第7話 東京ダンジョン

『東京4号ダンジョン』は高さ二百メートル、横幅二百メートルもの円筒形構造物の中央直下に『穴』をあけている。


 巨大な円筒形構造物の中身は、これもダンジョン産アーティファクトによる新発明品。『流動化複合高分子ポリマー体』とかいう超ハイテク素材らしく、百メートルほどの厚みがあれば史上最悪の核兵器ツァーリ・ボンバの直撃にも耐えられるという。また万が一、『穴』から何かが這い出てこようとした緊急時などは、構造体の中身が固形物ではなくジェル状の流動体なので、すぐに簡単に蓋になってしまうらしい。


 という訳で、円筒形構造物はそれ自体すべてが防護体だったのだ。

 実際にアメリカなどのダンジョン保有国も似たような防護体で迷宮への入口をガチガチに守っていた。とにかくダンジョンってやつには途方もない価値がある。それが世界共通の認識だった。


 俺を含めた特選クラスの面々は、横に二人乗りの小幅な電動トロッコに乗り込み、円筒形構造物の中心部へと向かった。狭いトンネルが奥に向かって一直線に続いていた。ダンジョンへの出入口はここ一箇所に限られているらしい。


「永澤君にとっては、今日が初めての探索実習になりますね。まあ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


 俺の隣に窮屈そうに座る斉藤先生が話しかけてきた。


「永澤君は特選クラスに来たばかりですし、今日は特別に、正規の迷宮探索隊員に個別指導を受けてもらうことになりましたから」


 その時、いきなり前列に座っていた赤石が振り返り、俺に向かって凄んできた。


「なんでおまえみたいなザコ野郎が、本物のラビリンス・ウォーカーに指導してもらえるんだよ? ああ? ざぁけんなよ?」


 俺の前後に座った連中からも、『それってマジかよ?』『俺と代われよ』などの声が沸きあがる。どうやら正規の迷宮探索隊員に指導してもらえることは、かなり名誉なことらしい。

 

「ははは、先輩の君達がうらやましがる必要はないと思いますよ。永澤君には少し残念なお知らせですが、あなたを指導するのは、後輩の育成に、とても厳しいと知られた方ですからね」


 うへええ。なんだかまた吐き気がしてきた。

 ダンジョンでの実習なんてさっぱり意味不明だし、いまだに赤石が俺のことを睨んでいるし、厳しい指導なんてマジで御免こうむりたい。まったくやれやれだと思っていると、斉藤先生が顔を寄せ、小声で話しかけてきた。

 

「大丈夫ですよ、きっと初顔合わせではありませんから。それに、とても素敵な趣味を持っている方ですよ」

「えっ? 趣味?」

「まあ、あなたの出来る範囲で頑張ってください」


 斉藤先生はそう言うと、俺に向かって左手の親指をグイッと立て、面白がるような笑みを見せた。


 ◇◇◇


 俺たちは電動トロッコを降りた後、倉庫のような一室で簡易型探索用ユニットと呼ばれる装備品を取り付けられた。何かの金属繊維を編み込んだような手袋とブーツ。上半身を覆う軽量の合金製プレート。ゴーグル付きのヘルメット。さらに左腰には警棒のような代物を下げておくように命じられた。


 ダンジョンへの入口は大銀行の地下金庫なんかに付いていそうな、さも頑丈そうなドデカい金属製の扉だった。扉の厚みは、およそ1メートル。それをくぐり抜けると、直径10メートル程の円形ドーム状の空間があり、その地面中央に真円の穴が空いていた。


 これが『HOLE』だろう。穴の傍らには、金属製の階段らしきものが取り付けられていた。


 穴の大きさはざっと見て直径三メートル。周囲は瓦礫だらけで、崩れてしまった建物や歪んでぺしゃんこになった自動車なんかがそのまま放置されていた。


 俺を除く特選クラスの連中は、特に指示を出された訳でもないのに、慣れた様子で穴の傍らに整列し、合流してきた教官らを迎えると、斉藤先生を先頭にそのまま階段を降りていってしまった。


 俺への命令は、指導員が来るまで『その場で待機』だったが、こんな場所で一人きりになるなんて気味が悪すぎる。穴の縁をよく見てみると、どんな理不尽な力が働いたのか、電信柱や看板や自転車やトラックなんかが、すべて一緒に熔けだしたようにグニャグニャに混ざり合ってしまっていたのだ。


 って、これから俺はどうなってしまうのだろうか?

 この後、ダンジョンに潜るらしいけれど、危険なことは御免こうむりたい。というかダンジョン内部には危険で異質な有機(的)生物が棲息しているらしいし、罠なんかもえげつないらしいし、そういう危ないことは、臆病な俺にはまったく向いていないのだ。


『ははあ…』と溜息をついたところ、ふいに首筋に違和感を覚えた。

 振り向くと、そこには二人の人物が立っていた。その一人は、昨日、突然教室に現れたあの金髪の不審者だった。


「へっ?」


 俺は驚いた。澄んだ緑色の瞳。その隣には厳つい顔つきの見るからに軍人風の男。二人とも真っ黒なボディスーツ姿。頭部に通信装置らしきヘッドセットを装備していた。


「私は田島という。迷宮探索隊、東部方面隊所属の二等捜尉だ。貴様は私の顔に見覚えがあるな?」

「そ、そりゃまあ…」俺は斉藤先生の言葉を思い出した。確かに初顔ではなかった。

「では、最初にどこで私と出会ったのか、貴様が覚えていることを簡潔に述べよ」

「は?」

「これはある種のテストなのだ。貴様は私の言葉通りに答えろ」

「はあ…」


 なんだか訳がわからなかったが、俺は例の不審者が見た目外国人なのに、日本名を持ち流暢な日本語を話すことや、いきなりのテストという言葉に、強烈な違和感を覚えながら思い出したことを答えた。


『昨日の四時限目の授業中、不意に妙な感じがして後ろを振り返ったら、いきなり金髪の女性が立っていたこと。不審者だと思ったこと。どうやら先生や他の生徒には見えていなかったこと。いきなり現れていきなり消えてしまったこと』などなど。


 俺の言葉が終わると、田島二等捜尉が隣の厳つい男に向かってうなずいた。男は腕時計を見るように左腕を曲げ、右手の人差し指で宙に向かって何かを描いた。って、この動作はUBDユニットを操作しているのだろう。


「田島二等隊捜殿、永澤裕也被試験者について、第3から第8項目までの適正を確認しました」


 厳つい男が何かを宣言するように語った。って、適正って何のことだ?


「別に今日は迷宮探査をする訳ではないのだ。階級などは略して構わん。今後は田島さん、とでも呼んでくれればよい」

「了解しました!」厳つい男はそう答えると、俺に向かって笑みを見せてきた。三十代位だろうか。なんだか機嫌が良い体育の先生みたいだった。


「永澤裕也君、私は迷宮探索隊、東部方面隊に所属する秋元曹長だ。君の技能適性試験に同行することになった。よろしく頼むよ」

「はあ…」


 よろしくと言われても、何がよろしくなのかよくわからない。どうやら俺は何かの試験に巻き込まれてしまったらしい。って、今日はダンジョン初心者の俺に個別指導だったはずなのに。


「ではダンジョンに潜る。貴様はついてこい」


 田島二等捜尉がスタスタと歩き始めた。その姿勢がバレエダンサーのように真っ直ぐで美しい。俺は

後ろ姿を追いかけ、穴に降りていく階段に足をかけた。





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