第12話 三首竜
「な、なんなのよ、これ…?」
カオリの声に、やや震えが混ざっていた。
まあ、それも仕方ないだろ。舞台のように高くせり出していたところには、恐竜のような化け物の死骸が横たわっていたからだ。
というか、こんなに巨大で不気味な生物は地球上に存在しない。床で絡み合う蛇のような長い三つの首と、突き出した角や牙だらけの凶悪そうな面構えをした三つの頭蓋骨。さらに背中からにょっきりと生えた禍々しい大翼。まるで何かの怪獣映画に登場するような…、というか、まんまキン〇ギドラとかいう三首竜だろ。
実際のところ、この化け物のリアルなサイズ感を伝えてくれたのは、例の眼球だった。
あれが最も大きな角を生やした頭蓋骨の傍らに、ぐしゃりと潰れて落ちていたのだ。この三つ首竜には、バレーボールサイズの目玉がぴったり来る。全長は軽く20メートルを超えるだろう。
「み、三つ首の巨大生物…?」
ニーナと呼ばれたか異国人女子の声にも震えが混じっていた。
「どうやら作り物とかじゃないみたいよ」
カオルが恐る恐る、化石のように干からびた胴体に手を伸ばした。ピンと伸ばした人差し指で、ツンツンと鱗をつつく。
「石みたいに固いわ。化石かしら?」カオルが言った
「化石というよりも、これは完全に風化した遺骸でしょう。剥出された骨格や硬化した筋組織などの状態から鑑みて、腐敗することなく朽ちていった状態だと思われます。この空間には有機物を分解する微生物が存在しないようですね。南極大陸で発見された太古の動物の遺骸の状態に近いと思われます。私達がここで死んだら、完全なミイラになれそうですよ」
「ミイラになるなんて遠慮しておくわ。相変わらずニーナは物知りで賢いのね」
「賢くなんかありません。物好きなだけです」
どうやらニーナと呼ばれる外国人女子は、その物言いから見て非常に頭が良いらしい。彼女もカオルと同じように干からびた三つ首竜の胴体に手を伸ばした。
「この三つ首は生物学的に絶対にあり得ないデザインです。高エネルギーを必要とする脳を、長い首の先に三つも有するなんて、あまりにも効率が悪すぎます。あのキリンでさえ脳に血液を送るために他の哺乳類の2倍もの血圧に耐える心血管系を発達させたというのに、こんな三つ首の姿で地上を歩き回っていたとしたら、それこそ頑丈なゴムチューブや、内燃機関付きの動力ポンプが必須だったはずです」
「ダンジョンに出現する禍憑きなんて、どれも常識が通用しない謎生物ばかりだもの。きっと深く考えない方がいいのよ」
「確かにまるで理屈が通用しませんね。でも、この奇妙な眼球の行動には、明らかに知性が伺えました。まるで誰かを探していたような…」
今度はニーナが潰れた眼球の前に屈み込んだ。潰れた膜からゼリーのような透明な液体があふれ出ていた。
「そうね、確かに何かを探していたように見えたわ」
「この眼球は形状や付帯する神経組織などから鑑みて、やはりただむき出しになっただけの眼球です。この中に思考回路や、フワフワと宙に浮いていられる機能が組み込まれていたとは到底思えません」
「本当に訳がわからないことばかりだわ。中でも最悪なのは、ここが完全な未踏領域に間違いがないことよ。私達、どうやったら、地上に帰ることが出来るのかしら?」
カオルの問いかけにニーナは何も答えなかった。
俺の索敵によれば、この場所に出入口の類はなかった。唯一の手がかりと言えば、『※※※』という表示が瞬いていたこの三つ首竜ということになるのだが、ミイラ状態のこいつに出口への案内が出来るとは到底思えない。とにかく、現状は完璧に詰んでいた。
「それにしても、いやらしい変態が一緒だなんて、最低最悪のサバイバル生活になりそう」
再びカオルが氷のような視線を向けてきた。これこそ八つ当たりって奴だろう。
「お、俺は変態じゃないってば。それに、ここに飛ばされたのだって、別に俺が悪い訳じゃないだろ?」
「ふん。どうかしら? そういえば、どうしてあんたがあのエリアにいきなりやって来たのよ? それからじゃない、あんなことが起こったのは?」
「あ、あれは、ええと… そう、思いだした。実習の最中に、俺の教官が妙な反応を感じてさ、そ、それを確かめにというか調べに来たというか…」俺は嘘をついた。
「ふん、あんたの話なんて、もうどうでもいいわ。どうせ何一つ役に立たないんだから。とにかく、あんたみたいな変態は、私達に話しかけないで頂戴」
「はああ?」
いくらなんでも、この物言いは酷過ぎるだろ。俺は頭にきて、手近なところに転がっていた三つ首竜の頭蓋骨を軽く蹴っ飛ばした。
と、その時だった。
いきなりその頭蓋骨の一つがふわりと宙に浮き上がったのだ。
「は?」
それはためらうことなく俺の左肩にカプリと噛みついてきた。
「痛たっ!」
ミ、ミイラが動いた!? って、マジで噛まれているし俺! ど、どうするんだよこんなの!
俺はカオルに助けを求めた。って、なんか様子がおかしい? 後ろに振り向こうとした姿勢のまま、カオルが動かずに凍りついている。その後ろに立っているニーナも、栗色の髪をかきあげようとした姿勢のまままったく動かない。
…まさかこれってAVなんかで人気のシュチュエーションと同じアレか?
確か『時間よとまれ』とかなんとか…。
その時、頭の中で言葉が爆発した。
『汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点汝収斂点…』
これは言葉なんかじゃない! 思念の塊をギュッと握りしめて一塊にし、それを一気に爆発させたような代物だ。くそっ、頭がとんでもなく痛い。まるでブワっと脳が膨れあがり、頭蓋骨に押しつけられているような圧迫感。俺は耐えきれなくなって叫んだ。
『あ、頭を蹴ったのは悪かったです、だからもうやめてください!』
すぐに言葉が止んだ。嘘のように痛みが引いていく。今のはテレパシーの類なのか?
俺は目を開けて自分の肩を見た。って、いまだに三つ首竜の頭蓋骨が噛みついたままだった。
「い、いい加減、俺の肩から離れてくれませんかね?」
俺は三つ首竜の頭蓋骨に抗議した。と、途端に再びあの言葉が破裂した。
『我血械注与我血械注与我血械注与我血械注与我血械注与我血械注与我血械注与我血械注与…」
「それはもう止めてくださいってば!」
俺は叫んだ。再びすぐに言葉が止まった。
むうっ? 今の『我血械注与』って、なんだかものすごく嫌な感じがするだろ。噛まれているカ所が妙にジンジンと痺れてるし、なんだかコイツの言いたいことが漠然とわかってしまったような気がするのだ。もしかしたら俺の体内に、何か変なものを注入しているのか?
「ス、ストップです。俺の身体に、毒とか薬物とかは、おお、お断りですから」
と、今度はいきなり俺の視界の中で、真っ赤な文字列が瞬いた。
『超微胞我借汝不活性域脳深部』
はああっ!? なんで俺の視界の中に、コイツの言葉が表示されているんだよ!? UBDユニットはどうなっている? って、いきなり背筋をゾゾゾッと不吉な予感が駆け抜けた。も、もしかしたらコイツは、『俺の脳の深部に自分の細胞を送り込んだ』とでも言っているのか?
『是爰此是爰此是爰此是』
って、これは全面イエスってことか? というか、即座に俺の考えがわかってしまうって、ヤバすぎるだろ! まさか、俺自身がコイツに寄生され、人格を乗っ取られてしまうとか? そんなのは冗談じゃない。 俺は肩に噛みついている三つ首竜の頭蓋骨を刺激しないように、やんわりと抗議した。
「あ、あのう、そういう危ないことは、勝手にしないでもらえませんかね?」
再び俺の視界で赤い文字列が瞬いた。
『無害疑惧我矮小』
これは心配するなとでも言っているのか? って、ミイラの竜と話が出来るなんて、どうにも奇妙な出来事過ぎるだろ。と思った途端、一際大きな赤い文字列が俺の視界の中で瞬いた。
『令解除封印』
「ふ、封印? …まさか、それを俺に解けってことですか?」
いきなり空気がビリビリと細かい振動を始めた。
な、なんだ? 今度は何が起こる? そう思った次の瞬間、宙に扉が現れた。
いやまたこれは奇妙なシロモン過ぎるだろ。
地面から50cm位上のところに、古びたスチール製の扉だけがプッカリと浮いて立っているのだ。
もしかして、あの扉を開けたら、別の場所に行けるとか?
『令解除封印。我叶汝欲渇望』
三つ首竜の頭蓋骨がやっと俺の肩から離れた。
途端に俺の視界がぐにゃりと歪んだ。いきなり足元の感覚がなくなっていく。って、俺は覆い被さってくる真っ黒いものに意識を飲み込まれた。
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