3話 覚醒した荷物持ち


 男衆の狩りとは――村の男達で行われる大人数の狩りのことだ。


 獲物は主に大型の魔物。

 頻度としては月に一、二回程度だ。


 よそ者である僕は、この狩りで活躍し、戦士達に認められなければ真の住人にはなれない。


「そっちだ、そっちに回り込め!」

「一番槍いただくぞ!」


 歴戦の戦士マオスが、槍をゴールドスタンプボアに突き刺す。


 ぶぎぃいいいい。


 体高五メートルにもなる、大きなイノシシは鳴き声を上げて身をよじった。


「すごい……」


 一方、僕はと言うとただその様子を見守るだけ。


 男達の動きが速すぎて追いつくだけでやっとだ。

 初参加なので無理はしなくていいと言われているのが、せめてもの救い。


 イノシシは地面に倒れ、マオスが槍を引き抜く。


「アキト、これが男衆の狩りだ」

「驚いたよ。みんなとても強いんだね」

「なに言っている。これからお前も同じことをやるのだ」

「そうだった」


 マオスは微笑む。


 彼は村の長。

 同時に村で最も勇敢で強い男。


 けど、すごいのは彼だけじゃない。


 男衆の面々はいずれも恐ろしいほど強い戦士だった。


 うーん、参ったな。

 彼らに認められるには、今のままじゃどう足掻いても無理だ。



 ◇



 寝室の窓から外を眺める。


 ここは本当に不思議だ。

 地下なのに夜がある。


 ここからでも天井の穴が見えて、心臓が締め付けられるように収縮する。


 思い出すのはあの時の光景。


 僕はジュリエッタに、仲間に、裏切られたんだ。


 怒りは湧いてこない。

 深い深い悲しみだけが横たわる。


 いつかこの悲しみを癒やせる日が来るのだろうか。


「まだ起きていたんですか」


 部屋にアマネが入ってくる。


 彼女は僕の隣に座り、同じように夜空を見上げた。


「また考え事ですか」

「ここに来た時のことを思い出していたんだ」


 アマネは僕の手に手を重ねる。


「何があったのかは分かりませんが、私は貴方の味方です」

「ありがとう、君がいてくれて本当に救われる」


 正直、突然の結婚話には戸惑った。


 けど、今は逆に良かったと思い始めている。


 すでに僕の中でジュリエッタへの気持ちは死んでいる。

 たぶんあの時、腹を刺されて突き落とされたことが原因だろう。


 それにアマネに惹かれていることに気が付いていた。


 僕は彼女のことが好きだ。


 もっともっと一緒にいたい、今はそう思っている。



 ◇



「この辺りがゴールドスライムの巣です」

「確かにスライムが沢山いるね」


 僕とアマネは、村からほど近い森に来ている。


 狩りに参加するには、まずはスキルのレベルアップが必要だと判断したからだ。


 ただ、クラスが荷物持ちなので、大した上昇は得られないだろう。


 クラスは生まれた瞬間に決まる。

 クラスによって基礎能力が決められ、一生変わることはない。


 つまり僕は死ぬまで底辺の荷物持ちなのだ。


 せめてクラスさえ変えられたら。


 いや、弱気になるな。

 能力は努力で伸ばせる。


 基礎は低くても、強くなれるんだ。


 それにここにはボーナス系がわんさかいる。

 スライム程度なら、僕でも数をこなせるはず。


「では、ここでのんびりひなたぼっこをしていますので、何かあったら呼んでくださいね」


 アマネは岩に腰掛けると、光を浴びてほわほわする。


 気持ちいいのか、うさ耳がぺたんと垂れ下がっていた。


 ずっと見ていられるくらい可愛い。


 そういえばアマネはいいのかな、僕で。

 ナホさんの言葉をすんなり受け止めているようだったが。


「はっ!」

「ぷきゅう!?」


 見つけたゴールドスライムを真っ二つにする。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが35になりました》


 あれ? 経験値が80%も加算?

 そうか、スペシャルボーナスって、ボーナス系の魔物に効果のあるスキルだったんだ。


 使い道が分からなくてハズレスキルだと思っていたんだが。


 だとすると、ここは僕が一番力の発揮できる場所なんだな。


 いいぞ、やる気が出てきた。


「でぇい!」

「ぷきゅう!?」


 もう一匹斬る。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが38になりました》


 もう伸びが悪くなった。


 でも所詮はスライム。

 強さも経験値も底辺の魔物だ。


 三十匹を始末した頃、視界に木の根っこのような絵が表示された。


《クラスが剣士になりました》


 うそ、だろ。

 クラスが、あがった?


 そこでようやく気が付く。


 ツリー解放って、まさかクラスを移動できるようになるってことなのか。


 だとすれば僕はもっともっと強くなれる。

 それも短期間で。


 沸々と、喜びが奥底からわき上がった。


「僕も、強くなれる。やっと報われた気分だ」


 だが、これだけでは到底足りない。


 男衆に追いつくには、もっともっと敵も時間も必要だ。


 幸い僕は辛抱強い。

 散々ジュリエッタ達に追いつこうと陰で努力してきたんだ。


 まぁ、実らない努力ではあったけど。


「はっ」

「ぎゃう!?」

「でぇい」

「ぶぎぃ!?」


 ゴールドゴブリンやゴールドオークを斬る。


 クラスが上がったおかげで、劇的に身体能力が上昇していた。


 今まで散々訓練して、すでに基礎はできている。

 実践経験だってそれなりにある。


 ただ、圧倒的に能力が足りなかったのだ。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが45になりました》

《クラスが騎士になりました》


 さらに斬る。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが56になりました》

《クラスが中級騎士になりました》


 もっともっと斬る。


《スペシャルボーナスが発動しました》

《ボーナス系に限り取得経験値が80%加算されます》

《武器強化のLvが63になりました》

《クラスが上級騎士になりました》


 もっともっともっと……。


「アキト、そろそろ帰りましょうか」

「あれ? もう夕暮れ?」


 夢中になりすぎていた。

 面白いほどの速度で成長するのだ。


 だが、やはり時間が足りない。


 男衆に追いつくには、もっともっともっと沢山の経験値が必要だ。


 それに肉体を使いこなす為の実践も。


 ちらりと少し前を歩く、アマネを見る。


 あとで怒られるだろうな。

 けど、やるしかない。


 今度こそ僕は強くなる。


 誰かを守れるくらいに強く。


「どうでしたか、スキルレベルは上がりましたか」

「そこそこにはね」

「あの、もしよければ、手を繋ぎませんか」

「え」


 恥ずかしそうにするアマネ。


 差し出された手は白くて細い。


「いいの?」

「はい」


 恐る恐る手を握る。


 うわっ、すべすべしてて柔らかい。

 女の子と手を握るなんて初めて。


「上でもやっぱり夕日はあるのでしょうか」

「うん。もっと赤くて眩しいよ」


 夕焼け色が地下を照らす。


 でも、僕はアマネばかりを見ていた。


 銀色の髪が光に照らされて綺麗だったからだ。


「僕さ、強くなるよ」

「無理はなさらないでくださいね」

「……そうだね」

「ふふ」


 彼女の笑顔は、やっぱり眩しい。



 翌日、僕は置き手紙だけを残して、家を出た。




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