第17話 55×2
結局のところ、俺たちはおっかなびっくりしながら例の扉をくぐり抜けた。
って、ここから脱出して地上に帰るためには、ここ以外に進む先がないのだから仕方ない。
実際そこには、あの東京ダンジョンとまったく変わらない五芒星の形にくり抜かれた通路が続いていた。
もちろん俺はカオリとニーナに気付かれないよう、扉の奥に向かって『索敵』を放っている。
作成されたマップによると、ここから先は入り組んだ迷宮なんかじゃなくて、とにかく一本道。俺の索敵の能力では見通せないずっと先まで、ただ延々と真っ直ぐな通路が続いているらしい。
その途中、あちこちの場所で罠なんかがありそうな『!』マークや、やたらデカい数字が付いた赤マーカーが瞬いていた。もちろん一本道には逃げ場なんか存在しない。果たして無事に進めるのだろうか。
しかも、これが俺のモチベーションを大いに削いでくれたのだが、この道の遙か先の方から、どうにも禍々しい圧というか、不穏で不吉な予感が漂ってくるのだ。
今すぐという話ではないけれど、この一本道の先に、どうしようもない程ヤバい奴が待ち受けているらしい。
ちなみに、巫力ⅠからⅤまでの違いについてはニーナが簡単に解説してくれた。
『巫力Ⅰ』は回復魔法系で、習得可能な技能は『治癒』と『解毒』の二つ。
『巫力Ⅱ』は攻撃魔法系で、習得可能な技能は『物理』『氷』『炎』『雷』『毒』『奥義』『神聖』のいずれか一つに連なる複数の系統技能。
『巫力Ⅲ』は重力魔法系で、習得可能な技能は『空間』『重力』『反重力』の三つ。
『巫力Ⅳ』は結界魔法系で、習得可能な技能は『物理結界』『巫力結界』『結界付与』の三つ。
『巫力Ⅴ』は特殊魔法で、習得可能な技能は『複得』『創造』の二つ。
各技能の強度・効能は、技能階位の高さによって決まるらしい。
例えば、『治癒』の技能階位がランク1だった場合、絆創膏を巻いておく程度のかすり傷にしか効果は発揮されない。しかし、技能階位が高くなればなる程、縫合処置が必要な裂傷や、投薬が必要な疾病にも、劇的な効果を発揮するという。
そして『巫力』の中で最も稀で強力なのは、大石がイキッていたⅢではなく、特殊魔法のⅤらしく、実際に技能を有するラビリンスウォーカーは世界にも数えるほどしか存在しないという。
まあ巫力の違いが多少わかったからと言って、いまの状況がマシになる訳ではなかった。
俺の<技能一覧>にⅠからⅤまでがズラリと並んでいたとしたって、それこそ質の悪いバグかもしれないし、そもそも的にどうやって魔法みたいなものを発動させればよいのか何一つわからないので、役に立ちようがないのだ。
ちなみにカオリとニーナは、俺を先に歩かせ、こちらの後方30メートル程の距離を常にキープしながら付いてきている。まあ相変わらずイヤーな感じだったが、マグレでもヒトガタ種とかいう禍憑きを退治できてしまったのだから仕方ない。
とにかく、何事もなく4、500メートル程を真っ直ぐ歩いただろうか。
いきなり五芒星の通路が終わった。というか、何の予告もなく歩いていた通路に傾きがなくなり、四角いタイル張りの廊下に切り替わってしまったのだ。って、こんなの、まんま学校なんかの廊下だろ。
天井には蛍光灯の照明。右側に教室の扉。左側にはガラス窓。それがずっと先まで続いている。
窓の向こう側は、夜なのか黒一色。なにか外がどうなっているのか目を凝らしてみたのだが、何も見えなかった。
俺はすぐに手近なところにあった扉に手をかけた。
索敵では一本道のはずだったが、微妙に違っていたのか?
ん?
なぜか手が弾かれる。触ろうとすると、柔らかいゴムのような抵抗が返ってきて、扉の手前でぐいっと押し戻されてしまうのだ。
力を込めて手を伸ばしても、結果は変わらない。
俺は何度か目のチャレンジの末にあきらめた。なんというか、俺の直感というか予感めいた感覚が、『これは絶対に開かない代物だ』と告げていたからだ。
しかも、扉をよくよく見てみれば、全体の輪郭があいまいというか、絵の具が滲んだように、どこかはっきりしていない気がする…。
「そこで、なにしてるのよ?」ニーナが遠くから声をかけてきた。
「えっと、通路がかわったんだけど、なんか変なんだ」
俺が返事を返すと、すぐに二人がやって来た。
「どうなってるのよ? うちの学校の廊下みたいじゃない? ここって未踏領域のはずでしょ?」
カオリがどこか怯えたような声をあげた。ニーナはしゃがんでタイルに触れようとしていた。
「…おかしいですね。このタイルに触れようとしても、表面になんらかの膜があるように、弾かれてしまいます。見た目は、ごくありふれた塩ビ樹脂だと思われるのですが…」
「この扉も同じだよ。何度手を伸ばしても、触れないんだ」
「それってどういうこと? この窓も開かないの?」
ニーナが窓に近づいた。その時だった。
「ひいっ!」
ガラス窓に、鯨のような巨大な生き物が映り込んだ。
ぬめりとした流線型の全身に、鈍く光る銀色の鱗。マジでとんでもないサイズだろ。って、もしかして窓の外は水槽なのか? それとも海? まったくわからない。それに謎の巨大魚らしき代物は、すぐにどこか消えてしまった。
「今の生物は、魚類の一種だと思われますが…」
ニーナの言葉が続かなかった。彼女はやれやれとでも言うように肩をすくめた。
「私達がエサに見えないことを願うしかないですね」
今の巨大魚は、俺の索敵にまったく引っかからなかった。なぜだろう? なんだかこの廊下のような通路すべてが、まがい物というか、リアルな手応えが感じられないのだ。
とにかく前に向かって歩き出そうとした時、急に首筋に違和感を覚えた。
俺は左側の視界に浮かんでいる簡易マップに意識を集中した。
はるか前方にあったはずの2つの赤マーカーがこちらに向かって近づいている。って、かなりのスピードだろ、これは。
マーカーに付いている数字は、2つとも『55』だった。
って、また闘うのか? この臆病な俺が?
後ろを振り向むくと、カオリとニーナが警戒するようにガラス窓から距離を取っていた。
二人を放り出して逃げるって訳にはいかないだろ。俺は声をかけた。
「早く後ろに戻った方がいいよ」
「ど、どうしたのよ?」カオリの顔におびえが走った。
「ここに何かくる」
俺は警棒を抜き放った。
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