第19話 白い涙
『警告:化学薬品による火傷です。背部から臀部まで広範囲にわたりレベル3、およびレベル3以上の重傷が認められました。即刻、生命維持装置の装着が必要です』
せ、生命維持装置? そんな代物がこんな未踏領域にある訳ないだろ!
って、傷が見えないけれど、俺の身体は一体どうなってる?
視界の四隅が赤に染まっていく。ドドドドドと早打つ心臓音だけが異様にはっきりと聞こえる。
両手の指が勝手に震えていた。身体中の痺れが激しく、身動きすることが出来ない。
ヤバい、これは本当にヤバいだろ!!
「な、永瀬さん! …ああ、なんてことなの? ごめんなさい、ごめんなさい!」悲鳴のようなニーナの声がやけに遠くから聞こえる。
「わ、私、『巫力Ⅰ』を持っているから、『治癒』が使えるわ」カオリの声もとても遠い。「はっ? わたしが技能階位9? いまのでこんなにあがったの? ユウ、ちょっとだけ待って! 今の私なら、絶対に助けられるわ!」
身動きできない俺には見えないが、カオリが技能を使っているらしい。
ユウと呼ばれたのは何年ぶりだろう? カオリも相当あせっている様子だった。
すぐに背中にあたたかいものを感じた。しかしそのあたたかさは、周囲に広がることなく、すぐにかき消えてしまった。
「ど、どうしてなの? なんで効かないのよ!」
「も、もう一度試して下さい!」
「今も『治癒』を発動してるのよ、でも、ちっとも手応えがないの。階位が9もあるのに、何かに弾かれている感じがして、上手くいかないのよ!」
カオリの声には泣き声が混じっていた。
いよいよ視界が狭くなってくる。カオリの『治癒』はまったく上手くいっていないらしい。
ち、ちくしょう! 俺はホントに死ぬのか? こんな訳のわからない場所で、何にも出来ずに!?
って、そう言えば、あの『超微胞』とかいう謎生物は何をしている? 俺は思いっ切り念じた。
『オイコラ、黙って観ていないでナントカしてくれよ! 俺が死ぬとおまえも死んじゃうんだぞ! それでもいいのか? こういう時にこそ、役に立てよ!』
即座に視界に文字列が現れた。
『気分ヲ一新せYO』
はっ? ふざけてんのか? そんな場合じゃないだろ!? こっちは死にかけてんだよ!
『落トSE心拍冷静W必5』
再び文字列が瞬いた。
これは、まずは落ち着けっていっているのか? くそっ、妙な英数字入りの文章が苛つかせる。とにかく俺は余計なことを考えずに深呼吸を繰り返した。
『平静→巫力起動OK? 貴感4身N変ケ部所身傷DE』
再び文字列。他人が見たら意味不明かも知れないが、俺にはおよその意味がわかった。コイツは巫力を発動させるために、異変が起きている身体の部位を感じ取れと言っているのだ。
俺は眉間に集中を高め、沸きあがった黒い帯に、身体の隅々にまで広がるように命じた。
すぐにヤバい場所がわかった。背中の右側からまっすぐ右尻にかけて、ロールシャッハテストのインクの染みのような傷が広がっている。
『要注GO練ル純真白念像』
純真白念像? とても白い像のイメージって?
紙や雪を思い浮かべてみたが、まるで手応えがない。って、そうじゃないのだ。必要なのは、もっと違う何かなのだ。
カオリの涙声が聞こえた。
「…ユウ、ごめんなさい、あなたの近くに行けば、もっとレベルがあがるからって、私がニーナを誘ったの。こんな酷いことになるなんて、本当にごめんなさい…」
カオリが流している涙の滴が思い浮かんだ。
そういえば3年前も、彼女は悲しそうな涙を、俺の目の前で流していたっけ。
カオリは知り合った幼児時代の頃から勝ち気な我が儘っ子だったのだが、なぜか俺だけには優しくて、いつも女ボスと子分というか、二人でいることが当然のことのように、密にからんでくれたのだ。それなのに、中学一年の春、俺は彼女を裏切ってしまった。それもこっぴどい形で。
カオリの涙。俺に向けてくれていた想い。男女間の恋愛感情とかじゃなく、もっと純粋で輝いていたもの。俺が壊してしまったもの。あの時までの時間こそ、真っ白に近いものだったのだ。
そう思った瞬間、眉間に高まっていた黒い帯が一瞬で純白に変わった。
『可可可』
文字列が瞬いた。
俺は白い帯を、自分の傷に注ぎ込んだ。
◇◇◇
なんだかとても懐かしい感じがする。
誰かに褒められて、頭を撫でられているような…。
…って、違うだろ!!
さっきまで、俺は死にかけていたのだ!
俺はまだ生きているのか? とにかく大急ぎで目を開けた。
はっ?
目の前に大きな山が2つ?
…でも、なんだかすっげえ柔らかそう? って、なんだこれは?
俺は無意識的に山に手を伸ばし、直に触れてみた。
プニプニ。というか、あまりの柔らかさに、五本の指ぜんぶが埋まってしまった。
「よかった、起きられたのですね?」
はっ?
山の間から、ニーナが顔をだし、俺を見つめてきた。
なんでニーナが? というか、彼女の右手は俺の髪に触れていた。
…ってことは?
もしかして、この大きな山々は、彼女のおっぱい!?
しかも、この状態って、ひ、膝まくら!?
「ご、ごめん!」
俺は大慌てでおっぱいから手を離し、飛び起きようと試みた。
しかし、結構な力で、俺は両方の肩を押さえられてしまった。
ニーナが微笑んでいた。
「永瀬さんが謝る必要などありません。急に起きあがると、お身体に悪いです。あれだけの大怪我を、自分の力で治したばかりです。もう少し、このままの姿勢で休んでいて下さい」
はっ?
ニーナの切れ長の瞳が、キラキラと優しげに輝いている。
一体、この状況はどういう訳なのだ?
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