第13話 冒険が始まるぞ

「これは何なのよ? 」


 カオリが言ったが、俺は肩をすくめてみせること以外出来なかった。

 摩訶不思議なことに、目の前の扉には厚みというものがまったくなかった。真横から見ると、ただの一本の縦線になってしまうのだ。同じカードを貼り合わせたように、前も後ろも寸分違わぬ同じく古びた扉。真鍮のドアノブについた染みもまったく変わらなかった。この扉の向こう側は一体どうなっているのだろうか?


 一方、ニーナは扉の回りを忙しく動き回りながら、『…六次元以上の不可分の統合体と非局所性がこの扉を生じさせている? まさかこの扉の中では脳によるタイムリミット制限が存在しない? 亜空間と連続体のオーバーラップ的な事象…?』などと訳のわからない言葉をブツブツと吐きだし続けていた。


 あの三つ首竜のミイラに肩を噛まれて気を失った後、俺は横っ腹の辺りをツンツンされて目を覚ました。

 目を開けてみると、カオリがじっと冷たく見おろしながら、つま先で俺を蹴っていたのだ。まったく酷い起こされ方だった。こんなのはカブトムシの死骸以下のひどい扱いだろ。


 とにかくカオリとニーナは、俺が気を失っている間に『時間よとまれ』の状態から脱出できたらしい。 頭をフリフリ立ち上がってみると、二人は呆然とした視線をあの扉に向けていたのだ。


 やがてニーナが恐る恐るドアノブに触れ、開けようと試みた。


「だめです。開きませんね」

「私がやってみるわ」カオリが代わり、ドアノブをガチャガチャ言わせたが、扉はびくともしなかった。「開かないわ。って、考えてみたら、こんな扉、開かなくて当然じゃない?」


 って、そう言えばあの三つ首竜のミイラは『封印を解け』と俺に言わなかったか? それに『我叶汝欲渇望富』という文字列。あれは、おそらくもしも封印を解いたならば、どんな願いも叶えてやるぞという意味だろう。例えば『元の世界に帰りたい』という願いであっても。俺は二人に打ち明けた。


「じ、実はさ、この三つ首竜のミイラが、俺に封印を解けって言ったんだけど」

「はああ? 封印?」


 カオルとニーナが動きを止め、本物のバカを見るような目つきを俺に向けてきた。って、仕方ないだろ。本当に事実なんだから。


「あんたまだ厨二病こじらせてんの? ホントにバカじゃない? どうやったらミイラの竜が喋れるようにわるわけ? 第一、私達ずっと一緒にいるけど、あんたがいきなり気を失っただけで、そんな話、何ひとつ耳にしていないんだけど?」

「いや、竜の言葉は頭の中に響いてきたし、その時は時間が止まってたし…」

「時間が止まった? …もしかしてあんた、いやらしい妄想していない? 頭に言葉が響いたとか時間が止まったとか、ものすごく不思議な話よねえ。どこに証拠があるの?」


 そう言われて俺は思い出した。実際に右肩を痛めに噛まれているのだ。


「そう言えば、その頭蓋骨に肩を噛まれたんだ」


 俺は傍に転がっている三つ首竜の頭蓋骨を指差し、自分の胸の合金プレートを外した。次いで襟元のジッパーをおろし、むき出しにさせた自分の右肩をカオルとニーナに見せた。


 って、あれ? なんだか傷が小さい? っていうか、全然血が出てないし…。 いやいや、俺は確かにカプリと噛まれたはずだ。これはおかしいだろ。


「はああ? なにこれ? 虫刺され?」カオルが鼻で笑った。

「微妙ですね。確かに赤くなっていますが、あの巨大な三つ首竜の頭蓋骨に並んだ牙列とはまったく重なりません。というか、そもそも的に本当にそこの竜に噛まれたとしたら、そんな些細な傷で済んでいるはずがありませんし、そんなことはほんの少しでも知性があれば気付くと思うのですが」ニーナも小馬鹿にするような目つきを俺に向けてくる。


「い、いや、でも…、俺はここから毒みたいなものを身体に注入されたっていうか…」

「いい加減、その情けないお口を閉じたらどうかしら? あんたの話、変に病んでるってレベルじゃないわよ?」

「…わかったよ。そこまで馬鹿にするんだったら、俺一人で解いて見せるさ」


 俺はヤケになってドアノブに手をかけた。どうせ開きやしないのだ。

 と思って力を入れてひねったのだが、ノブがカチャリと回ってしまった。何の抵抗もなくスムーズに。


「はっ?」

「…も、もしかして、開いたの?」

「う、うん。たぶん、開いたと思う…」

「な、なんで開いたのよ!?」

「そ、そんなの俺にもわかんないよ!」

「ちょ、ちょっと待って! そのまま動かないで!」


 カオリが俺を止めた。そしてニーナと顔を寄せ合い、何事かをごにょごにょと話し始めた。と、次の瞬間、二人がいきなり小走りで俺から遠ざかっていった。


 30メートル位離れただろうか? 立ち止まったカオリが大声で言い放った。


「もういいわよ! 開けてみなさい!」

「…なんでそんなに遠くにいるんだよ? なんかさ、すっげえイヤーな感じがするんだけど」

「そんなの気のせいよ。いいから早く開けなさい!」


 まったくふざけた態度だ。俺はため息をつき、扉に向き直った。

 とにかくドアノブは回ったし、後は扉を開くだけだ。実際、扉の向こうからは、嫌な予感めいたものは漂ってこない。まあ大丈夫だろ。それにこの妙な空間から脱出しなければ、俺たちはどうにもならないのだから。


 俺は思いきって扉を開けた。


 へっ?

 俺の身体の毛穴という毛穴が一瞬でチキン肌と化した。

 そこには化け物がいたのだ。


 二本の腕に二本の足。ぱっと見は人間のようだが、巨大な灰色の図体と頭部だけがまるで違う。

 かさぶたを雑に丸く固めたような顔面の形状。左右に突き出た触覚らしき代物。さらにはゼリー状の唾液が滴る口らしき赤い裂け目から突きだした鋭い二本の牙。そいつはまんまカブトムシの幼虫のような面構えをしていたのだ。

 

「シャアアアアアッ!」


 ひいいいいいっ!

 何の予告もなく、そいつが扉から飛び出してきた。



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