第2話 金髪の不審者、教室に現る
『キ、キンパツ!?』
っていうか、授業中の教室にいきなり不審者か!?
金髪の女が鋭く俺のことを見返してきた。俺は思わずビクッとして前を向いてしまった。
すっげえ美人だったが、いきなり見ず知らずの女が授業中の教室に現れた意味がわからない。って、場違い感がありすぎるだろ。
それにしても、クラスの先頭に立って授業を進めている教師はあの不審者に気づいていないのか? 平気な顔をして授業を続けているって、おかしすぎるぞ。
まったく東京ダンジョンに続いて、この状況もさっぱり訳がわからない。って、まさか今のは幻だろうか? 俺は恐る恐る、もう一度後ろを振り返ってみた。
…やっぱりいた!
というか俺をじっと睨んでくるし。なんだかとっても怖い。
瞳の色は綺麗なグリーンだ。年齢は二十代の真ん中あたりだろうか。目鼻立ちが完璧に整い過ぎているせいか、どこか冷たく感じる。服装の方は黒一色で、まるでどこかの特殊部隊のユニホームのよう。って、まるでハリウッドのアクション映画なんかで、悪の組織に立ち向かうクール&ビューティなヒロインといった格好だった。
って、こんな大胆すぎる不審者に、なぜ誰も気付かない?
回りを確かめてみたが、先頭の教師も含め、みんなが普通に授業を受けているのだ。これはあまりにもおかし過ぎるだろ。
と、再び後ろに視線を向けた時、金髪の女がいなくなっていた。
『へっ?』
誰もいない。気配も感じない。って、なんでいきなり消え失せる? というか、今のは幻覚の類だったのか? 本当に意味がわからない。
ふと我に返った際、真後ろに座るクラスメートの女子が、『おまえキモ過ぎ』とでも言いたげな冷たい視線をこちらに向けていたので、俺はあわてて前に向き直った。
突然の東京ダンジョンに今度は金髪の不審者。とにかく訳がわからないことが多すぎる。
四時限目が終わったのと同時に、俺は机の中の教科書なんかを大急ぎで鞄の中に放り込んだ。帰るのだ。もう今日は帰宅することに決めたのだ。
鞄のジッパーを閉め終わった時、校内放送を告げるチャイムが鳴り響いた。
『1年C組の永澤裕也さん、至急、職員室に来てください』
菊池先生の声だった。って、俺に何の用だ? 特別ペナルティの一件だろうか? まあいいや。こっちも職員室に早退の申し出という用事があるのだから。とにかく俺は急いで席を立った。
◇◇◇
目の前で菊池先生がうれしげに微笑んでいた。
「待っていたわ、永澤くん。とても素晴らしいお知らせがあるの!」
「へっ? お知らせ、ですか?」
菊池先生が大きくうなずいた。
「ついさっき、迷宮探索省から特例編入許可証が届いたの。おめでとう。今日から君は、特選クラスの一員よ」
「と、 特選クラス? なんスか、それは?」
「永澤くんったら、まだふざけているの?」
菊池先生の微笑みが広がった。って、特選クラスって一体なんのことだ? それに迷宮探索省とか言ってなかったか? この学校は普通の都立高校なので、進学クラスなんかの選別クラスは存在しないはずなのだ。
「君だって特選クラスの一員になることにあこがれていたんでしょ? もしかしたら、君が本物の迷宮探索者、ラビリンス・ウォーカーになれるかもしれないのよ」
「ラビリンス・ウォーカー?」
菊池先生がじっと俺を見つめてきた。
「永澤くんって、フツーの男の子にしか見えなかったけれど、ものすごい才能を秘めていたのね。見直しちゃったわ」
「ものすごい才能って…、この僕に?」
「残念だけれど、詳しい話は、私も聞かされていないの。でも、君の年齢で特選クラスに抜擢されるなんて、異例中の異例だわ。もっと大喜びしてもいいと思うわよ」
「はあ…」
菊池先生が小さなピンバッジを俺に差し出してきた。
「特選クラスの斉藤先生からこれをあずかっているわ。すぐに制服の襟につけて頂戴。誇り高き特選クラスの一員であることの証明よ」
うん? これは植物の葉っぱだろうか? なんだか妙な形をしている。って、左右がまったく対称じゃない。まるで何かを掴もうとする手の平のようだった。こんな形の植物が本当に存在するのだろうか? 葉の中央部分には小さな透明のガラス玉がはめ込まれていた。
言われた通りブレザーの襟元にピンバッジを止め終えると、菊池先生がいきなり俺の手をギュッと握って来た。
妙にエロい先生の素顔が目の前にあった。って、この距離は近すぎるだろ。身体がカッと熱くなり、俺はあせった。
「…先生と約束して頂戴」
いつの間にか俺の右手の小指と、先生の右手の小指が絡み合っていた。
「永澤くんがラビリンス・ウォーカーになれたら、私のこと、絶対にデートに誘うのよ。年の差なんて気にしないでね」
◇◇◇
結局、俺は早退の申し出を口にだせないまま教室に戻ってきてしまった。
ラビリンス・ウォーカーって一体何の事だろう?
それに、さっきの菊池先生のなまめかしい態度は? って、何があろうとも、俺みたいな男女交際経験値ゼロのガキと、アダルトなフェロモンを漂わす先生では、まったく釣り合わないなんてことは誰にだってわかるというのに…。
教室に戻ると、軽く肩を小突かれた。
「どうした? おまえ、口が開きっぱなしだぞ」
「ああ、…えっと、午後から特選クラスに行けって言われてさ」
「はああああ!? お、おまえが特選!?」
心底驚いたような声が教室に響き渡った。
昼食中のクラス中が、いきなりシーンと静まりかえっていた。口元に持っていった箸を途中で止めている女子もいた。
「ははは、いくらなんでも、そんなの嘘だよな?」
「ってか俺にもよくわかんないんだよ。でも、このピンバッジを制服の襟につけとけって言われてさ」
俺は襟元のピンバッジを指差した。
「おまっ、そ、それって、こ、深緋じゃね!?」
こきあけ? って、あれ? 透明だったはずのガラス玉がなぜか暗い赤色に変わっていた。なんだか血の色みたいだ。って、確かに変な出来事だったが、それにしてもコイツらは何をそんなに驚いているのだろうか?
「…深緋って」
「…確か、三等級のはずだぞ?」
「ははは。そんなの、どうせ偽物に決まっているさ」
いつの間にか俺を取り囲んでいた友人の一人が、何を怖がっているのか、俺の襟のピンバッジに恐る恐る指先を伸ばしてきた。その時だった。
『バシッ!』
電流がスパークするような衝撃音とともに、ピンバッジがフラッシュのように瞬いた。
手を伸ばした奴が呆然としている。一体何が起こった? って、こんなの危なすぎるだろ。
「ほほ、本物!?」
友人連中が一斉に騒ぎ出した。
「な、なんなんだよそれ、嘘だろ!? こいつ、潜在巫力ゼロコンマのカスだったよな!?」
「こんなアホ面の奴が、なんで今さら特選なんだよ…?」
「永澤って、ヒョロで陰キャで、ゴミみたいな運動オンチじゃん!?」
「なんで、おまえなんかが…、俺らより偏差値低いくせによおおお!!」
「ああ終わったよ俺の人生。こんな奴が特選だなんて、やってられねえだろが!!」
訳がわからない言葉が俺に向かって次々に飛んできた。そしてどの言葉も、きっちりと俺をディスっていた。
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