第5話
ダンジョンが一般開放されてしばらく。
とあるサイトの書き込みが話題になった。
一度ダンジョンに入ると外に引き返せなくなるという話である。
必ずそうなるわけではないらしく、情報は錯綜し、未だにハッキリとはしなかったが…真偽はご覧の通り。
引き返せなくなった自力で5階層まで進まなくてはならないという。
幸い、吸血鬼の種族スキルはかなり強力なようで、軽く腕を振るった感じゴブリンくらいなら素手で倒せそうである。
金属バットは要らなかったかもしれない。
5階層くらいならばなんとかならないこともない気がする。
とはいえずっと素手で戦うのは色々な意味で避けたい。
一応何かあった時のために水や食料は持ち込んでいるが、少量しかない。まずは宝箱を探してちゃんとした職業スキルにあった武器を手に入れるところから始めたいところだ。
ダンジョンには宝箱とやらが設置されていて、初めて開ける宝箱には開けた人間の職業の武器が手に入るという。
とにかく動くしかない。
「…ぜ、全然怖く無いぞぉ、どこからでもかかってこいぃ」
強がりを口にしつつ、10分は歩いていないだろう。
奇妙な緑色の毛むくじゃらの猿のような生き物の姿が見え始めた。
いや、猿と言うには異様なほどに筋骨隆々、何のためにか角まで生えている。
ネットで調べた情報から察するに、こいつはゴブリン。
フィクションにて序盤の弱い適役として現れる生き物、なはず。
しかし、どう見ても弱そうには見えない。
なんなら普通の野生の猿ですら猛獣扱いになるのに、明らかにそれより強そうな生き物を弱いと言ってしまっても良いのか?
いや、そんなことはどうでも良ろしい。
弱かろうと強かろうと、俺にできるのは先に進むこと。
ビクついて一箇所に止まっていても餓死するしかないと言う後に引けない状況でゴブリンごときにビビッている暇はない。
避けて行きたいところだが、戦いの経験を積むためにも余裕がある今のうちに戦っておきたいところ。
「そらぁっ!」
命懸けの戦闘はもちろん、喧嘩すらまともにした事がない、荒事の経験は過去に剛太郎をいじめてたやつを1人づつブチのめした時以来の俺。
殴り方もよく分からず、がむしゃらに金属バットを振り回す。
吸血鬼スキルを得たなら素手でも大丈夫なんじゃないかと言ったな。
アレは嘘だ。
素手はちょっと怖すぎた。
筋肉やばい。
少なくとも一般人が素手で勝つのは難しそうだ。
状況が許せば闘うどころか近づきたくもない相手である。
「おらぁっ!!」
恐怖心を吹き飛ばすべく、ことさら声を上げてバットを振り回す。
先制攻撃だったのもあったのか、種族スキルのおかげか、ゴブリンは思っていた以上に容易く仕留めることができた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
緊張のせいかたった数十秒バットを振り続けただけで疲労困憊だった。
その後もビビりつつ、ゴブリン以外の敵も見つけては拙くも倒し続け、時に怪我を負いながらもダンジョンの出口を求めて突き進む。
しばらくすると下に続く階段を見つけることに成功した。
この段階で疲労はピークに、と思いきや。
あまり疲れていないことに気づく。
疲れはするが、それ以上に回復力が高くなっているらしく、体調的には何ら問題は無かったのである。
さらには何度か受けた浅くはない傷もいつの間にか治っていた。
この調子ならば性転換薬という目的の品を意外と楽に手に入れる事が出来るのではないかと幸先の良いスタートに喜んでいた矢先のことだ。
腕を噛みちぎられた。
さっときて、バクっときた俺の腕を噛みちぎった犯人は2メートル越えのワンちゃんだった。
いや、ちゃんづけなんて出来ようもないイカつい見た目の、明らかにヤバいモンスターを前に俺はたまらず逃げ出した。
と言いたいところだが、すぐに踵を返してワンちゃんに突っ込む。
逃げたところですぐに追いつかれると考え直したからである。
我ながら片腕を無くしておきながら、よくもまあ冷静に判断できた物で、そのかいあってか噛みちぎった俺の腕をむしゃついて夢中になる無防備なワンちゃんに金属バットを叩き込むことができた。
キャインと見た目にそぐわぬ可愛らしい鳴き声をあげてのけぞるワンちゃん。続け様に殴りかかる。
再度、頭にクリーンヒットした金属バットはひしゃげるが、ワンちゃんの牙やら血やらが飛び散った。
フルスイング金属バットは片腕であっても、だいぶ効いたらしい。
ワンちゃんは倒れ伏し、すぐに動かなくなった。
倒したようである。
呑気に俺の腕を食べていたからだ。ざまぁみやがれ。
と、強がってみるものの無くなった片腕を見て、泣きそうに…というか泣いた。
痛みは種族スキルのおかげかそうでもないが、腕がないという視覚的ショックがものすごい。
生まれつき片腕がない人だって普通に生きているんだから泣くのは過剰反応ではないかと思うかもしれないが、人は正当な理由があったとしても今まで当たり前に出来ていたことが出来なくなることに強いストレスを感じるらしい。
腕を無くすという大事件であればなおのこと。
フィクションだと吸血鬼はすごい再生能力を持っている場合が多いが、吸血鬼スキルではどうなのだろうか?
漫画とかのように是非とも生えてきてもらいたい。
幸い血はすでに止まっている。
だいぶ治りは早いのは分かるが、腕一本が丸ごと再生するかはちょっと分からない。
それからしばらく傷口を見ていたが、どうやら再生はしないようである。
もしくは時間がかかりそうだ。
残念ながら悠長に再生を待っている余裕はない。
そもそも母には数日、友人の家に泊まるという話で出てきたのだ。
それまでに帰らねば、色々な意味で大騒ぎになりかねない。
警察に捜索願なんて出してみろ。
未成年者がダンジョンでうんぬんみたいなニュースからの、ダンジョン入り口の検問がより厳しくなって、再度入り込むことが無理になる。
いや、そもそもとして腕を無くしてしまった段階で騒ぎになることは確定。
母に心配をかけるし、規制強化が無くとも、もう入れなくなるのではないか?
出れない現状を解決したら一度帰宅するつもりだったが、大騒ぎになるのを覚悟の上で、性転換薬を手に入れるまでダンジョンに篭り続けなければいけないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます