第11話 ラッキー&ヘル

 …うん? なんだ?

 俺の左右の腕が、とっても柔らかいものにあたっている。

 この感触はヒジョーに心地よい。ふわふわで、トロトロなのに、程よい弾力があって、実にフィールズソーグッド。

 

 って、そう言えば、なんか大事なことを忘れているような気がする。

 確か、ついさっきまで、俺は大変な目に遭っていたような…。

 

 そうだ、思い出した! あの大音響に巨大な目玉! それに、カオリだ! 彼女は無事なのか!?


 俺はハッとして目を開けた。

 妙な気配を覚え、急いで左右に首をふってみる。

 うわっ、いくらなんでも、これは近すぎるだろ!

 右側にはカオリの寝顔、左側には栗髪の外国人の寝顔。しかも二人とも、俺の左右の肩を枕にするようにして気を失っていたのだ。

 

 俺が3cm程顔を動かしたら、すぐさまキスが出来てしまう程の超至近距離。とにかく俺はあせった。こんな間近なところから女の子の素顔を見るなんて、人生初の出来事だったからだ。


 それにしたって、二人揃って、なんて可愛らしい寝顔なのだろうか。俺は全身がカッと熱くなるような、たぎるような感覚を覚えてしまった。


 しかも、俺の左右の腕が感じている心地よい弾力の正体が判明してしまったのだ。

 二人とも同じように俺の腕をギュッと抱えて胸に押しつけている状態。つまりはアレだ、俺はおっぱいの感触を、左右からダブルでダイレクトに感じてしまっていたのだ。


 って、まずは落ち着け。というか、この状態はヤバイだろ。こんな体勢でいるところで左右の女子に目覚められたら、いらぬ誤解を招いてしまうかもしれない。


 俺は、すぐ傍にあるカオリの柔らかそうな唇や、長い睫毛をまじまじと見つめ、心に焼き付けた。

 こんなラッキースケベには、二度と恵まれやしないだろう。

 本当に名残り惜しかったのだが、俺は二人を起こさないように気をつけながら半身を起こし、自分の左右の腕を、抱えられた状態からゆっくりと引き抜いた。

 

 と、その最後のところで、俺の手の平がカオリのバストに触れてしまった。というか、その瞬間、俺の動き勝手に止まってしまった。


 俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。

『ち、ちょっとだけでも、指を動かしてみたい…』という強烈な欲望。

 …いやいやいや、それだけはだめだ。いくら俺がスケベだとは言え、カオリを汚すようなことは絶対にしてはいけない。


 俺はギリギリのところで踏ん張り、極力バストには触れないようにしながら腕を引き抜こうと動いた。

 と、その時だった。

 カオリの身体が跳ねるように動き、大きな瞳がパチリと開いた。

 その瞳がじっと俺を見つめ、次いで、俺の右手の先に向けられた。って、これは激マズだろ!? 俺がおっぱいに触っているようにしか見えない!

 

「な、なにしてるのよ!」


 カオリの左足が素早く動き、俺の脇腹を蹴りあげた。


 ゲボッ、モロにみぞおち。って、息が出来ん!

 俺は腹部を抱えながら、その場に突っ伏した。


「きゃああ!」


 即座に甲高い悲鳴があがった。

 ちょっ、今度はなんなんだ? 胃がでんぐり返るような痛みをこらえながら薄目をあけてみる。

 うわっ。こ、これはヤバ過ぎだろ! この柔らかくて弾力のある深い谷間は、間違いなくおっぱいだ。

 クソっ、どうやら俺は、外国人女子の胸部に、顔面から突っ込んでしまったらしい。


「なにやってるのよ、この変態! ニーナから早く離れなさいよ!」


 俺は激しく背中を引っ張られた。

 って、息が苦しくて動くことが出来ない。

 こんなのはラッキーから真っ逆さまだ。俺はただ悶絶し続けた。


 ◇◇◇


「いいこと? あんたは私とニーナに近づかないで。絶対に半径2メートル以内に近づかないで」


 カオリはアブラムシを見つめるような目つきで俺に厳命を下した。

 何度『誤解だ』と繰り返しても聞き入れてもらえなかったため、俺はかなり離れたところから彼女らの後ろ姿に付き従うしかなかった。ったく、やれやれだ。


 とにかく俺が一方的に変態認定されてしまった後、俺たちは目を覚した場所が一体どこなのか、周囲の状況を確かめてみることにしたのだ。


 実際のところ、ここはとても奇妙な場所だった。

 天井が異様に高い半円形ドームのような広い空間。照明器具などはどこにも見あたらないのに、なぜかやんわりと明るい。中央部分には、何かの舞台のように、高くせり上がった場所があった。


 そして埃のような綿状の物体が均一に広がっている床。継ぎ目がどこにもなく真っ平ら。踏むと微かな弾力がある。一体どんな物質で造られているのだろうか? ダンジョンに穿たれた五芒星の通路のように強烈な違和感を覚えてしまった。


 さらにその床には、点々と染みのような血痕が続いていた。


 血痕は乾いていないからまだ新しい。もしかしたら俺たちを巻き込んだあの例の大目玉が滴らせたものかもしれない。カオリと外国人女子はその痕を一歩ずつ慎重に辿っていた。


 時おりカオリとニーナと呼ばれたか異国人女子がこちらを振り向いて、警戒心丸出しの視線を向けてくる。俺はまるでバイキン扱いだ。


 って、そうだよ、俺は大事なことを思い出した。

 俺には『索敵』の技能があるのだ。しかも、実際のところはよくわかっていないのだが、技能階位で言えば『9』、これは米軍さえも拉致を企んでしまう程の高さらしい。だったら、こんな緊急時に使わないでどうする?


 俺はUBDユニットを立ち上げ、眉間に巫力を集中させて索敵を放った。

 すぐに左腕上部のウインドウに円形のみのマップが表示される。

 妙な罠はなかった。禍憑きはいないし、嫌な予感も感じられない。しかし、前方にせり出している舞台のような場所には、『※※※』という表示が瞬いていた。これも何かのバグだろうか?


 カオリに声をかけようとしたところで、俺はもう一つ重要なことを思い出した。例の『秘匿規程事項、特Ⅲ』とかいう奴だ。

 俺が索敵の技能階位9を持っていることは絶対のNGワード。というか、おそらく軍法会議に引っかかるのは技能階位の高さだけで、索敵の技能を持っていること自体は打ち明けても問題ない気がする。けれども、もしもすべてがダメだったら、カオリ達に余計な迷惑をかけてしまうかもしれない。


 まあ、こんな場合は何も話さないことが正解だろう。

 それにカオリとニーナと呼ばれたか異国人女子も、いよいよ謎めいた『※※※』という表示が瞬く場所に近づきつつあった。というのも、床の血痕がそこに向かって続いていたからだ。







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