6話 村長の頼みに僕は戸惑う
結婚式は大成功だった。
式にドラゴンを狩ってきた奴は初めてだと褒められまくった。
もちろん一部の人からはめちゃくちゃ怒られたけど。
村の門……壊したし。
ドラゴンの肉は式に出され、残りは加工されて保存食になるそうだ。
それから各家庭に配られるとか。
食べてみて分かったがドラゴンは結構美味い。
乾燥させてもいけると思う。
それはそうと、僕は極度に緊張していた。
「そろそろいいかな」
「どうぞ」
そっと小屋に入る。
中では不思議な匂いのお香が焚かれ、白い服を着たアマネが待っていた。
部屋の中には明かりが一つだけ。
それと布団が一つ。
俗に言う――初夜だ。
心臓がばくばく鳴っていた。
彼女はそっと槍を僕に見せる。
「アキトが持ち帰ってくれたこの槍、とても嬉しかったです。おとうさんとおかあさんの魂が戻ってきたようで」
「頑張った甲斐があるよ」
アマネは微笑む。
「あの日、貴方は深い傷を負ってここへ来ました。最初はなんて悲しい眼をした人なのだろうと思いました」
「…………」
「次第に私は、貴方の穏やかで強い心に惹かれてゆきました。貴方の隣は心地よくて、共に生きて行きたいと望むようになったのです」
彼女は続ける。
「ですが、不安もありました。貴方はまだ心のどこかで迷っている気がしたから。もしかしたら私は、貴方が断れないことをいいことに、無理矢理結婚しようとしているのかもと考えたのです」
そこでようやく気が付く。
ナホさんが娶れと言い出したのは、アマネの希望を聞いた結果なのだと。
この結婚を一番望んでいたのは、アマネだったのだ。
「貴方は私の為に、仇を討ち、槍を持ち帰ってくださいました。そして、私に求婚してくださいました。とても、嬉しかったです。言葉に言い表せないほどに」
彼女は眼帯を外す。
下からは蒼い綺麗な瞳が現れた。
彼女の顔はこれまで見たどんな物よりも美しい。
一度見ると目が離せなくなってしまうほどに。
アマネはみるみる白い顔が紅潮する。
「あまり見ないでください。これを外すのは、とても恥ずかしいことなんです」
「そうなの?」
「元々私達、銀兎部族は狩りもまともにできないような臆病な性格でした。ですが、この眼帯を付けることにより、それを克服したのです。ただ、外すと本来の気質が出てしまい……はうっ!」
なぜかアマネは手で顔を覆う。
小さくて形の良い耳が真っ赤だった。
「私は、アキトと結婚できて本当に嬉しい。全てを捧げる相手が貴方で良かった」
「アマネ……」
「あううう、アキト」
うさ耳がぺたんと垂れ下がる。
顔をまじまじと見ると、アマネは眼がうるうるしていた。
可愛い。
なんだか意地悪したくなる。
彼女は、するりと服をずらし、白い両肩を出した。
「あ、あの、おばちゃんがこうした方が良いって」
「アマネ!」
「きゃ!?」
僕はアマネを押し倒し、存分に愛した。
◇
トントントン。
金槌で釘を打つ。
近くではマオスがノコギリで木を切っている。
他にも男衆が、木材を運んで黙々と作業を進めていた。
門の修復作業中である。
というか立て直しと言うべきだろう。
僕がブラックドラゴンを投げ飛ばし、門を破壊したからだ。
あでっ。
ぼんやりしながら金槌を振っていると、指に落としてしまった。
つい、アマネのことを考えてしまうからだ。
ウチの嫁は世界一、そう叫びたい衝動に駆られる。
とにかく可愛い。めちゃんこ可愛い。
アマネをずっと見ていたい。
「アキト、顔がだらしないぞ」
「だろうね。もう帰っていいかな」
「まだ仕事を始めて一時間だろうが」
「だってアマネに会いたいし」
「きっちりやらないと残業させるぞ」
きりりっと顔を引き締め作業速度を上げる。
残業はダメだ。
定時に帰りたい。
「そうだ、お前に頼みたいことがあったんだ」
「ん?」
マオスは「ちょっと付いてこい」と人気のない場所へと僕を呼ぶ。
なんとなく重要な話の様な気がした。
「アキトは上から来たんだよな」
「まぁ、そうだけど」
「実は地上で探ってもらいたいことがある」
うぇ、地上に戻るの。
いやだなぁ。
あそこの地面を踏むのは強い抵抗があるんだが。
そもそも地上に戻れるのだろうか。
「お前はここを見てどう思う」
「住み心地はいいけど?」
「そうだな。一度も地上には行ったことがないが、ここはとても良い場所だと思う」
マオスは地面にあぐらをかいて腕を組む。
僕も同じように座った。
「だが、ずっと暮らせるかどうか、と考えたら怪しいだろう」
「広さ的な問題?」
「そうだ。ここは我々程度なら、あと二、三百年は平穏に過ごせるだろう。だがしかし、人口が増えればここも手狭になる。もしかしたら、それはもっと早くに来るかもしれない」
彼は続ける。
「我ら銀兎部族は、希少な兎部族の中でもさらに希少だ。二百年前、ご先祖様がここへたどり着くまで、我らはヒューマンに奴隷を目的として狩られていた」
「あんなに強いのに?」
彼は己の眼帯を指で叩く。
それでハッとした。
「アマネから聞いただろう。元々臆病で従順な気質だと。今でこそ先人の知恵で克服はしたが、かつては抵抗もできない最弱の部族だったのだ」
とても信じられない話だ。
でも、兎部族が奴隷として盛んに売買されているのは知っている。
兎部族は見た目も良いし、揃って性格も穏やか。
そんな兎部族で、さらに美しく従順となると、世の中の薄汚い大人は放っておかないだろう。
正直、アマネが奴隷として売られていたら、借金をしてでも買う自信がある。
「話を戻すが、お前に地上で他にもこのような場所がないか探してもらいたい。もし居住可能な地下空間が複数あるのなら、今のうちに見つけておきたいんだ」
「地上に出て生活するってのは?」
「もちろんその選択肢もある。だが、できれば地下で暮らす道を探りたい」
そりゃあそうか。
強くなったとは言え、それでも狙ってくる輩は現れるだろう。
国家と無関係でいられるのも難しい。
必ず揉めて争いになる。
マオスは長として賢明な判断をしている。
「分かったよ。でもさ、地上に戻る方法なんてあるの」
「かつてここを出て行った者がいるそうだ。詳しい方法は不明だが、あの遺跡のような物を使えば上がれるのではないか」
遺跡……ああ、あの丸く石が置かれた場所ね。
はぁぁ。
気が進まないが、これも村の為、やるしかないか。
もし無理だったすぐに戻ってこよう。
「――てことでさ、地上に行くことになったんだ」
夕食の席で四人に報告する。
結婚したが、今も僕とアマネはナホさん達と暮らしている。
ずずず、ナホさんが味噌汁を啜る。
「いいんじゃないか。あんたは元々地上の人間さね、初めて上がる者よりは勝手が分かるだろうし」
「いいなぁ、オレも地上に行ってみたい」
「やめときなよ、上には怖いヒューマンが山のようにいるんだよ」
「アキトは普通じゃねぇか」
「いや、スナちゃんの言うことはほんとだ。ずるくて汚い奴らが沢山いる」
「それでも行ってみてぇよ。本物の太陽とか、雲とか、海とか、見てみたい」
テオ君の言葉は理解できる。
ここはやっぱり地下で、地上とは違うのだ。
雲も、海も、太陽もない。
それに僕も、彼くらいの歳はまだ見ぬ光景に胸をときめかせていた。
「じゃあこうしよう。安全に上にいける方法が見つかって、尚且つ人に見つからない方法を手に入れたら、上に連れて行ってあげるよ」
「いいのか!?」
「安全で見つからなければ大丈夫だよね?」
ナホさんは「好きにしな」と我関せずだ。
彼女は男の好奇心と冒険心をよく分かっている。
止めたところで勝手に飛び出すことも。
だったら僕に任せた方が、まだマシと考えたようだ。
「あの、私は……置いて行かれるのですか」
アマネが不安そうな顔だ。
こういう時にあれだが、そんな顔もたまらなく可愛い。
「もちろん連れて行く。これは新婚旅行でもあるんだ」
「しんこん、りょこう?」
アマネは首を傾げた。
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