第6話 『Conversion rate』

 体育館へ向かう渡り廊下を歩いている時、真後ろから話しかけられた。


「なんかさ、がっつく女子って、ちっとも萌えないんだよね。ブンブンと、ウザい小バエみたいでさ」


 振り返ると、見覚えのある色白ぽっちゃりオタ風発汗男子が、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。確かコイツも特選クラスの一員だったはずだ。口元を曲げてイキッたような表情がどうにも様にならない。そういう表情はイケメンに限るってやつだろう。


「えっと…?」

「大沢だよ。大沢広志」不機嫌そうな声が返ってきた。

「悪い、昨日はいきなりヤンキーにからまれたから、クラスメートの名前を覚える暇なんかなかったんだよ」俺は謝った。

「ああ。赤石か。あいつは無意味に凶暴だから要注意だね。ま、特選クラスについては、先輩であるボクが色々教えてあげるよ」


 大沢は俺の胸元のピンバッジをじっと見つめていた。大沢のバッジの色は暗い緑色に輝いていた。


「君の等級が三級の『深緋』だからって、ところ構わず威張らない方がいいよ。ラビリンス・ウォーカーにとって何よりも大切な資質は、『Conversion rate』の方なんだからね」

「えっと、『Conversion rate』って、何のことだっけ?」

「おいおい、特選クラスの一員がそんなことも知らないなんて、マズいだろ?」


 大沢があきれたような表情を見せた。昨日の夜は調べることが多すぎて寝落ちしてしまい、ステータスの細かい意味まで調べられなかったのだ。


 ただ等級を示す色は十色あって、十級が『浅黄』、九級が『深黄』、八級が『浅青』、七級が『深青』、六級が『浅緑』、五級が『深緑』、四級が『浅紫』、三級が『深緋』、二級が『深紫』、そして一級となる最上位が『朱華』ってことは頭に入れておいた。


 ちなみにピンバッジのガラス玉は自分の等級の色に染まる。また、まがい物をつけてのいたずらなんかを防止するため、本物は微弱な『巫力』を帯び、他人が触れると静電気に似たスパークを放つようになっている。って、この仕掛けはもう体験済みだ。


 大沢がさも得意気に語った。


「いいかい? 等級って奴は、今現在のレベルと『巫力』の総量で決まる。まっ、車なんかに例えれば、総排気量ってことになるかな。そして『Conversion rate』ってやつは、その『巫力』を、どの位取り出せるかっていうパーセンテージをいうのさ。まあこっちはエネルギー変換率って言葉が近いかな。今のところ、ボクの等級は五級の『深緑』だけど、『Conversion rate』の方は、実は特選クラス中、最多でね、13.95%もあるんだ。あの赤石は二級の『深紫』ってことだけで威張っているけれど、奴の『Conversion rate』はたったの3%しかない。だから実際の『巫力』の強さは、ボクの方が格上になるんだよ」

「へええ、『巫力』ってそういう風に決まるんだ」

 

 ちなみに『巫力』はステータス画面で『M』と表示される。ネットで調べた限りでは、やはりファンタジーなんかの魔法に近い力らしい。実際、アメリカなんかではそのまま『魔力』という言葉が使われていた。


「まっ、『Conversion rate』の次は、技能階位の高さが大切だね。レベルなんかは、雑魚相手に経験値を詰んでいけば、誰でもそれなりにあがるけれど、スキルの方はそう簡単にはいかない。持って生まれた才能次第だし、基本、自分より強い相手と戦わなければ、あがっていかないからね」

「えっと、実際の技能って、どんなものがあるのかな?」

「前衛系と後衛系にわかれるよ。前衛は剣術とか格闘とか。後衛は魔法系一択だね」

「ふうん。で、大沢の技能は?」

「ふっ。ボクの技能は『巫力Ⅲ』さ。技能階位の方もクラス最高の『3』。これって候補生としては異例の高さなんだぜ。ま、『巫力Ⅲ』を簡単に言えば、重力を操る最強の魔法体系ってことになるかな」


 大沢がますますイキッていた。

 特選クラスに編入されたとなると、俺にも『巫力』を行使できる素質があるらしいのだが、そんな夢みたいな力が使えるようになるとは、どうしても思えなかった。


「で、永澤の『Conversion rate』は何%なんだい?」

「それが何も表示されなくてさ。なんかコイツのバグみたいで…」


 俺は左腕を持ち上げてUBDユニットを見せた。朝になってもステータス画面には※※※が並んだままだったのだ。


「ってことは、技能も不明だね?」

「ああ。何一つ表示されていないよ」


 そう、ステータス画面を呼び出したあと、『スキル』と念じれば、もう一枚、技能一覧の画面が表示されるのだが、俺の場合、パラメータの数字と同様に、白紙状態で全く何も表示されないのだ。


「そりゃ困ったな、今日の午後は、東京4号ダンジョンで探索実習があるし、レベルや技能なんかが不明だと、パーティ編成に困ってしまうかもしれないな」


 その時、俺達の目の前に、ものすごい美少女が現れた。


「ヒロシくん、おはよう!」


 キラキラと輝く大きな瞳に、ぷっくらとした涙袋。小柄な身体といい、スリムで真っ直ぐな足のラインといい、まるで小さな妖精といった可愛らしさだった。


「これ、今日のお弁当。わたし、朝から手作りハンバーグ、頑張ったんだよ!」


 美少女が輝くような笑顔とともに、紙袋を大沢に差し出していた。

 って、嘘だろ? まさかこの天使のようなキラキラの美少女が、色白ぽっちゃりオタ風発汗男子のカノジョとでも言うのだろうか?


「ちぇっ、なんだよ、いきなり。登校中は俺に話しかけるなって言ってあるだろ?」と、あからさまに不機嫌そうな大石。

「ご、ごめんなさい。昨日は、ヒロシくんと電話もLineもできなかったから、わたし寂しくて…」と、ものすごく悲しげな美少女。

「そういうの、めっちゃウザい。こっちはラビリンス・ウォーカー候補生の身の上なんだぜ。俺なら正規の隊員になれるって確信しているけどさ、それでも自己鍛錬のために一分一秒だって惜しいんだよ。はああ。約束も守れない恋人関係なんてさ、もういいよ。俺たち、別れた方がいいんじゃないのかな?」

「ほ、本当にごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃなかったの」


 俺の目の前で、世にも奇妙な光景が繰り広げられていた。

 発汗デブが半泣きの美少女を偉そうに虐げているのだ。こんなことが許されるのだろうか?


「許して。わたし、ヒロシくんのためだったら、何でもするから」

「何でもって…、おまえには色々仕込んでるだろ? これ以上、できることがあるのかよ?」

「わ、私、頑張るから」

「頑張る?…ふうん。俺って、本当に期待しちゃってもいいのかなあ?」

「私、ホントに頑張るから」

「じゃあ、今日の夜七時、俺の部屋に来て」

「わかった。絶対に行く。お洒落して行くから」

「お洒落はいいけどさ、面倒だから下着はつけて来るなよ」

「うん、付けていかない…」


 俺の目の前で美少女が恥ずかしげに微笑んでいた。

 って、マジでこんなことが許されるのだろうか? 大石が傲慢に顎をしゃくりながら『もう行けって』と命じると、美少女はこくりと頷き、小走りに去っていった。

 

「ああ、めんどくさ。女子って本当にウザいよな」

 

 大沢がさも偉そうに言い放った。どう見たって額に赤のバンダナ、両手に萌えキャラの紙袋がジャストフィットする発汗デブ野郎のくせに、なんて言い様なのだろうか? 俺はものすごく混乱した。こんなことは絶対に間違っている。


 その時だった。真横に風を感じたと思った瞬間、一人の女子生徒が足早に俺たちを追い越していった。

 風にそよぐ肩までの真っ直ぐな黒髪と、ずば抜けた脚線美。後ろ姿だけでも、即座に橋本カオリだとわかった。


「特選の男子って、本当に最低」


 カオリが前を向きながら吐き捨てた。

 生ゴミに向けるような、嫌悪感だけをガチガチに固めた言葉。

『男子って…』という部分に、俺もきっちり含まれていると思ったら、無性に腹が立ってきてしまった。俺は完全に誤解されてしまったらしい。というか、これ以上、彼女にだけは嫌われたくないのだ。


「うはああ。カオリちゃん、メッチャいいよなああ」


 大沢が豚みたいな鼻腔をふくらませ、トロンとした目つきでカオリの後ろ姿を見送った。

 ちくしょう。この偉そうな発汗デブ野郎とは何があっても友達にはならない。俺は心の中で固く誓った。







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