

「茶化さないでっ!!」

「…あ、ああ。すまん」


それから俺は改めて言った。


「俺はさ、あの時の剛太郎とのやりとりが心に引っかかってさ、今まで無かった壁まで感じて、どうにかしなきゃって思ったんだ。

長年の付き合いに壁を作ってしまうくらいの大失言。それを無かったことにする…のは無理でも、許してもらうにはこうするしかないって思ったんだ。だって、口でいくら謝ったところで…」

「まず、そこから勘違いだよ。壁なんて作ってません」

「は?」

「言いすぎたかなって気まずかっただけ。謝るタイミングを見計らってただけ。それだけ。

確かに久方ぶりに長引いた喧嘩だったとは思うけど、そんなことで壁を作るほど浅い関係のつもりはなかったんだけど?」

「まじ?」

「まじ」

「もしかして、は要らなかった?」

「…はぁ」


剛太郎は溜息を一つ。

俺から薬をひったくり、そのまま一気に飲んだ。


「…なんだかんだで女の子になれるならそうなりたいよ。こんなになるまで頑張ってくれてありがとう」

「あ、ああ!どういたしまして!!」

「ところで、男のまま変化ないみたいだけど…」

「それの効果が出るには一晩、寝なくちゃいけないらしいんだ」

「ふぅん、じゃあ明日だね。生まれ変わった私を見せてあげる。家に来てね」

「ああ」


隠していたようだが、当然ながらどうなるかソワソワしていたのだろう。

剛太郎の帰る足は心なしか普段よりだいぶ早かった。









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