第5話 人生初のモテ期?
ちなみに、俺の住所はまったく変わっていなかった。
最寄り駅から徒歩20分、さえない住宅街の一角にある、築13年の建て売り二階建て木造住宅。
両親もそのままの通り。
口数の少ない薄毛&銀縁眼鏡のリーマンで、俺とはまったく会話が続かない四十代の父親。
近所のパン屋で週5勤のパートタイマーで、いつからか俺を見て小さな溜息をつくのが癖になってしまった四十代の母親。
そして最近では、会話どころか視線さえもまったく合わなくなってしまった二歳違いの中学生の妹。
それぞれの顔も性格も、ぎくしゃくしている俺との関係も、何一つ変わっていなかった。
俺が特選クラスに編入したことを話しても、両親は無関心というかパッとした反応を見せなかったのだが、妹はまるで違った。
「そ、そんなの、嘘でしょ!?」と言って席を立ち、どこか怒ったような表情を向けてきたのだ。
俺が『いや、腕にこんなモンを付けられちゃって…』とシャツをめくって左腕のUBDユニットを見せると、今度は驚いたように目を見開き、そのまま何も言わずに自分の部屋に引きこもってしまった。まるで訳がわからない。
とにもかくにも、授業中の居眠りのあと、俺を取り巻く世界の一部が大きく変わってしまったことは事実だった。急に現れた東京第4号ダンジョン。金髪の不審者に、特選クラス。ラビリンス・ウォーカーに、ナノマシンに、リアルなステータス画面。まるで意味不明な出来事の連続。って、なぜこんなことになったのだろか…?
もしもここが本当にパラレルワールドだったとすると、このダンジョンあり世界には、それをあたり前だと思って育った別の俺が存在したはずだ。そこにいきなりダンジョンなし世界の俺がやって来てしまったとしたら、ダンジョンありの俺はどこに行った? 俺と入れ替わって、ダンジョンなし世界の方で啞然としているのだろうか? それとも、やって来た俺が一方的にその存在を飲み込んでしまったのだろうか?
あれこれ考えてみても、答えの手がかりさえ見つからない。
俺は同じところをグルグルと回り続けようとする思考回路にポーズ命令を出し、とりあえずはノートパソコンに向き合い、ダンジョンあり世界の情報収集に励んでみることにした。
ネットには驚愕の出来事を伝える記事があふれていた。それを時系列にまとめてみると、こんな感じになる。
①198X年のある日、同時多発的に世界各地に『ホール』が忽然と現れる。『ホール』は先進国や途上国、都市部や農地や山間部など場所を選ばず一夜にして突然現れた。巻き込まれた死者・行方不明者は数百万人。世界はこの日を『Hole Day』と呼んでいる。
②即座に先進国を中心に『ホール』の探索が行われたが、初期の探索隊の帰還率は著しく低く、遠隔操作ロボットによる地道な探査によって『ホール』の内部が迷路状の階層構造であることが突き止められ、さらにはまったく異質な有機(的)生物の発見や、未知の素粒子の発見が相次いだ。いつからか『ホール』だった呼び名は、二度と還れぬ死の迷宮、『ダンジョン』に変わっていった。
③『Hole Day』後から数年後、世界各地でオカルト現象が頻発する。出生直後の赤児が相次いでポルターガイスト現象を引き起こすという異様な事例だった。この現象と『Hole Day』を結びつけたのはアメリカの素粒子物理学者、レーバル・ストラウス教授だった。彼は『ダンジョン』内で発見された未知の素粒子が地球大気上に放出され、『Hole Day』後に着床した胎児が何らかの影響を受け、超自然的な能力を獲得した可能性を指摘した。
④その4年後、レーバル・ストラウス教授を調査隊長とする日米合同探索チーム30名が宮城1号ダンジョンへ足を踏み入れる。その調査には4歳になったばかりのストラウス教授の愛娘が同行していた。それから3日後、地上へと帰還できたのは瀕死状態のレーバル・ストラウス教授たった一人。その手には、地球上のものではない奇妙な植物の葉が握られていた。
⑤レーバル・ストラウス教授の持ち帰った未知の植物の葉は『世界樹の葉』と名付けられ、ごく微量の新薬が生成された。ネット上ではその薬こそ『神の滴=エリクサー』だと噂されている。ちなみに、特選生の証明でもある例のピンバッジは、この葉っぱを形取っていた。
レーバル・ストラウス教授は現在108歳で存命中だった。
最近某大学で行った講演の動画がアップされていたが、俺は心底驚いた。レーバル・ストラウス教授は100歳超えのシワシワ爺さんなんかではなく、やる気に満ちあふれた50代くらいのおっさんにしか見えなかったのだ。このダンジョンあり世界には『エリクサー』が本当に存在するらしい。
◇◇◇
翌日の朝、俺は初めて待ち伏せにあってしまった。
駅の改札を通り抜けたところ、やけに美形なセーラー服姿の女子高生が柱の前に立っていたので、『おおナイスじゃん』と見とれていたら、その女子がいきなりタタタと俺の傍らに駆け寄ってきたのだ。
「あ、あの、都立南野高校の永澤さんですよね?」
「はっ? まあ、そうですけど…」
「と、突然ですけど、私、永澤さんのカノジョに立候補してもいいですか?」
「はい?」
俺は啞然とした。
目の前の女子はキリリとした大きな瞳といい、卵形のつるんとしたおでこといい、すらりとしたプロポーションといい、JKモデルかと思える程のハイスペックなルックスを誇っていたからだ。
「私、永澤さんのためなら、なんでもします。これ、読んでください!」
その女子は俺にピンク色の封筒を押しつけると、タタタと走り去っていった。
『どど、どういう訳だ?』
封筒の中身をチラッと見てみると、手紙の他に写真らしきものが入っている。それを見た瞬間、俺は驚きのあまりその場でカチンコチンに硬直してしまった。
『こ、こ、こ、これって、ヌードじゃん!!』
たわわなバストと股間を自分の手で軽く隠したインスタント写真。そこに『特選クラス、おめでとうございます!』というメッセージと携帯番号が書き込まれていたのだ。眼福極まりないだろ。
これって俺が特選クラスの一員になったからなのか? って、俺が特選クラスに編入されたのは昨日だぞ? どこかで俺の個人情報がダダ漏れしている? っていうか、特選クラスって、こんなに簡単にモテてしまうのか?
確かにネットで調べた限りでは、昨日クラスメートが言っていた通り、正規迷宮探索者=ラビリンス・ウォーカーは世界のヒーローだった。死の迷宮を探査し帰還できる『巫力』という特異な能力の持ち主。そして実際に持ち帰られたアーティファクトによる新技術や新発明。人類への多大な恩恵と引き替えに勝ち得た莫大な富と名声。それこそ膨大な数のニュースが彼らの活躍を伝えていた。
しかし、特選に入れたというのは、ただの候補生の一人になっただけで、将来について何の保証もないはずだ。それなのに、個撮のエロい写真まで頂戴できるなんて、どこかおかしい気がする。
そんな訳で俺は学校に到着するまで、電車の中や通学路の曲がり角などで見知らぬ女子から微笑まれたり、じっと見つめられたりと、世のイケメン連中だけが独占してきたであろうモテ現象というやつを実体験してしまったのだ。
しかも、妹からSNSにメッセージが入っていた。前回のやりとりからおよそ一年ぶりになる。
『お兄ちゃん、今夜は何時に帰ってくる? 私、カレー作るよ 』と、かわいいクマさんスタンプ。
さらには、玄関で上履きに履き替えている最中、いきなりC組の女子達が『おはよう!』と言いながら俺を取り囲んできた。
『永澤君が特選に行ってしまって寂しい!』『私達、永澤君のファンだったんだよ、応援してる!』『今度、永澤君の応援パーティー開くから絶対に参加して!』などなど。みなテンションが異様に高かったのだが、俺にとっては会話をした覚えがない女子ばかりだったので、どうにも面食らってしまったのだ。
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