第20話 ビバ、ハーレム

 ニーナは『これで水分補給をしてください』と、シルバーパック入りのドリンクを俺に差し出してきた。装備品の合金プレートの隙間には、二日分のサバイバルキットが装備されているらしい。


「カオリ、永瀬さんが目を覚ましましたよ!」


 ニーナがカオリに声をかけた。

 彼女は少し離れたところに腰をおろし、膝を抱えてうなだれていた。


 って、こんな風に膝まくらをされているところをカオリに見られたらマズいだろ!


「も、もう身体の方は大丈夫だから!」


 俺はあせって起きあがろうとしたのだが、またしてもニーナが「いいえ。このままでいてください」と俺の肩を強めの力で押さえ込んできたので、まったく身動きが出来なかった。って、このままじゃ変態扱いされるだろ!


 しかし、カオリは何も言わなかった。

 泣きはらしたような顔。充血した大きな瞳。しかも、ずっとうつむいていて、俺と瞳が合わない。


「…ごめん。私が悪かったわ。償いはなんでもするから、遠慮なく言って頂戴」

「償い? そんなの大袈裟な…」


 カオリは俺の言葉を最後まで聞かずに離れていってしまった。

 元の場所に戻り、膝を抱えてうなだれてしまう。って、普段の勝ち気な態度は一体どこに行った?

 

「カオリは永瀬さんの大怪我を間近で見ていましたから。皮膚が熔け出し、背骨の一部が露出するほどの重傷でした。その原因になったことや、技能階位が『9』にまであがっていたのに、まったく役に立てなかったことに強いショックを覚えているのです。それに、ここは未踏領域です。わずかな不注意が死を招くという現実や、帰還できるあてがまったくないことに、あらためて言いようのない恐怖を感じているのでしょう」

「えっと、帰還できるあてなら、少しだけ、あると思うけど…?」

「永瀬さんが以前に話していた『龍の封印』ですか?」

「あ、ああ。そうだけど、信じてくれるのかな?」

「今は100%永瀬さんの話を信じます。あなたは何度も奇跡を見せてくれました。特に先程の『治癒』の発動は凄まじかったです。重傷を負っていた箇所すべてが白く輝き、ものの数秒で完治してしまったのですから。あれは、私やカオリが知る『巫力』をはるかに超越していました。神のみわざとでもいうべき力です」


 いやいや、そんな大した代物じゃないだろ。凡人の俺が『神のみわざ』なんてあり得る訳がない。

 とにかく俺は身体をひねり、ヤバいことになっていた部分に触れてみた。

 胸にあてていた合金プレートは外されていた。ボディスーツは背中の部分が大きく焦げてしまっていた。素肌にはもう何の変化も感じられない。どうやら本当に治ったらしい。


「あ、あのう…」

「?」


 俺を見おろすニーナの頬に、ほんのりと赤みが増していた。


「私、あらためて、自己紹介をしてもいいですか?」

「自己紹介?」

「命の恩人でもある永瀬さんには、私のことをもっと知って欲しいのです…」


 って、そりゃ俺の方こそもっと知りたいけれど、これは一体どういう展開なんだ? しかもニーナは、膝まくら状態の俺の髪にそっと手を触れ、やさしく撫で始めたのだ。


 こらっ、勝手におっきするんじゃない!

 って、女子とこんな至近距離で触れ合った経験が皆無な俺は、どうやっても勝手に身体が反応してしまうのだ。しかもニーナは、本当にとびっきりの美女。俺はただ『鎮まれ鎮まれ』と念じ続けた。


 ◇◇◇


 ニーナの本名はアヴローラ・パヴロヴナ・ニーナ。

 生まれは中央アジアにある〇〇スタンで、ご先祖様は旧ロシア貴族に遡る名家。彼女は2歳の時に迷宮探索者としての才能を認められたのだが、狭い国土しか持たない本国には『HOLE』が一つも存在しないため、5歳の時に友好国の一つでもある日本へやって来たという。


「私が日本に来た目的は二つあります。一つ目は、正規の迷宮探索者になることですが、こちらの方は永瀬さんのおかげで、すでに達成されたも同然です」

「えっと、なんで俺のおかげなのかな?」

「たった2回の戦闘で、しかも傍らにいただけなのに、いまや私のレベルは18、技能階位の方は『9』にまで上昇しました。正規の迷宮探索者に選抜されるためには、レベル12、そして技能階位『5』という絶対的な基準があるのですが、もうすでに到達してしまいましたから」


 ちなみにニーナの技能は『巫力Ⅱ』の氷系統で、『氷結』と『氷刃』という2つの攻撃系の技能を持っているという。

 実際のところ、攻撃系の巫力って、発動させたらどんなことが起こるのだろう? あとで見せてもらおう。俺にとっても、何かのヒントになるかもしれないし。


 それにしてもニーナは美形過ぎる。少々グラマーすぎる体つきをしていらっしゃるのだが、こうして膝まくらなんかをしてくれると、非常にグッドというか柔らかいというか、すべてが最高なのだ。

 って、そういえば彼女が日本にやって来たもう一つの目的って何なのだ? 俺はたずねてみた。


「えっと、ニーナのもう一つの目的って、何なのかな?」

「は、はい…」


 なぜかニーナが再び頬を赤らめた。


「じ、実をいうと、私の実家は困窮しています。元貴族といっても特別な収入源がある訳ではなく、古い屋敷の維持管理にさえ、代々伝わってきた美術品などを売り払いながらやりくりをしています。こうして日本にやって来られたのも、本国からの資金援助があったからで、そうでなければ今頃は、元貴族や白人女などに歪んだ征服心を持った中東の王族連中などと、お金目当ての見合いをさせられていたはずです」


 ニーナはどこか寂しげな笑みを見せた。

 元貴族とか、中東の王族とお見合いとか、俺にはどうも話のスケールがわからなかった。


「…なので、もう一つの目的は、経済的に頼りがいがある夫を探すことです」

「夫?」俺は驚いた。「ってことは、結婚相手? まだ俺と同い年の16歳なのに?」

「そ、そうです」

「そ、そりゃまた大変だよね、高校生なのに」

「そのような他人事を、永瀬さんには言って欲しくありません」

「い、いや、別に悪い意味はないんだけど…、気に障ったら謝るよ」

「…でしたら、私と一緒に国に来てくれませんか?」

「国? それってどういう…」

「もう思い切ってストレートに言います。永瀬さん、私を妻に娶ってください」

「はい…?」


 そう言ってニーナは切れ長の瞳で、じっと俺を見据えた。


 ◇◇◇


 とにかく俺は混乱した。

 ニーナみたいな美女から『妻に娶れ』などと言われてしまうなんて…。

 もしかして本当の俺は、いまだに死線をさ迷っている最中で、こっちは夢の世界ではないのか? というか、そもそも的に、俺は石油王みたく金持ちなんかじゃないのに、話がおかしすぎるだろ。


「…って、なんで俺なのかな? こっちには経済的な頼りがいなんて、まったくないんだけど? うちはビンボーだし、俺も高校生だし、そもそも稼ぎなんか一つもないしさ」


 俺がそう答えると、いきなりニーナが笑い出した。なんだかとても楽しそうに笑っている。


「何を言っているのですか? 中堅どころのラビリンスウォーカーが一年間の探査活動で稼ぐ平均的なギャランティは3億円を越えているのですよ?」

「さ、3億!!?? ラ、ラ、ラビリンスウォーカーって、そんなに稼げるの!?」

「稼げます。というよりも、迷宮探索史上、桁外れの能力を有する永瀬さんなら、その十倍、いいえ、百倍稼ぐことも、たやすいことでしょう」

「そ、そ、そうなの!?」

「ええ。私達に見せた殺傷能力と治癒能力を発揮すれば、今すぐにでもソロで到達階層記録を更新してしまうでしょう」

 

 あわわわわ。ラビリンスウォーカーになれば一年で3億? ってことは3年で9億? それって毎年ジャンボ宝くじに当たるのとおんなじ!? …って、なんか金額がすごすぎて、まったくリアルに感じられないんですけど。


「もちろん永瀬さんが巫力発動因子の保有者であることは承知しています。どこで誰と重婚されようとも、愛人を何人作ろうとも構いません。一年に数日、数回、私を可愛がってくれればいいのです。そうしてくだされば、私は、私の持つすべてをあなただけに捧げます」

「え、えっと…、確か今、重婚とか、愛人とかって言ってたよね? あと巫力発動因子? なんか全部意味がわかんないんだけど?」


「はい? …まさか、巫力発動因子について、何も知らないのですか?」

「うん。今、初めて聞いた言葉だからさ」

「ほ、本当なのですか?」

「うん」

「…そ、それは、…何を、どう説明したらいいのか」


 その後、俺はニーナの話を詳しく聞いて啞然としてしまった。


 まず、大抵の場合、巫力は遺伝によって伝わるらしい。

 で、鍵となるのは父親の方で、ラビリンスウォーカーの子種には、貴重な巫力発動因子が含まれているらしい。

 つまり、パパが迷宮探索者だった場合、その子供は、ほぼ100%巫力を授かる。

 ママの場合はほぼ授からない。また。ママとパパがどちらも迷宮探索者だった場合は、『ほぼ』が『まれ』に変わった程度には産まれるらしい。


 そしてここからが話のキモになるのだが、我が日本国は常に探索者を求めている。

 なぜなら、探索者が最前線で活躍できるのは、わずか5年程度と短いため、常に新しい人材が必要とされているのだ。そこで国が何をやったかというと、世の女性達に報奨金を与える制度を作り出したのだ。


 ラビリンスウォーカーとめでたくデキてしまった女性には、婚姻の有無に関わらず、妊娠三ヶ月の時点で報奨金として1億。出産した際にも1億。さらに3歳、5歳,7歳のバースデーに各々1億。その上、10歳の誕生日に1億円、合計6億円が支給されるらしい。


 …そりゃあ、モテるだろ。

 色白ぽっちゃりオタ風発汗男子でも、この俺でも。

 ビバ、ハーレム。ウエルカム、お金目当ての女の子ってやつだ。

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