第8話 技能階位試験

 階段はかなり深かった。7、8メートル程下っただろうか。降りきると、そこは平らな空間になっていて、四方の壁の一箇所に、きれいな幾何学模様の穴がくり抜かれたかのように空いていた。そのシルエットが、なぜかまんま五芒星。高さと幅はともに三メートル程。こんな形の穴、違和感がありすぎて嫌な予感しかしない。って、これがダンジョンへの本当の入口だろう。


「では技能適正試験を継続する。これから貴様には『索敵』の技能を用いて第一階層の俯瞰図を作成してもらう」田島二等捜尉が言い放った。

「は、はあ?」俯瞰図って何のことだ? さっぱり意味がわからない。

「まずはUBDユニットを立ち上げ、地図作成モードを立ち上げろ」


 俺はその通りにした。『地図作成モード』と念じると、左腕の上部に真っ白なページが現れた。


「上官権限で貴様のUBDユニットのデータは確認済みだ。レベルも能力値も技能も、すべて表示されていないことはわかっている。貴様のように第二次性徴を経てから『巫力』を発揮するケースは非常に稀で、このような測定トラブルが起こりやすいと聞いている。だから今回の試験で、正確に貴様の能力を確認したいのだ。とにかく試験には全力で挑め」

「はあ…」


 俺のデータが筒抜けと言うことは、どうやらUBDユニットには通信機能も備わっているらしい。

 それにしたって、なんでわざわざ俺の能力値などを確認したいのだろうか? そんなもの、どうせ平凡かそれ以下に決まっている。16年に及ぶ俺の人生において、何かに秀でていたことなど一度もなかったのだ。どうせこの先の人生においても、平凡かそれ以下が続くのに決まっているだろ。


 なんだかとても面倒臭そうだったので、俺は田島二等捜尉見られないように、心の中で『やれやれ』と溜息をついた。


「これから貴様には『巫力』を行使してもらう。『巫力』とは貴様の肉体に内在する何らかのエネルギー源だと思えばいい。それを実際に使用するためには、『巫力』に向けて意識を集中し、一点に高めなければならない。実際には、額の中央あたりをイメージすることが適切だ。まずはやってみせろ」

「は、はああ…」

 

『巫力』の使い方なんてまるで訳がわからなかったが、とりあえず俺は言われた通りに、額の真ん中に向けて集中を高めてみた。


 …んん? 不意に何か黒いものを感じた。チリチリとした静電気のような感覚。それがどこからかあふれ出し、濃ゆい塊になっていく。もしかして、これが『巫力』というものなのだろうか?


「一点に高めた『巫力』に『索敵』を命じろ」田島二等捜尉が言った。


 ええと、『索敵』ってことは、周囲を調べるってことだよな…。俺はその通りに念じてみた。額の中の黒い塊が一瞬、ブルッと震えたような気がした。まるで『YES』とでも答えたかのように。


「では、迷宮に向かって『巫力』を撃ち出せ」


俺は念じた。

俺の額から飛び出した塊が五芒星の穴へと突き進み、即座に四方に飛び散った。途端に、俺の後頭部の内側あたりに、見知らぬ映像が流れ込んできた。まるで忙しく切り替わる万華鏡を覗き込んでいるような感覚。俺は目眩を覚えた。足元がおぼつかなくなる。


「UBDユニットの『地図作成モード』は、『索敵』によって感じ取った様々な座標位置を、そのまま写し取る仕組みになっているのだ。自分のディスプレイを確認してみろ」


 真っ白だったはずの左腕の上部のページに、いつの間にか地図が書き込まれていた。まるでクイズ雑誌なんかにあるような大迷路。ダンジョンってのは、本当に複雑怪奇な構造になっているらしい。って、こんな細かい地図を本当に俺が作ったのだろうか? なんだか意味がわからない。


「こいつはすごいな」


 秋元曹長が左腕の上部を覗き込みながらつぶやいた。どうやら俺が作成した地図を確認しているらしい。


「田島さん、被試験者について、第11から第39項目までの適正、さらには『索敵』の技能階位『3』を確認しました。適化速度380%、地形適合率は100%、しかも、格子グリッド上に欠損がまったくありません」


「うむ。予想通りだ。これでなぜ私が学生如きを強く推挙したのか、その理由を本部もわかってくれるだろう」


 秋元曹長が俺に向かって満足げにうなずいてきた。どうやら俺の予想に反して、試験の方は上手くいっているらしい。


「それでは試験を継続する。永澤候補生、第二階層へと降る位置まで、貴様が私達を先導してみせろ」

「せ、先導って、僕がこの穴の中に入るんですか?」

「もちろんだ。俯瞰図を確かめながら最短ルートを進んでみせろ。第一階層にトラップなどの危険はない」

「はあ…」


 危険はないと言われたって、こんな五芒星の形をした不気味な穴に誰だって入りたくはないだろう。っていうか、本当に嫌な予感しかしない。けれども俺は両足にチャッチャと動けという命令を出した。ここで嫌がって田島二等隊尉を怒らせたらマジで怖そうだったし。


 それに実のところを言えば、『巫力』という力の行使はまったく悪くなかったのだ。ダンジョンに向けて力を放った際、スリルというか、気持ちいいというか、ある種の高揚感を覚えてしまったのだ。


 ちなみにダンジョンの内部は、どこも全く均一だった。

 五芒星のシルエットのまま、真っ直ぐにくり抜かれた通路。床が斜めで歩きにくくて仕方がない。壁は黒一色なのだが、花崗岩のようにキラキラとした輝きがまざっていた。何かの岩盤だろうか? それにしたって、こんな迷路状のものを作った意味がさっぱりわからない。あまりにも異質過ぎるのだ。


 途中で田島二等捜尉が話しかけてきた。


「説明が後回しになってしまったが、貴様を特選クラスに強く推薦したのは、この私だ。貴様と出会ったあの日、私は恩師でもある斉藤元捜佐殿に私用があり、貴様の学校を訪問していたのだ。その際、不意に特選クラスの連中のものとは異なる、強力な『巫力』を感じる瞬間があった。私は迷宮探索隊員として『索敵・隠蔽』を主な任務としている。その力の持ち主を探しあてるために『隠蔽』の技能を発動し、該当者がいると思われるクラスに潜入し、殺気を放ってみたのだ」


 斉藤先生が元捜佐? ってことは本物のラビリンス・ウォーカーだったってことだよな? 軍隊の階級なんて詳しく知らなかったけれど、かなり偉い位のような気がする。あの得体が知れない感じは、そのあたりに理由があるのだろうか。


 とにかく、俺は隙があれば、チラチラと後ろを振り返った

 田島二等捜尉はキリリとした素顔の美しさも半端ないのだが、ウエストの細さも半端なかったりする。というか、身体にぴったりとフィットした黒い戦闘服が強烈にエロい。バストサイズも太もものむっちり具合も一目瞭然。俺はこっそりと目の保養に努めてしまった。

 

「私の『隠蔽』は技能階位『6』だ。迷宮探索では最前線を務められるし、一般人には到底見破ることなど出来ない。それなのに貴様は瞬時に見破ってみせた。実は先程おまえに近づいた際も、私は最大級の力で『隠蔽』を発動していたのだ。しかしそれでも結果は同じだった。おそらく貴様は『索敵』の技能階位が高いはずだ。斉藤元捜佐殿は、貴様の技能は戦闘系だろうと予測していたが、ここまでの試験の結果を見る限りでは、私の方が正しかったと思われる」


 何度目かのチラ見の際、ふいに田島二等捜尉が立ち止まった。


「…貴様は変わっているな。さっきから私は、童貞臭い視線を散々浴びている訳だが?」

「ど、ど、童貞臭い?」


 俺は図星をつかれてあせった。


「そうか、特選クラスに席を置く男子なら、言い寄ってくる女子にまったく困らないはずだが、おまえはつい先日まで、普通の高校生だったな。すっかり忘れていた。まあ、何の取り柄もないその見栄えなら、青臭い童貞でも当然か。ははは、すまなかったな。詫び代わりに、私の身体ならいくらでも眺めてもいいぞ」

「ははは、田島さん、そりゃあ童貞には刺激が強すぎますよ」

 

 目の前の二人は俺を放っておいて、『うははは』と体育会系のノリで楽しげに笑い合っていた。

 って、俺は肯定も否定もしていないのに、速攻で童貞認定されてしまった。もちろん間違ってはいないのだが、男として悔しいというか情けないというか、なんだかとても恥ずかしい気分になってしまったのだ。


「まあ、迷宮探索隊は童貞だろうが、有能な人材であるなら、誰でもウエルカムだ。特に『索敵』の技能持ちなら、どこに行っても大歓迎されるぞ。迷宮探索に欠かせない技能なのに、実戦で使える階位を持つ奴が少ないからな」

「はあ…」


 くそっ、いい加減、童貞話は止めてくれって。それに『索敵』技能持ちが大歓迎されると聞いても、俺はまったく喜ぶ気になれなかった。とにかく危険な任務が嫌なのだ。


 ちなみに第二階層へと通じる『穴』がある地点へは10分もかからずに踏破できてしまった。

 実際に地図があるし、障害物がある訳ではないし、行ったり来たりで迷わなければ、それ程距離がある道のりではなかったのだ。


 そこには直径3メートル程の真円の穴が空いていて、やはり後付けの金属製の階段が取り付けられていた。


 階段を降りる際、ポンポンと肩を叩かれた。

 振り向くと秋元曹長がニヤニヤ笑いを浮かべながら、俺の耳元に小声で囁いた。


「君は田島さんに相当気に入られたようだな」

「そ、そんなこと、ないと思いますけど?」

「いやいや。楽しみにしておいた方がいい。実は彼女、童貞喰いが趣味なんだ」


 秋元曹長が俺に向かって左手の親指をグイッと立てた。って、そう言えば斉藤先生も、趣味がどうとか言っていなかったか?


 その時、階段を降りていく田島二等隊尉と目が合ってしまった。

 フフっとどこか肉食っぽい笑みが俺に向けられていた。これはもしかしたら、俺は何かを期待してよいのかもしれなかった。







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