ある日の放課後その2 スマホを見せ合うとは:KAC20215

石狩晴海

スマホは自分の部屋?

 スカートのポケットに手を差し入れて、ぞっとした。

 入れてあるはずのスマホが無い。


「うそでしょ……」


 鈴井すずい雪那ゆきなは血の気が引くのを自覚した。

 血液が下がり、頭の中が芯から冷たくなる。


 授業が終わって放課後に軽く友人たちと喋り、これから帰ろうという時に、これである。

 ひとまず全身を探り、手持ちカバンの中も探る。

 探したいものは見当たらなかった。


「そんな、どこかに置き忘れたのか、それとも落としたのか。思い当たりもないわ」


 狼狽する。順序や論理立てての思考ができない。

 自分が酷く混乱しているのは解る。

 泥沼に嵌ったのごとく、浮かんだはずの考えが沈んで消える。

 ただ焦燥だけが脳裏を焦がす。

 目的もなく廊下をうろうろと徘徊する。


「そうだ。職員室。

 落としたなら誰かが先生に届けているかも」


 ようやくそれだけ思いついて足早に移動する。


 廊下の角を曲がった所で人影がやってきた。


「おっし、鈴井先輩を発見」


 廊下の途中で出会ったのは、牧ノ字まきのじ奏人かなとだった。


 最近なにかと接点のある一学年下の男子生徒だ。


 雪那は天使に出会ったような顔をした。

 暗い闇の中に差し込む一筋の光を背にして、降り立つ天の使い。

 彼の力を借りれば失せ物探しは一瞬で終わる。


「ちょっとお願いが……」


 事情を説明しようとして、思いとどまる。

 能力の使用は上役の許可がいる。

 何がどれだけ世界に作用するのか、わからないためだ。

 慎重に観測し十分な計画を練って施行されるべきと説明を受けている。


 迷っている雪那を前にして奏人が笑う。


「慌てているのは、こいつが下手人ですよね。図書準備室に置き忘れてました」


 そうして差し出される雪那のスマートフォン。


「よ、よかったぁ〜〜……。そこにあったんだぁ。

 届けてくれて、ありがとう」


 礼を言って受け取る。


「いえいえ、どういたしまして。

 中身は覗いてませんので、ご安心を」


 その言葉に雪那の頬が引きつった。


「えっと、もしかして牧ノ字くんって、指紋認証のロック解除とかできちゃうの?」


「対抗手段が施されていなければ大概の鍵は外せますよ。物理電子を問わず。

 まあ倫理観やらなんやら、色々ややこしいし面倒くさいので必要に迫られない限り、まずやりませんが。

 なによりコストが重いので」


 否定する下級生だが、雪那の不信感は拭いきれない。

 スマホが見つかってよかったと思ったら、別の疑念が湧いてきた。

 奏人を半眼で睨めつけ、質問する。


「ほんとうに? このスマホの壁紙がなにか言ってみてよ」


「だから見てません知りませんってば。不必要にプライバシーを侵害しません」


 困って苦笑する奏人。


「それなら俺のスマホを壁紙を見せましょうか。互いの見せ合いでこの話題を流すということで」


「なんだか誤魔化されている気がするけど、興味はあるわね」


 自分のスマホが見つかった安堵からか、すこしテンションがおかしくなっている雪那。


「先に指摘しておきますけど、この場合先輩のスマホも覗かせてもらうことになりますからね。それでも良いなら見せますけど」


「うっ……。それはちょっと躊躇するわ」


「でしょう。なので今日のところは」


「でも、好奇心が勝ったから先に見せちゃう」


「本気っすか!?」


 雪那はぱぱっと操作してロックを解除したスマホを奏人に見せる。

 2匹の子猫が絡み合う可愛らしい画像で、アプリアイコンは奇麗に四隅に纏められていた。


「無秩序にアプリを入れてないんですね」


「壁紙よりもそっちを注目するのね。これで牧ノ字くんのも見せてくれるのよね」


「わかしましたよ。こりゃ気軽に言うんじゃなかったな」


 渋々といった感じで自分のスマホを取り出し、ちょこっと操作。ホーム画面を雪那に見せた。

 幾何学模様のウォールペーパーが表示される。アプリアイコンは一つも無い。


「男の子ってこんな使い方してるんだ」


「世の男性の中でも自分が特異な分類なのは告白しておきます」


「でも、アプリが一つもないのは使いにくくない?」


「そこは横に画面をずらせば、このようにぎっしりと」


 言葉通りに指先一本の操作でアイコンで埋め尽くされた画面に切り替わる。


「デフォルトの画面だけはスッキリさせたいので、こうしてます」


「結局は詰まりに詰まった画面を操作するのに。おかしな使い方ね」


「自覚はしているんであまり突っ込まないでください。

 知り合いからは隠れ癖のある俺らしいって言われるぐらいなんで」


 照れる奏人の様子が少しおかしかった。

 雪那が小さく笑う。


「こうしてみると、スマホって自分の部屋みたいなものなのかもね。

 使い方に性格が現れるというか」


「そりゃもう扱いからして個人端末ですから。

 性格どころか身体の延長とも言い表せますよ」


「そう考えると中身が裸みたいで恥ずかしいんだけど」


 雪那はスマホを庇う様に胸に抱いた。

 奏人も僅かに頬を高揚させる。


「見せ合いを先に始めたのは先輩じゃないですか。

 プライバシーっていうのはこういうことを言うですよ。

 だからたとえ能力があったとしても、不用意に中身を見ないようにしているんですってば」


「ふーん。色々考えているんだね」


「最初に能力は前提が面倒くさいって言いましたよね。

 身体を覗き見るとは行かずとも、相手の部屋へ無遠慮土足で入るわけには行きませんから」


 奏人の言葉を聞いて、雪那が小さく呟く。


「部屋に入れるぐらいなら許しちゃうってことか」


 その囁きが聞こえず、奏人が立ち去ろうとする。


「なにはともあれ、無事にスマホを渡せてよかったです。

 それじゃまた」


「うん。さよなら」


 挨拶を交わして別れる2人。


 雪那が徐々に顔を赤くしてゆく。


「相手のスマホをもって見てみたいって、これ興味以上の感情になるのかな?」


 1人では答えを出せず悶々とするのであった。

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