授業中に居眠りしていたらパラレルワールドに巻き込まれたらしく、あっという間に迷宮探索隊の候補生になって東京ダンジョンに潜っていました。
しゅーと
第1話 授業中に居眠りしていたら…
「…起きなさい、永澤くん」
どこか遠くから聞こえてくる声。
俺はハッとして顔をあげた。
目の前で、なまめかしい美貌を誇る菊池先生が、じっと俺を見おろしていた。
あちこちから笑い声が沸きあがる。ヤバっ、今は英文解釈の授業中だった。
昨日の夜ふかしがたたってしまったらしい。新作のRPGが発売されたばかりだったのだ。
「永澤くん、イエローカードよ。次に私の授業で居眠りしているところを見つけたら、レッドカードを差しあげるわ。期末テストからマイナス50点のペナルティだから、しっかり覚えておいて頂戴」
「す、すいません」
俺はあわててあやまった。というか、目の前にある菊池先生のバストから目が離せなくなってしまった。EとかFとかの未知の領域にあるたわわなふくらみが、はち切れろと白シャツのボタンに強烈な負荷をかけ続けていたからだ。
という訳で、菊池先生の立ち居振る舞いというものは、腰に軽く手を当てるだけでも、たぷんたぷんと柔らかい揺れを伴うため、ナチュラルにエロい訳なのだが、性格の方は『ドS』らしく、まったく容赦がないことで有名だった。現に前学期は、数人の生徒が本当にレッドカードを頂戴し、即赤点の痛い目に遭っているのだ。
ったく、やれやれと思いながら窓の外に目をやった瞬間、俺は度肝を抜かれた。というか、思わず大声をあげてしまった。
「な、な、な、何だ!? ありゃあああ!?」
校舎のすぐ近くに、とてつもなく巨大な『何か』が建っていたのだ。
というか、信じられない程デカい。しかも形に違和感がありすぎる。灰色一色でのっぺりとした円筒形の建造物。あれじゃあまるで巨大な鍋だろ。すぐ近くに建っているマンションなんて、あの鍋に比べたらレゴブロック程度のサイズしかないし。こんな奇妙な物体が、一体いつここに現れたのだ?
「永澤くん、まだ寝ぼけているの? あれは東京第4ダンジョンでしょ?」
「と、と、東京ダンジョン?」
俺は窓の外の建物を見つめた。この巨大な鍋のような構造物が、なぜダンジョンでいきなりここにあるのだ?
「な、なんなんですか、それは?」
「もう本当に寝ぼけているみたいね、あなただって見慣れているでしょ?」
さらに回りの笑い声が高まった。『なにボケてんだよ』『変な夢見てたんだろ?』『早く座れって』などなど。俺はいつの間にか立ちあがっていたらしい。
って、本当になんなのだ? 東京第4ダンジョンってのは…? ゲームの世界じゃあるまいに、まったく訳がわからない。今朝、登校する時だってあんな巨大な代物はなかった。というか、あんなものが突然現れるなんてあり得る訳がないだろうに。
「永澤くん、ちょっとふざけすぎね。今度同じようなことをしたら、特別ペナルティを差しあげるわ。覚悟していて頂戴」
菊池先生の口調に静かな怒りが含まれていた。
とりあえず俺は腰をおろし、教室を見回してみた。
って、ここは俺が今年入学した都立南野高校1年C組で間違いがないよな? うん、確かに知った顔のクラスメートばかりだ。って、いや、一人足りない。才色兼備でクラス委員長を務める最重要人物、教壇前の最前列に座っていた橋本香織だけがいなくなっていた。
どうしてカオリがここにいない?
何かが決定的におかしい。こめかみのあたりからキーンという金属音が聞こえてきた。
何度窓の外に目をやっても、あの東京第4ダンジョンとかいう巨大な建造物は消えてなくならない。というか、すでに誰もが菊池先生の授業に集中していて、窓の外の光景をまったく気にしていない。ということは、クラスの連中にとって、これがごくあたり前の光景らしいのだ。
まさかこれって…。
たとえて言うなら、『授業中に居眠りをしていたら、ダンジョンありのパラレルワールドに巻き込まれてしまいました』って感じか? ふいにそんなサブタイめいた言葉が浮かんできて、俺は呆然としてしまった。
◇◇◇
四時限目までの短い休憩時間、俺の座席の周囲に知った顔のクラスメートが集まってきた。
「菊池先生ってさ、めっちゃエロいよなあああ」
「やっぱ、あの巨乳バディだよ。あの曲線と比べると、クラスの女子なんか、みんなお子様未発達って感じだもんなあ」
「そういや特別ペナルティってなんだろ? おい永澤、おまえもう一回やらかしてみろよ、結構ワクワクするんじゃね?」
「あ、ああ。そうかもしれないよな…」
俺は適当に相づちをうっておいた。
もちろんみんなの顔も名前もわかる。それぞれの性格も変わらない。しかし、全員が窓の外にあの東京ダンジョンがあることに慣れきった様子を見せていた。
今、この連中に『だから東京ダンジョンって一体なんなんだよ!?』と訴えてみても、どうせ『まだ寝ぼけてんのか?』と呆れられるだけで、話が先に進まないに決まっている。
いや、ちょっと待てよ。ここに本当にダンジョンが存在するということは、まさかRPGのように、冒険者がいたり、魔法みたいな力が使えたりするのだろうか? 俺はちょっとカマをかけてみた。
「そ、そう言えばさ、あの東京ダンジョンって、誰がどうやって探検してるのかな?」
「はああ?」
いきなり会話が止まってしまった。目の前のメンツが揃って溜息をつき始めた。
「んなの、世界のヒーロー、ラビリンス・ウォーカー様に決まってんだろ?」
「ってかさ、おまえさっきから変だぞ?」
「まあ、ダンジョンなんて特別なシロモンはさ、しょせん、俺たちみたいなモブ男には関係ないからさ」
「そそ。そーゆーことは、持って生まれた連中に任せとけばいいんだよ」
ラビリンス・ウォーカーという言葉はまったくの初耳だった。それにどういう訳なのか、連中の言葉の端々に、どこか妬みや諦めっぽいトーンが含まれていた。
◇◇◇
四時限目の授業が始まったが、俺はまったく集中できなかった。
というか、そりゃあ当然だろ。窓の外には東京第4ダンジョンという超巨大な構造物。そしてそれを当然として受け入れるクラスメート。とにかくここは俺の知った世界とは確実に違ってしまっていたのだ。
…となると、俺の家族はどうなっている?
もしかして、両親が違っていたりする可能性は? 二つ違いの妹がいきなり弟になっていたり? さらに言えば、そもそも同じ住所に家がちゃんとあるのかどうか?
あれこれ考えていたら、どうしようもなく不安になってきてしまった。
今日は早退すべきだ。昼休みになったら体調不良を訴えて、家の様子を確かめにダッシュで帰ろう。そう思っていた時だった。
『!?』
何かが首筋に触れてきたような、チリチリとした感覚。俺は妙な違和感を覚えた。
気配を感じて後ろを振り向くと、教室後方の壁際に、見知らぬ金髪の女が立っていた。
『キ、キンパツ!?』
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