5話 僕は、結婚する
ナジュ村の朝は早い。
起床はだいたい六時くらい。
アマネを主に、ナホさんやスナちゃんが朝食の準備を始める。
その間、僕やテオ君は家畜に餌やりをする。
「アキト、お食事ができましたよ」
「今行くよ」
勝手口から呼ばれて、僕とテオ君は居間へ。
すでに食事が置かれていて、美味しそうな白米と味噌汁、それに目玉焼きが食欲を刺激する。
「あむっ、今日も美味しいよ」
「ふふ、ゆっくり食べてくださいね」
微笑むアマネに、気分が良くなる。
「あーあー、もう新婚夫婦気分かよ。ねえちゃん本当に、こんな奴のどこがいいんだ」
「テオ、ヤキモチ焼いてるんだぁ。大好きなおねぇちゃんとられたもんねぇ」
「うるせぇ! オレは弟として心配してるだけだよ!」
「二人とも黙って食いな。じゃないとケツはたくよ」
「「…………」」
ナホさんの一言で二人は黙る。
いつもの食卓風景だ。
「結婚式?」
ナホさんの言葉に僕はきょとんとした。
するりと、手に持っていたキュウリが地面に落ちる。
おわっ。
土が付いた。
「可愛い孫の晴れ姿、あたしゃ拝んじゃいけないのかい」
「いや、僕が気にしているのは準備とか」
式の費用ってだいたい男持ちだし。
それに生活に必要な物も用意しないといけない。
家、金、畑、家畜、布。
普通ならすでに持っていなくてはいけない財産、僕の場合は全てがないので一からの準備だ。
「生活面はウチがあるし、しばらくは一緒に住めばいい。それより式で振る舞う獲物だよ」
「獲物??」
「良い男ってのはね、ここぞと言う時にどでかい獲物を狩ってくるんだよ。それを式では村中に振る舞う。上手くいけば花嫁は鼻高々、他の女共は心底悔しがるだろうね」
「それってただ単に、ナホさんの場合ってだけで……」
いきなり「だまらっしゃい」とキュウリを顔に投げつけられた。
いたぁ。
投球コントロール良すぎじゃないか。
「とにかく、ここでは式に男が獲物を用意する。それとあんたにやってもらいたいことがあるんだよ」
ナホさんは石に腰掛ける。
「あの子はね、両親が大好きだったんだ。父親の槍を持っては、いつか自分も戦士になると言ってはしゃいでいた。その槍、実はまだ二人を殺した奴の体に、刺さっているそうなんだ」
「なるほど。その仇を獲物にしろと」
「違うよ。あたしゃあ、槍を持ち帰ってもらいたいって言ってるだけだ。せめて父親の槍に、娘の晴れ姿を見せてやりたいんだよ」
いやいや、槍だけ回収しろって方がハードル高そうなのだが。
でも、アマネの両親を殺した相手か。
もし仕留めれたらアマネは喜ぶだろうか。
うーん、祝いの席にそんな獲物を持ってくるのは、良くない気もするな。
どうするべきか。
「もし仇を獲物にしたら、アマネはどう思うかな」
「……解放されるだろうね。あの子は、心のどこかで仇を討ちたいと考えている。あたしが槍を捨てさせなきゃ、死ぬまで挑み続けただろうからね」
そっか、喜んでくれるのか。
うん、獲物は決まった。
式にはそいつを出す。
「もう一度言うけど、槍だけでいいからね。回収については村長のマオスに相談しな、あの子は例の奴に詳しいから協力してくれるよ」
立ち上がったナホさんは「ほれ、薪割りに行ってきな」と次の仕事を投げた。
◇
村長のマオスは、アマネの伯父に当たる人物だ。
アマネの父親が次の長になる予定だったのだが、死んでしまい次席にいたマオスが受け持つことになったらしい。
つまりアマネと結婚すれば、彼とは親戚になるのである。
「――ふむ、槍を回収したいと」
「そう、ナホさんからの希望なんだよ」
「しかし、アレは一度怒らせると手が付けられなくてな。槍を引き抜くだけでもかなり危険な仕事になるだろう」
マオスは腕を組んで悩む。
近くでは赤ん坊を抱いた彼の奥さんが話を聞いていた。
「申し訳ないけどその話はお断りさせていただくわ。ナホさんにもアマネちゃんにもお世話になっているけど、それとこれとは話は別」
「ルッカ」
「アレは数え切れないほど戦士の魂を抱えているわ。もしその中に、貴方が入ってしまったらあたしやこの子はどうなるの。だいたい貴方村長でしょ。まだ次の長も育成できてない状態で――」
マオスの奥さんが怒りはじめて彼は「むぅ」と黙ってしまった。
二人ともなにか勘違いしているみたいだ。
ここは助け船の意味も込めて間に入る。
「いや、あのさ、回収には僕一人で行くつもりなんだけど」
「「はぁ!?」」
「確かにナホさんは協力してもらえって言ってたけど、こういうのは、一人でやるものだと思ったりしててさ。だからそいつがいる場所だけ教えてもらえれば大丈夫だよ」
二人はとたんに呆れた表情を浮かべる。
「いくらなんでも無謀だ。死ににいくようなものだぞ」
「そうよ。あんた、アマネちゃんを泣かすつもり」
「いや、そういうつもりは」
もちろん何も考えず言ったわけじゃない。
実はアマネの両親を殺した奴の目星は付いているのだ。
修行中に森でそれっぽいのを見たし。
さらに言えば、僕はそいつに勝てると確信していた。
ここへ来たのは確認をしに来ただけ。
「大丈夫だって。知ってる奴なら、たぶん勝てる。特徴と場所さえ教えてもらえれば、式までには戻ってこられるよ」
「だがしかし」
「代わりに式の準備をお願いしたい。当日までには戻ってくるから」
「……むう」
彼はしばらく黙り込み、口を開いた。
「勝算があるのだな?」
「ある」
「ならば必ず生きて戻ってこい。お前は村に必要な戦士だ」
「英霊にかけて」
僕は剣を抜き、マオスの槍と交差させる。
彼に戦力として必要だと言われたことが嬉しかった。
◇
村から歩いて半日。
ひたすら森の中を進む。
式は明日なのであまり時間に余裕はない。
できれば早めに狩りたかったが、それだと腐らせてしまう。
式には新鮮な肉を振る舞いたいし。
ずずず。僅かに地面が揺れ、木々が倒れた。
いた。
そいつは全長二十メートルにもなる、黒色のドラゴンだった。
体には無数の傷跡があり、剣、槍、斧、鎖の付いた金属杭などが、突き刺さっている。
正統種ドラゴンの中位、ブラックドラゴンだ。
ボーナス系じゃないのは、たぶんこいつも上からやってきたからなのだろう。
木陰に潜み、様子を窺った。
「フシュウ、グルルル」
荒い鼻息が聞こえる。
まだこちらには気が付いていないようだ。
ちらりと背中を見る。
そこには立派な槍が深々と突き刺さっている。
あれが、アマネの父親の槍。
「必ず取り戻してみせる」
僕は彼女に命を救われた。
いつの間にか彼女のことを好きになってて、ここで二人で生きていきたいと思った。
彼女が望むことを僕はしたい。
この命は、彼女の為にあるのだから。
アマネの夫として、ナジュの戦士として、生まれ変わったんだ。
すらりと剣を抜く。
武器強化スキルによって、鉄の剣が一時的に+99強化される。
「一対一の勝負を申し込む」
「グル?」
ドラゴンはこちらに気が付き、人間のように目を細めた。
「グォオオオオオオオッ」
直後、すさまじい咆哮が空気を震わせる。
まさか僕が、たった一人でドラゴンの前に立つ日が来るとは。
地上では軍を出して倒すような相手だ。
そんなのに少人数で挑む村の戦士も異常だが、僕もかなりおかしい。
一度死にかけて、どこか壊れてしまったのかも。
「いくぞ」
「グガアアアアア!」
一閃。
すれ違い様に太い首を斬った。
鋼鉄よりも固い鱗ごと。
ずるり、地面に頭部が落ちる。
「回収完了っと」
背中の槍を、引き抜いた。
「重い……ふぎぎぎ」
ロープでドラゴンの死体を引きずる。
剣皇の力なら村まで運べるかな、とか思った自分が愚かだった。
せめて運びだけでも手伝ってもらうべきだったんだ。
あと十分ほどで式が開始される。
このままだと確実に間に合わない。
どうする、どうするべきなんだ。
あ、いい手を思いついたぞ。
瞬間的な力ならこいつを持ち上げることも可能だ。
なので尻尾を持って思いっきり投げればいい。
「せーの!」
勢いを付けて死体をぐるぐる回す。
ぶんぶん、ここ!
狙いを付けて、一気に村がある方向へと投げた。
ブラックドラゴンの死体は遠くへと飛んで行く。
あとは頭部を抱えて村に急ぐ。
待っててアマネ。
急いで村へ戻ると、入り口では大勢が集まっていた。
もちろん彼らが見ているのは、村の門を押しつぶすブラックドラゴンの死体。
無事に届いたようだ。
僕は死体の上に駆け上がって頭部を掲げた。
「式に使う獲物を狩ってきたぞ!」
「アキト!?」
村の広場では、花嫁衣装をつけたアマネがいた。
僕は頭部を投げ捨て、彼女に父親の槍を掲げて見せた。
「君に、伝えたいことがある。大切な言葉だ」
死体から飛び降り、彼女の元へ。
そして、化粧を施し美しく着飾った彼女に槍を差し出す。
「これは、おとうさんの……槍……」
「僕と結婚してほしい」
本当は、もっと早く言うべきだった。
つい、状況に流されて、言うべき言葉を伝えられていなかった。
アマネは槍を受け取り、ぽろりと涙をこぼす。
小さく「はい」と答えた。
「こら! 花嫁泣かしてどうするんだい!」
「うぇ、ナホさん」
「それと、はやく着替えてきな! あんた花婿だろうが!」
「いてっ」
ケツを叩かれ、僕は慌てて準備に入った。
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