7話 僕と妻は新婚旅行に旅立つ
僕とアマネは、リュックを背負う。
腰には愛用の鉄の剣。
彼女の右手には父親の槍。
ちなみにアマネは、かつて天才と呼ばれたほど槍の扱いが上手かったそうだ。
おっとりして優しそうだが、実は男衆の上位と大差ないほど強い。
おまけにクラスも『竜姫』と言う激レア。
槍を扱うクラスで有名なのは竜騎士だが、竜姫はさらにその上の、 幻と言われている領域にある。
とにかく彼女は強い。
逆に足手まといにならないか少し不安だ。
「では、行ってきます」
「お土産期待してて」
僕達は三人に手を振る。
「ねえちゃん、もしもの時はアキトを置いて逃げてこいよな」
「お土産は宝石とかでいいからね」
「なんだよ、宝石って」
「テオ、宝石も知らないの」
「知ってるよ。キラキラした石だろ」
「上ではね、沢山あるらしいわ」
「石なんて食えないじゃん」
「馬鹿ね。宝石は女をより綺麗に見せるのよ。そうだ、アキトに珍しい金属を持って帰ってもらえば? 良い武器が作れるかも」
「おおっ! 金属!」
テオ君は僕のところに走ってきて、露骨に態度を変えた。
「アキトにいちゃん、金属の土産頼むよ」
「分かったよ」
「スナ、やったぞ! 専用のスゲぇ武器作れそうだ!」
僕とアマネは苦笑する。
上に戻ったらまずは資金調達からしないと。
できれば二人をがっかりさせたくない。
今度こそ別れを告げて、僕達は出発した。
「どうやって上がるのでしょうか」
「せめて穴の縁に手がかかればなぁ」
二人で真下から穴を見上げる。
時々、ゴミのようなものが落ちてきて、ゆっくりと地面に落ちる。
遺跡――石柱が巨大な環状を作るストーンサークルだ。
僕は輪の中に入って地面を確認する。
「ここって踏んでみると分かるけど、下は石みたいだ」
「あ、本当ですね。気が付きませんでした」
地面を掘ってみれば、やはり石の床が出てきた。
しかも何か刻まれている。
「そうか、この下には巨大な魔法陣があるのか」
「魔法使いが使う陣ですか?」
「ああ、しかも相当古い文字で書かれている。たぶん古代人が使っていた文字だ」
「博識ですね。素敵です旦那様」
アマネが褒めてくれて照れる。
たまたまだ。
前の仲間に賢者がいて、教えてもらったんだ。
荷物持ちだったが、今思えば僕ってかなり良い環境にいたんだな。
剣聖であるジュリエッタには剣を。
拳王であるアイラには格闘戦を。
賢者であるエマには魔法の知識を。
三人は僕に授けてくれた。
まぁ、ジュリエッタ以外の二人は渋々だったが。
「問題はどうやって上がるか、だね」
「跳んでみると届きますかね」
「とりあえず、試してみようか」
二人で思いっきりジャンプした。
ぐんぐん穴が迫ってくる。
遠近感が狂いそうだ。
こうしてみるとなんて大きさの縦穴。
あれ、縁に手が届きそうな距離まで近づいてないか。
というか、むしろ勢いが増しているような。
「このまま穴に入るよ!」
「はい!」
このままいけるところまで行って、そこから壁を這い上がろう。
縦穴に入り、なおも上昇は続く。
だが、まだ地上の光は見えない。
次第に勢いが落ち始め、僕達は空中を泳いで壁側へと寄った。
たしっ。勢いがほぼ消えたところで、壁に手を掛ける。
「アマネ?」
「ちゃんといますよ」
真下から声がする。
無事に彼女も壁にへばりついたようだ。
彼女は軽々と壁を這い上がり、僕の横に来た。
「下は見ない方がいい」
「もう見ました。怖かったです」
ふるふる、震える妻に笑ってしまった。
僕達は高い身体能力で、壁にある出っ張りから出っ張りへ飛び移った。
壁は非常に硬く、時々棘のように出ている岩があった。
「あれ、なんでしょうか」
「人工物っぽいな」
しばらく上がると、壁にぽっかりと空いた穴のような物を見つける。
石材に縁取られた窓のようななにか。
這い上がって中に入ると、百人は入りそうなドームがあった。
「こんな場所があるなんて知りませんでした」
「休憩するのに良さそうな場所だね」
部屋の出入り口は一つだけ。
縦穴側からしか入ることができない。
なんのために作られた部屋なのだろうか。
ま、深く考えても仕方がない。
僕は専門家じゃないし、基本頭が悪いんだ。
僕達はここで休息をとることにした。
◇
穴を上り初めて三日が経過した。
ようやく遠くに地上の光が見え始める。
僕達は、魔物生息域へと突入していた。
「邪魔だ!」
ざしゅっ。
大型の飛行トカゲを斬る。
頭部がなくなったトカゲは、下へと落ちていった。
他にも僕達を狙うのは、大型の蜘蛛や蜂などの昆虫系の魔物。
それに毒を有した植物系の魔物もみかける。
「無事かい」
「アキトこそ、大丈夫ですか」
「僕はいい。アマネさえ無事なら」
「ふふ、大好きです。旦那様」
思わず顔が熱くなった。
妻の言葉がどうしようもなく嬉しい。
僕も大好きだ。
そうだ、近くに部屋はないか。
これまでいくつか謎の部屋を見つけた。
そろそろあってもいいはずなのだが。
そこでいちゃいちゃする。絶対する。
だが、この辺りにはないようで、僕達は這い上がり続けるしかなかった。
「もうすぐ地上ですね」
「ここまでだいたい八日、長かった」
すでに青い空が見えていた。
もう間もなく地上だ。
ずいぶんと登らされた。
普通の人間なら途中で力尽きていただろう。
僕達だからここまで来られた。
しかもこのハイペースで。
正直、ここまで長い道のりだとは考えていなかった。
落ちる時は速かったのだが。
地上が近くなるほどに思い出される記憶。
「改めて思うよ、僕は深い穴の底に落ちていたんだって」
「でも、アキトは這い上がってきました」
「そうだね」
微笑むアマネに顔が緩む。
彼女には何があったのかは話している。
だから僕が上に戻りたくない、こともよく分かっていた。
でも、ここまで来て思う。
地上には悪い思い出もあるが、良い思い出だってあったんだって。
それに素晴らしい景色、素晴らしい物が沢山あるんだ。
僕はアマネにそれを見せてやりたい。
僕達の新婚旅行は、きっと素晴らしいものになると確信している。
「ほら」
「ありがとうございます」
地上に上がった僕は、アマネに手を貸す。
彼女はゆっくりと立ち上がって、ぐるりと見渡す。
そして、眼帯を外した。
「うわぁ! なんて広い世界! ここがアキトが生まれ育った場所!」
「正確に言えば違うけど、おおむねそうかな」
青い空に漂う雲。
奈落のある草原は広大で、地平線が続く。
基本的にこの辺りには誰も近づかないので、まったくと言っていいほど人気はない。
「とりあえず街に行こうか」
「街とは、村よりも大きな集落ですね」
「そうだけど……ナジュ村って街サイズだよね」
たぶん、村って名付けたからずっとそれできたのだろう。
実際は街サイズだし、人口も多い。
それに下にはナジュだけでなく、他にもいくつか村があるそうだ。
広大とは言えのんびり構えていたら、マオスの言う通りあっという間にパンクしてしまう。
地下空間探し、割と重大だよな。
「あ、ホーンラビットがいます! アキト、金色じゃありませんよ!」
「あれが普通なんだよ。下のはゴールドホーンラビットだし」
「そうでしたね。なんだか変な感じです」
金色の魔物に見慣れてたらなそうなるよな。
きっとゴブリンとかオークを見たら、驚くんだろうな。
あいつらこっちだと汚いし。
でも逆に、アマネには新鮮に映るかも。
「行こうか」
「はい!」
僕達は街を目指して歩み出した。
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