第4話 我が左腕に宿りし黒き…


 赤髪ヤンキーとクソビッチにからまれた直後、俺は斉藤先生に教壇の傍らに立たされ、次いで自己紹介するように命じられた。


『えっと、永澤裕也と申します。実は今日の午後、いきなり特選クラスに行けと命じられました。突然の事に、ものすごく戸惑っています。とにかく、わからないことばかりなので、よろしくお願いいたします』といった感じ。


 教壇の真ん前に座っていた橋本カオリは斜め前方を向き、俺を完全に無視した。

 後方に並んで座る赤髪ヤンキーとクソビッチは、斉藤先生が脇を向いている隙に、揃って俺に中指を立ててきた。クラスメートには恵まれたかもしれない。


 右側の最前列には、栗色のロングヘアーに、それと同じ色の瞳を持つ外国人女子。少々ふくよかなスタイルをしていたが、菊池先生と張り合うようなバストのふくらみといい、クールな切れ長の潤んだ瞳といい、真っ白な素肌といい、これまた男子生徒をハアハアさせてしまうルックスを誇っていた。これはまったく悪くない。


 そして中段や後方には、どこか親近感を覚える連中がずらり。病的な顔色をしたオタ風痩身男子に、色白ぽっちゃりのオタ風発汗男子に、特徴のないアベレージ的な容姿を持った男子や女子がおよそ十名程度。


 新しいクラスメートとコミュニケーションを深める時間はまったくなかった。

 自己紹介が終わると、俺は個別に保健室に行くように命じられたからだ。


 そこでは軍隊風なアーミーグリーンの制服を着た二人組が俺を待っていた。

 俺は即座に素っ裸になり、ヘルメット風の怪しい代物をかぶってベッドに横になるように命じられた。

 連中は俺の回りに様々な医療チックな機器を並べ出し、俺の身体中にぺたぺたと電極を貼りまくった。


『そのまま目を瞑ってじっとしていて』と言われておよそ一時間、俺は軽く身じろぎしただけで『動かないで』との注意を受けた。こんなのはフツーの健康診断なんかじゃないだろ。この二人組は俺の何を計測したのだろう?

 

 その後は『ちょっとチクってするよ』といって太っとい注射器で抜かれた大量の血液。さらには立て続けに打たれた注射が3本。『目を大きく開けて』といって両目に垂らされた点眼薬が3種類。


 やがて連中は、俺の左腕をアルコール消毒液で丁寧に吹き始めた。何をするのだろうと思っていたら、いきなり妙な形の代物を左の手首に据えつけ始めた。って、こりゃあ一体なんなんだ?


「な、なんですか、これは…?」あまりにも不吉な予感がしたので、俺は声に出して訊ねてみた。

「ユーニフィケイション・バイオディスプレイ・ユニット=UBDU/統合生体情報表示装置さ」

「ユ、ユーニフィ、バイオ…?」


 それは太めのブレスレッドに板切れ状のものが付いたような形状をしていた。ゲーム装備風に言えば、出来損ないのガントレットだろうか。色は悪趣味なつや消しの黒。重さは感じるものの、重いという程ではない。皮膚に直接触れる部分の裏側には、吸盤状のセンサーのようなものが無数に並んでいた。って、なんだか気味が悪い。俺は抗議した。


「な、なんでこんなものを、俺の腕に取り付けるんですか?」

「そりゃあ標準装備品だからね。君のような迷宮探索隊の候補生にとっては」


 こんなものが標準装備品? それに俺が迷宮探索隊候補生って、いつからそうなった?


「起動させるよ」

 

 連中の一人が人差し指を立て、ブレスレッドの中央部をリズミカルに数回叩いた。『ブン』という振動が肌を通して伝わってくる。何かが動き出したらしい。


「UBDUは形状記憶型ユニットだから、そのまま少しの間、動かないように気をつけて」


 俺は驚いた。誰が触れた訳でもないのに、すぐにブレスレッドと手首の間にあった隙間が音もなく埋まってしまったからだ。


 さらに驚いたことに、ブレスレッドに取り付けられていた板切れ状のものの輪郭が溶け始めていった。角張っていた部分が、なめらかな流線型に変化し、そのまま左腕の内側を覆うようにピタッと張りついてきたのだ。そして最後には、悪趣味だった黒色が、すーっと艶のない肌色に変化してしまった。


 って、形状記憶合金という言葉は確かに聞き覚えがあるけれど、こんな風に何かが突然変形してしまうテクノロジーって、今の時代に実現されていたっけか? いやいや、ないだろ?


「早速、君の声を登録しよう。この通りに話してくれ」


 俺は目眩のようなものを感じながら、目の前に差し出されたカードに記載されていた文章を読みあげた。


『UBDU 製造番号11-A9876BB、音声登録を開始する。現在、テストモードでの起動を確認中』


 いきなり俺の視界の左端で、『音声登録ー完了』という赤い文字が現れて瞬いた。

 って、俺の腰が勝手に跳びあがった。これには本当にびっくりしてしまったのだ。


「いい、今のは何ですか!? いきなり目の中で、『音声登録完了』って瞬きましたよ!?」

「それもUBDユニットの機能の一つさ」

「さっき、君の両目に目薬を差しただろ? あれはUBDコンタクト・リキッドで、特殊なナノマシンが入っている。もう君の視界の一部はUBDユニット用の情報表示端末としても機能するんだよ」


 そう説明されても意味がまったくわからない。ナノマシンって確かミクロサイズの機械装置のことだったはずだ。俺の知らない間に、科学技術がはるかに進歩してしまったのだろうか?


「UBDユニットを装着した左腕の上部には、君の生体情報がパラメータとして数値化されて表示される。ところで君はゲームをやる方かい?」

「そうだと思いますけど…」

「じゃあすぐに使いこなせるさ。RPGなんかに欠かせないアレが表示されると思えばいい」

「アレ…?」


 って、まあパラメータとか言ってるし、RPGに欠かせないアレと言えばアレしかないだろ。


「もちろん例の言葉でも起動するよ」


 二人組が面白がるようにニヤニヤ笑っていた。どうやら俺にその言葉を言って欲しいらしい。

 なんだか口にするのがちょっと気恥ずかしくなってしまったが、俺は思い切って口を開いた。


「ス、ステータス、オープン!」


 即座に俺の左腕上に、ウインドウ画面が立ち上がった。


「うわっ、すげ…!」


 ステータスウインドウは20センチ四方のサイズで半透明で、まさにゲームチック。

 俺のテンションが劇的にあがった。こんなギミックが実現されていただなんて、胸アツすぎるだろ。


 しかも俺の視線の下側にも、『Life…※※※/※※※』と『MーR…※※※/※※※』の文字列に加え、それぞれのステータスバーが表示されたのだ。

 画面を覗き込んでみると、各々のステータスはみっちりと細かく分けられていることがわかった。


 (左側)

   『level』……※※※

   『Strength』……※※※

   『Dexterity』……※※※

   『Intelligence』……※※※

   『Vitality』……※※※


   『M-Resource』……※※※

   『M-Conversion rate』

   『M-Resource Regeneration』……※※※

   『Movement Speed』……※※※

   『Damage Per Second』……※※※

   『Toughness』……※※※

   『Recovery』……※※※

   『Damage Type』

    『Physical』……※※※

    『Fire』……※※※

    『Cold』……※※※

    『Lightning』……※※※

    『Poison』……※※※

    『Arcane』……※※※

    『Holy』……※※※


 (右側)

   『Offense』

    『Damege Increased By M-R』……※※※

    『Damege Increased By Phy』……※※※

    『Attack per Second』……※※※

    『Increased Attack Speed』……※※※

   『Defence』

    『Damage Reduction』……※※※

    『Physical Resistance』……※※※

    『Fire Resistance』……※※※

    『Cold Resistance』……※※※

    『Lightning Resistance』……※※※

    『Poison Resistance』……※※※

    『Arcane Resistance』……※※※

    『Holy Resistance』……※※※

    『Crowd Control Reduction』……※※※

   『Life』

    『Max-Life』……※※※

    『Life per Second』……※※※


 って、俺のパラメータの数値は、なぜかすべて※※※になっていた。


「何かパラメータの数字が表示されたかい? そのステータス画面は、一応、他人には見えないようになっているんだ」

「いいえ、…これって、何かのバグなんですかね? 全部、※※※ になっちゃってます」

「それ、すべての表示がそうなっているのかい?」

「はい」

「へええ。11歳を越えてから『巫力』に目覚めた場合、確かにパラメータの測定が難しくなるんだけど、全バグってパターンは聞いたことがないなあ。全バグが発生するのは、被験者の能力値が高過ぎて、無意識的にナノマシンによる干渉を拒んでしまうパターンに限られているはずなのに…。まあ、君の場合は、そうじゃないと思うけど」


 それはまあ、その通りだろ。俺はスポーツでも勉学でも容姿でも、『平凡かそれ以下』があたり前の男だ。能力値が高すぎるなんてことはあり得ない。って、そんなことよりも、俺はナノマシンによる干渉という言葉の方が気になった。


「あの、ナノマシンによる干渉って、どういう意味なんですか?」

「ああ。今、君の体内をパラメータ計測用のナノマシンが駆け巡っているのさ」


 うへ? そう言えばさっきも目薬にナノマシンが入っているという話があったけれど、機械の類が身体を駆け巡っているなんて、なんだかものすごく気味が悪いだろ。本当に大丈夫なのか?


「ナノマシンって、身体に入ったままで、ヤバくないんですか?」

「心配ないさ。活動時間は36時間に限られているし、計測が終われば、排尿とともに体外に排出されるからね」


 そう言われても落ち着かなかったが、俺にはどうすることも出来なかったのであきらめた。

 それにしてもステータス画面がいちいち細かすぎる。『M-Resource』とか『M』に関する項目は、もしかしたら魔法系のパラメータだろうか? それにまったく意味がわからない項目もあった。


「このステータス画面、ゲームよりも本格的っていうか…、『Defence』の項目にある『Crowd Control Reduction』って、どういう意味なんですか?』

「ああ、それは行動障害系の攻撃に対する効果減少率さ。麻痺とか魅了とか、やっかいな特殊攻撃に対して耐性値を高めておかないと、一瞬でお陀仏ってこともあり得るからね」


 …やっかいな特殊攻撃? 一瞬でお陀仏? って、まさかそんなものを持った化け物と、俺が対峙する訳じゃないよな? …うえええ。俺はものすごく嫌な気分になった。なんだか胃の奥底から吐き気がこみあげてくる。


「そんな細かい項目が表示されているってことは、今、君が目にしているのはディテールモードみたいだな。ゲームモードに切り替えると、もっとわかりやすい画面になるよ」


 俺は気を取り直し、教えられた通りに『ゲームモード』と声に出してみた。

 すぐにステータス画面が切り替わった。

 今度の画面は、六角形のレーダーチャートがあったり、イラスト風の装備画面があったり、表示項目がシンプルだったり、確かにRPGゲーム風になっていた。


「それにしても、UBDユニットとか、ナノマシンとか、すごい技術ですね」

「すごいことは確かにすごいけれど、正確に言って、これらは人類が自力で生み出したものじゃないからね」

「人類じゃない? どういう意味ですか?」

「すべてが迷宮産なのさ。ラビリンス・ウォーカーが、ごく稀に持ち帰ってこられた機械型アーティファクトがベースになっているんだよ」

「迷宮産? ってことは、この学校から見える東京第4ダンジョンとかにも?」

「その通りさ。あのダンジョンは放射性同位体レーダー探査の結果、日本で一番深い迷宮だと考えられている。最下層なんかに到達できれば、とんでもないお宝が見つかるかもしれないのさ」






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