第18話 プニキは瀕死たった

 そいつらは、揃って天井を走ってきた。

 って、なんてキモい姿なんだよ!? 俺の背筋がゾゾゾと粟立った。

 

 例えていうなら、人間を縦に真っ二つにして、右半身と左半身に分けたような。そんな二匹の化け物が、

 どちらも片手と片足を器用に動かし、天井にぶら下がりながら走ってくるのだ。

 いや、よくよく見てみると、ぶら下がっている訳ではなかった。刃物のように尖った手足の先を、素早く天井に突き刺しながら進んでいるのだ。


 人間的に内臓があるべきところには、グロテスクな赤黒い器官らしきものが見え隠れしている。

 しかも頭部の形状は…、あのデカくて楕円形の代物は目の類か? もしかしてトンボのような複眼?

 それぞれの頭部のほとんどを、気色の悪い目玉のようなものが占めていた。


 って、こいつらもヒトガタの一種なのか? 思わず俺は『キモ半身野郎』と命名してしまった。

 

 俺は眉間に集中を高めた。

 真っ黒い帯が幾筋も沸きあがり、右手の警棒へと流れ込んでいった。


 やがて『キモ半身野郎』は妙に揃った動作で急に立ち止まると、天井から床に降り立った。って、動作の揃い具合はまるでシンクロナイズドスイミングだろ。


『ガガガッガガガガッガガガ』

『ガガガッガガガガッガガガ』


 どちらも見た目、口と思われる器官が見あたらないのに、ラジオの空電のようなノイズ音をまき散らしてくる。しかも、妙にハモっていやがる。


 いきなり、右側の『キモ半身野郎』が揺らめいたと思った瞬間、俺の真横に立っていた。

 うおっ、めちゃっ速っ!

 と、次の瞬間、俺の視界が勝手にスローモーションと化した。


 間髪入れずに刃物のような腕先が飛んでくる。

 俺は反射的に警棒ではたき落とした。と、今度は真後ろから刃先が飛んでくる。

 いつの間にか、もう一体の『キモ半身野郎』が俺の背後に回り込んでいたのだ。

 俺はなぎ払うように警棒を振るった。

 『キモ半身野郎』がまたしても異様に素早い動作を見せ、揃って後ろに飛び離れた。


 とにかくすばしっこい奴らだ。しかも、前後からの同時攻撃って卑怯すぎるだろ。


 それにしたって、どうして運動オンチの俺が奴らの速さについて行ける?

 そう言えば俺の技能一覧に『剣術』と思われるものがあったけれど、それが関係しているのだろうか?


 再び右側の『キモ半身野郎』が揺らめいたが、俺はあわてなかった。

 理由なんか不明だが、コイツらの動きが読めるのだ。

 俺は踏み込んでくる位置を予測し、鋭く警棒を叩き込んだ。

 斬れたが、手応えが浅い。


『アアガッ』ノイズ音が響く。


 間髪入れず、もう一体が左斜め後方に踏み込んできた。俺は再び警棒を叩き込んだ。

 斬れた。今度は重みのある手応えが返ってきた。


『クアアガッ』再びノイズ音が響いた。


 二匹がシンクロした動作で戸惑ったように後退する。

 右側の奴の脇腹に20cm程の斬撃痕。青黒い血液が滴っていた。手応えは浅かったが、それでもかなりの深傷らしい。


 そして左側の奴は、さらにひどい有り様。左腕が手首付近からすっぱりと切断され、蛇口を開いたかのように大量の青黒い血液が流れ出ていた。


 この程度の相手なら、俺でもイケるだろ。

 そう思った時、奴らがとんでもない行動を見せた。

 

 んん?

 いきなり『キモ半身野郎』と『キモ半身野郎』が寄り添うように近づき合った。

 一体何をするのかと思っていたら、そのまま2匹がぴったりとくっつき合ってしまったのだ。

 

 合体か!?

 今度は、一匹の『キモ全身野郎』が出来あがってしまったらしい。

 雑に見えた合わせ目なんかも、すぐに癒合して消えていってしまった。


 なんでそうなる? んなの反則技だろ!? 合体可能なのはロボットだけのはずだ。


 それに実際のところ、なんだか奴の体つきが筋骨隆々というか、一回りも二回りも大きくなったように思えてしまう。さらに血をまき散らしていた左手首の断面が、もう片方の右手首のあたりで融合し、しっかりと両手で刃を構えるような姿勢になっていた。


 2つ揃った頭部の巨大複眼といい、両手で構えた巨大な刃のような腕といい、今度はどうにも威圧感が禍々しい。


『ガガガッガガガガッガガガ』


 奴は激しいノイズ音をまき散らすと、刃のような腕を、いきなり大きく振りかぶってきた。


<ガキィィッ!>


 激しい打撃音が響きわたった。

 って、なんだよこのパワーは?

 俺は警棒で奴の撃ち込みを受けたのだが、あまりにも重い衝撃に、身体ごと後ろに吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

 ちっくしょう!

 かろうじて踏みとどまったところへ、奴がまたしても力任せに撃ち込んできた!

 防ごうとした警棒がまたしても弾かれてしまった。

 くそっ、奴の連撃が止まらない! というか、どんどん激しくなっていく。

 

 って、奴らはレベル『55』だったけれど、合体したらいくつになるんだ? まさか『110』ってことはないよな?


 激しい連打に、いつの間にか俺の警棒が曲がってしまっていた。

 このままじゃヤバい。俺は絶対に殺られる! って、そうなったらカオリ達はどうなるのだ!?


 そう思った瞬間、いきなり揺らめくような剣筋が見えた。いや、見えた気がしたのだ。

 って、今の動作を俺が再現できるのか…?

 

『くそっ、できなくても、やってやるさ』


 眉間に無数の黒い渦が巻き起こる。

 俺は陽炎のようだった剣筋を忠実にトレースした。

 

 “奴の撃ち込みに対し、俺も激しく撃ち込み返す”

 “奴の刃を止めた瞬間、手首を傾けて警棒の角度を2cm程ずらし、奴の刃を俺の警棒に沿って滑らせる”

 “滑ったその一瞬を狙い、奴の左側に身体を潜り込ませる”

 “間髪入れずに手首を返し、警棒を真上へ鋭く切り上げる”


<ズバッ!>


 切断された奴の両腕が、宙に舞った。


 “高く切り上げた警棒を、宙で離して両手で持ち替え、今度は奴の首目がけて振りおろす”


<ズバッ!>


 切断された奴の首が、どこかへ飛んでいった。


 “再び手首を返し、振りおろした警棒を、今度は水平になぎ払う”


<ズバッ!>


 上下に切断された奴の胴体が、地面に崩れ落ちた。


 わずか一秒にも満たない時間に放たれた三連撃。奴の身体はバラバラになった。


 …わーおっ。

 なんてこった。

 今の俺の立ち居振る舞いは、すごすぎないか?

 まんま達人というか、もはや剣豪とか剣聖のレベル。きっとオビワンとかヨーダなんかにも、今の流れるような一連の剣さばきは不可能だろ。


 その時、俺の首筋に違和感が走った。


『何だ?』


 床に転がっていた奴の首に目を向けると、あのトンボのような複眼が風船のように大きくふくらみ始めていた。


 これはマジでヤバいやつだ!

 後ろに跳んで逃げようとした時、真横近くにカオリとニーナがいることに気付いた。


「カ、カオリ?」

 

 な、なんで二人がそんなに傍にいるんだ!?

 躊躇した瞬間、パンパンにふくらんだ複眼が爆発した。

 何かが周囲にぶちまけられた。

 それでも、今の俺なら避けることが出来る。が、カオリとニーナには到底無理だ!

 

 俺は咄嗟に二人の前に、自分の体を投げ出した。

 途端に何かが背中にかかった。


『くああ…』


 背中が熱い! 燃えてる!


 そう感じたのはわずかな時間だけで、熱さや痛みは、すぐに嘘のように遠のいていった。

 しかし、床に突っ伏したままの身体が痺れて動かない!

 くそっ、カオリ達は無事なのか?

 目を開くと、赤い文字列が視界を埋めるように何度も瞬いた。


『警告:化学薬品による火傷です。背部から臀部まで広範囲にわたりレベル3、およびレベル3以上の重傷が認められました。即刻、生命維持装置の装着が必要です』

『警告:生命維持機能によって痛覚を遮断、神経性ショック症状を回避しました』

『警告: BP380/220 P268 TK44.9℃ 即時、医療的な処置が必要です』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る