第9話 秘匿規程事項、特Ⅲ
「第二階層は地形も複雑な上、様々な罠が存在する。それに貴様のクラスメートらも、ここで『禍憑き』相手に実技の訓練中だ。今度の索敵は、俯瞰図の作成だけではなく、それらの位置をもマークしてみせろ。識別しなければならない情報量が膨大になるが、混乱せずに出来る範囲でやってみせろ」
「あ、あの…」俺は思わず手をあげた。
「なんだ?」
「…禍憑きって何ですか?」
って、とにかく言葉の響きからして、ヤバイ感じがビンビンするだろ。すぐに秋元曹長が答えてくれた。
「禍憑きは迷宮内に棲息する有機生命体の総称さ。深い階層に行けば、とんでもない化け物と出会えるけれど、浅い階層には、候補生でも倒せる雑魚しか出現しない。まあこの階層なら心配はいらないよ」
心配ないと言われても俺のテンションはダダさがった。やはりダンジョンには魔物みたいな奴が現れるのだ。何も知らない俺なんかは雑魚中の雑魚であることを自覚して、とにかく狩られないように気をつけなくてはならないだろう。
「では、巫力を高めろ。今度は自分のタイミングで好きに撃ち出してみせろ」
俺は『巫力』を額の中心に集めた。
一瞬で真っ黒なものが沸きあがってきた。これが二度目で慣れてきたからなのだろうか? 今度は静電気ではなく、黒いものが力を帯び、いくつもの束になってブンブンとうねるような感覚を覚えた。それをさらに凝縮するようにして固めていくと、黒色のボールがイメージできた。ずっしりと重く固く感じる。
俺は先が全く見通せない第二階層の通路に向かってボールを撃ち出した。
再び万華鏡のように、様々な光景が忙しく切り替わる。嫌な予感が漂う迷宮内の曲がり角や影の向こう側。昆虫の化け物のような異形の生物。ヘルメット姿でつるんでいる特選クラスの連中…。
うええ、気持ち悪い。早送りの映像を超至近距離から直視させられているような拷問まがいの感覚。洪水のように流れ込んでくる圧倒的な情報量に頭がクラクラしてしまう。
とにかく、俺は自分のUBDユニットで地図を確認してみた。
広さで言えば第一階層のおよそ5倍。複雑に入り組んだ迷路のあちこちに、幾何学的な形をした広い空間が5箇所あった。迷路上の通路や曲がり角で『!』付きマーカーが点滅しているが、ここはおそらく何かの罠が仕掛けられている危険な場所だ。ざっと数えてみると23カ所もあった。
また、それぞれの幾何学模様の大部屋の中では、青色のマーカーと赤色のマーカーが動き回っていた。マーカーの数が多い青は人間、そして少ない赤は、例の禍憑きを指しているらしい。
すべての色付きのマーカーには数字が記されていた。青は45と飛び抜けて高い数字が一つで、残りは10から2。赤はすべて揃って1。さらに俺が突っ立っている現在地点には、青の38と31のマーカーが2つ。ということは、おそらく数字はレベルを表示しており、青の45は元捜佐だったという斉藤先生、青の38は田島二等隊尉、そして青の31は秋元軍曹を指し示していると思われる。
ふと顔をあげると、秋元曹長がじっと俺を見ていた。いや、睨んでいるのか? なんだか目つきがやけに厳しい。って、俺は何かヘマをやってしまったのだろか?
やがて田島二等隊尉が怪訝そうに言った。
「秋元軍曹、どうした? 試験結果を報告しろ」
「し、失礼しました。…田島二等隊尉殿、永澤裕也被試験者について、『索敵』の技量階位『9』を確認しました」
「な、なんだと? 『9』だと?」
田島二等隊尉も厳しい視線を俺に向けてきた。不審者と見間違えた、あの時の怖い目つきだ。
「…秋元軍曹、『9』という階位に間違いはないのか?」
「はい。繰り返し確認しました。第40から第321までの項目すべて適正、適化速度は580%にまで上昇しています。さらに、地形適合率、危険区域発見率、生体発見率、生体識別率、生体追尾率、生体階位解析率、いずれもすべて100%の合致率です。しかも、格子グリッド上に欠損がまったくありません。このマップ規模で0%の欠損率とは、実のところ、ワールドレコードの可能性もあるかと…」
すぐに田島二等隊尉が左腕を前にかざした。きっと俺の俯瞰図を確認しているのだ。
「…ふうむ。これは確かに、ザッツパーフェクトな出来映えだな」
「ただの候補生が技量階位9を有するなど前例がありません。というよりも、常軌を逸しています。最初から試験をやり直しますか?」
「いや。手順は適正だった。しかも試験者にとっては、間違いなく初見となる階層だ。必要ないだろう」
「…この後は第三階層での試験を予定していますが、そこでは技量階位『9』以上の測定が不可能です。どうしますか?」
「試験は打ち切る。これは想定外の事態だ」
田島二等隊尉が再び俺を睨んできた。が、今度は口元に笑みのようなものが浮かんでいた。
「秋元軍曹、『秘匿規程事項、特Ⅲ』を発動する。永澤裕也候補生の技能試験に関わる事柄は、今からすべて極秘扱いだ」
「田島二等隊尉殿、『秘匿規程事項、特Ⅲ』の発動を了解しました!」
秋元軍曹が胸に右拳をあてながら、吠えるような大声で応えていた。って、秘匿規程事項って何のことだ? なんだかまた嫌な予感しかしない。田島二等隊尉が言った。
「貴様もこの試験のことを、何一つ口外するな。誰かに話した場合は、おまえも、おまえの話を聞いた奴も、軍法会議で厳罰が下されることを覚悟しろ。死罪もあり得るぞ」
「し、死罪? いきなりですか?」
「仕方ないのだ。索敵の技量階位『9』を持った候補生の存在を、例えば米軍なんぞに知られた日には、おそろしく面倒なことになるからな。もしも気付かれたら、貴様の知らないところで勝手に米国への移民申請が出され、0.1秒後には発給のスタンプが押される。さらにその直後、貴様はどこにいようが猛者揃いの特殊部隊に軽々と拉致され、マッハ10の速度で米国に移送されてしまうだろう。これはジョークの類ではない。実際に、極めて有能だった隊員が米軍に強奪されてしまった前例があるのだ。今後、貴様の行動は『秘匿規程事項、特Ⅲ』に従い、UBDユニットで逐一監視される。うかつな自慰行為も筒抜けになると覚悟しておけ」
うへええ。俺が監視される? って、一体どういう訳なんだ? オナニーも気軽に出来なくなるなんて、不自由過ぎるだろ。今夜のオカズ用に、田島二等隊尉殿のエロ過ぎるお身体をしっかりと脳細胞に焼き付けておいたというのに…。
「よし。今夜、貴様に時間はあるか?」田島二等隊尉が言った。
「へっ? 時間、ですか?」
「うむ。私と供に過ごすための時間だ」
「はっ? 供に?」
「貴様が逸材であることは間違いがない。だから未使用の下半身の方も、逸材であるのかどうか、私が確かめてやるというのだ」
「田島さん、彼はまだ未成年ですし、さすがに手を付けるのは早すぎるかと…」
「心配するな。都条例に従い22時までには帰宅させるし、この出会いは二人の運命が絡み合った結果なのだ。まあ今回は休憩コースが適切だろうな」
きゅ、休憩コースって、一体何の話をしているのだ? 童貞喰いだとか言ってたけれど、これは俺のことを喰ってくれるということなのだろうか? って、マジで期待していいのか?
その時だった。
『しかし淫行条例に引っかかる可能性が』『いやいや愛があれば問題はない』などといった田島二等隊尉と秋元軍曹の言葉が、急に遠ざかっていく。まるでヴォリュームを絞ったかのように。
どこか妙な感覚。首筋に違和感。そして何かよくないことが起こる、嫌な予感…。
俺はUBDユニットで地図を呼び出した。
『これって、どこだ?』意識を集中してみると、ある大部屋に波紋のように点滅するマーカーが現れた。
「どうした?」
気がつくと、真横に田島二等隊尉が立っていた。
「えっと、地図の上に妙なところがあるというか…」
「妙なところだと?」
「はあ」
田島二等隊尉が俺の地図を覗き込んできた。
「このマーカーだな? 貴様は何を感じたのだ?」
「はっきりとはしないんですが、なんだかよくないことが起こる予感というか…」
「わかった。今からその現場に向かう」
「で、でも、もしかしたら、ただの気のせいかも…」
「気のせいでもまったく構わん。索敵の技量階位『9』を有する奴の『嫌な予感』を放っておくことなど出来るものか」
田島二等隊尉が秋元軍曹に向き直った。
「秋元軍曹、今後は探査任務に移行する。永澤候補生のUBDユニットの機能制限を解除しろ。一時的に推隊員として同行させるぞ」
秋元軍曹が『了解しました!』と答えた次の瞬間、俺の視界の中で文字情報が瞬いた。
『UBDユニットの機能制限が解除されました』『相互通信機能、生命維持機能、探索補助機能が有効になりました』『オートマップ機能を有効にします』
視界の左端に、半透明の縮小された地図が現れた。なるほど、これがあれば、いちいちUBDユニットを立ち上げなくても現在位置が確認できる。とても便利な機能だった。
『早足で行くぞ』
田島二等隊尉が迷宮の奥に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます